「鉄旅日記」2020年初秋 2日目(高松)その2 ‐祖谷口駅、小歩危駅、大歩危駅、剣山リフト乗場、恋人峠、穴吹駅、黒田屋高松西インター店 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】
車旅日記2020年9月20日・・・祖谷口駅、小歩危駅、大歩危駅、剣山リフト乗場、恋人峠、穴吹駅、黒田屋高松西インター店(友が運転する車でたどった道でございます。
12:15 祖谷口(いやぐち)駅(土讃本線 徳島県)
友が選ぶルートを一応終えますと彼は尋ねたものでございます。「どこへ行きたい?」もちろん高松弁でございます。彼は私のブログをご存知で、駅をこよなく愛していることもよく知っております。2年前にはせがんで屋島駅に車を寄せていただきました。そうした経緯からお伝えした希望は大歩危、小歩危でございました。ルートの最初に現れますのは祖谷口駅でございます。一帯は平家の落人伝説地でございます。






12:38 小歩危(こぼけ)駅(土讃本線 徳島県)
大歩危駅には降りたことがございます。大歩危小歩危とセットで呼ばれることが多く、この駅に寄るのは念願と言っていいものでございました。本来であれば列車で訪ねたいのでございますが、贅沢は言っていられません。何しろ運転本数が悲しいまでに少ないのでございます。急峻な崖に面した小歩危駅。谷が極端なまでに狭まった地点にございます。車を止めるのもひと苦労でしたが、友はここを訪ねたことはなく、とても喜んでくれました。









13:02 大歩危(おおぼけ)駅(土讃本線 徳島県)
続きまして大歩危駅でございます。自身2度目、11年振りの再訪になります。友はこの場所をことのほか気に入られたようで、出迎えてくれる子泣き爺にも興味津々。その後何度も訪ねられて、その度に写真を送ってきたものでございます。ちょうど豪華列車が停車していたこともあり、彼の四国愛は絶頂へと達したかのようでした。駅前の「歩危マート」で軽食。小生は加えてビールを。コロナ禍ではありますが、ちょっとした賑わいが生まれておりました。








大歩危駅に面して遊歩道がございます。20年の年の差を持つ男2人。互いに離婚経験者でございます。様々な共感点に頷きながら大歩危峡を眺め、平家の落人が隠れ住んだ谷を見上げたのでございます。





さらに歩を進め大歩危大橋へ。11年前にここから撮った大歩危駅の写真がございます。あれからスマホの画質は飛躍的に向上しております。そしてまた1枚。加えて何枚か。







16:10 剣山リフト乗場
あれから道は狭くなり、悪路もございました。途中休みもせずに車を走らせ続ける古希を過ぎている友人。驚くほどのタフさでございます。高松商業在学時には陸上競技をされていらっしゃって、いくら走っても疲れなかったとおっしゃる。通り過ぎたかずら橋に人が群がる様を見て、「3密どころか8密や」と大笑。やっとこさ到着した剣山でございますが、リフトの営業は終了しておりました。

途方もない山の中でございます。私に土地勘などはございません。友にすべてを委ねました。どこの町へと下りて、どのように高松を目指すのでしょうか。途中車を止めていただき写した景色でございます。

17:33 恋人峠
難所が続き、悪路が続き、タフで鳴らす友もさすがに休息を欲したようでございます。車を止めた場所は恋人峠。男二人でこの地に立つのも一興。悲しい平家伝説からその名がついた峠。屋島で源義経率いる奇襲部隊に破れた平家軍。全軍海上に去って最終決戦地の壇ノ浦へと向かったものと思っておりましたが、やむなく敗亡の道をたどった者がおり、やがては剣山、大歩危、祖谷へと入っていったのでございましょう。公達を慕った姫が後を追いますが、この峠の険しさに前進を諦め、悲涙に暮れたとのこと。われわれはその道を逆にたどってきたことになります。




17:57 穴吹(あなぶき)駅(徳島本線 徳島県)
下りてきましたのはこちらも11年振りの再訪となる穴吹駅。吉野川を越えた先にはうだつの町並みが残る徳島本線の中心駅でございます。駅前には名物ぶどう饅頭を売るお店。友はそこで恋人のために買い求めました。そして私にもお裾分け。それから3年後に三度この駅に降りることになりましたが、その際は私も恋人への土産としたものでございます。美味なのでございます。



駅前通りは吉野川に面しております。11年前にも確か夕暮れ時でございました。夕焼け、、、鮮やかなものでございます。





そして穴吹橋にも足を踏み入れました。吉野川を写し、友を写し。忘れ得ぬ夕景でございます。





19:19 黒田屋高松西インター店
二人の夕食はここの讃岐うどん屋が定番でございます。うどんとおでん。小生はビール。車を運転される友は、運転とは関係なく酒は嗜みません。うどんを食べるべきなのでしょうが、小生のお気に入りはここのラーメンでございます。天かすと揚げさん、チャーシュー。純和風の出汁。ラーメンを語る資格は持ちませんが、これまでに食した中でも最高の味でございました。翌日もまたこのラーメンを注文したものでございます。

関連記事
-
-
「鉄旅日記」2022年皐月 初日(東京-磐梯熱海)その2 ‐文挟、鹿沼、鶴田、宇都宮(日光線) 【日光線全駅乗降を果たし、猪苗代湖畔に遊び、磐梯熱海の湯につかり、国定忠治を訪ねた旅でございます。】
鉄旅日記2022年5月7日・・・文挟駅、鹿沼駅、鶴田駅、宇都宮駅(日光線) 7:32&nbs
-
-
「鉄旅日記」2014年夏 4日目(米子-呉)その2-浜原、粕淵、明塚、石見簗瀬、口羽、宇都井、伊賀和志、三次、矢賀、水尻、かるが浜、呉(三江線/芸備線/呉線) 【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】
鉄旅日記2014年8月16日その2・・・浜原駅、粕淵駅、明塚駅、石見簗瀬駅、口羽駅、宇都井駅、伊賀和
-
-
「鉄旅日記」2022年如月 初日(東京-常陸大子)その3 ‐鹿島神宮(鹿島線)・・・その1‐天狗党墓/鹿島神宮西の一之鳥居/大船津稲荷神社/鎌足神社/龍神社/鹿島神宮 【十二橋駅~潮来駅、鹿島神宮西の一之鳥居~鹿島神宮、棚倉を歩く旅。】
鉄旅日記2022年2月5日・・・鹿島神宮駅(鹿島線)/天狗党墓/鹿島神宮西の一之鳥居/大船津稲荷神
-
-
「車旅日記」2006年皐5日目(青森-安達)その1-駅前ホテルニュー青森館、野辺地駅、三沢駅、十和田市駅、本八戸駅、陸中八木駅、久慈駅、岩泉駅、茂市駅 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】
車旅日記2006年5月6日・・・駅前ホテルニュー青森館、野辺地駅、三沢駅、十和田市駅、本八戸駅、陸中
-
-
「鉄旅日記」2020年文月 最終日(三次-東京)その2‐万能倉、神辺、井原、吉備真備(福塩線/井原鉄道)【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】
鉄旅日記2020年7月26日・・・万能倉駅、神辺駅、井原駅、吉備真備駅(福塩線/井原鉄道)
-
-
「鉄旅日記」2016年夏 最終日(大館-東京)-大館、十和田南、荒屋新町、前沢、一ノ関、愛宕、国府多賀城、陸前山王、北白川、東白石、蒲須坂、片岡(花輪線/東北本線) 【じきに廃線を迎える留萌~増毛に用がありました】
鉄旅日記2016年8月13日・・・大館駅、十和田南駅、荒屋新町駅、前沢駅、一ノ関駅、愛宕駅、国府多賀
-
-
「鉄旅日記」2008年皐月 最終日(善通寺-東京)-善通寺、多度津、丸亀、坂出、岡山、京都、野洲、東京葛飾(土讃本線/予讃本線/本四備讃線/山陽本線/東海道本線) 【旅は京都から始まり、山陰から下関へ。そして四国へと渡ったのでございます。】
鉄旅日記2008年5月6日・・・善通寺駅、多度津駅、丸亀駅、坂出駅、岡山駅、京都駅、野洲駅(土讃本線
-
-
「鉄旅日記」2018年如月 最終日(直江津-東京)その1-直江津、土底浜、犀潟、虫川大杉、六日町、塩沢(信越本線/北越急行ほくほく線/上越線) 【冬の町を見たくて、週末パスを買いました。】
鉄旅日記2018年2月11日・・・直江津駅、土底浜駅、犀潟駅、虫川大杉駅、六日町駅、塩沢駅(信越本線
-
-
「鉄旅日記」2006年如月 最終日-安房勝山、君津、木更津、上総亀山、蘇我(内房線/久留里線/京葉線) 【鉄道旅に目覚め、1泊2日で房総半島にまいりました。】
鉄旅日記2006年2月5日・・・安房勝山駅、君津駅、木更津駅、上総亀山駅、蘇我駅(内房線/久留里線/
-
-
「鉄旅日記」2009年初夏【上信越ひとり旅】初日(東京-十日町)-上野、高崎、大前、渋川、沼田、水上、越後湯沢、六日町、越後川口、十日町(高崎線/吾妻線/上越線/飯山線)
2009・7・18 8:42 上野(うえの)駅(東北新幹線/秋田新幹線/山形新幹線/上越新幹線/長野
- PREV
- 「鉄旅日記」2020年初秋 2日目(高松)その1 ‐瀬戸大橋遠景、丸亀城、少林寺、津嶋神社参道、津島ノ宮駅、詫間海軍航空隊跡、箱浦(浦嶋伝説の地)、父母ヶ浜 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】
- NEXT
- 「鉄旅日記」2020年初秋 3日目(高松)その1 ‐片原町駅、瓦町駅、高松築港駅、玉藻公園(高松城跡)、一宮寺、滝宮天満宮、滝宮駅、満濃池 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】
