「鉄旅日記」2020年初秋【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】3日目(高松)その1 ‐片原町駅、瓦町駅、高松築港駅、玉藻公園(高松城跡)、一宮寺、滝宮天満宮、滝宮駅、満濃池
車旅日記2020年9月21日・・・片原町駅、瓦町駅、高松築港駅、玉藻公園(高松城跡)、一宮寺、滝宮天満宮、滝宮駅、満濃池(友が運転する車でたどった道でございます)
6:37 片原町(かたはらまち)駅(高松琴平電気鉄道琴平線 香川県)
高松築港からひと駅。この駅のほど近くに定宿にしておりますカプセルホテルがございます。サウナ付きではございますが、最近じゃサウナに入ることはまれで、その代わり水風呂にはしっかり浸かります。浸かった後の体が軽くなった感覚がたまらないのでございます。
今日も友が車で迎えにきてくれるのですが、時間は決まっておりません。漠然と7時くらい。間がございます。駅へと向かったのでございます。懐かし気な電飾看板。商店街のテナントのようなさりげない在り方がたまらなく好きでございます。
6:52 瓦町(かわらまち)駅(高松琴平電気鉄道琴平線/長尾線/志度線 香川県)
友からの連絡はなく、散歩の足は伸びます。高松の繁華街を歩いていきます。ようやく初めて高松を知った気になれました。高松、、、たいした街でございます。
瓦町駅まではひと駅の距離。百間町、大工町などあるいは江戸時代から続くかと思われる町名に繁華街がかぶさります。瓦町駅は琴電の旧高松駅。まさに街の中心で、鉄道はここから3方向に伸びて、バスターミナルも併設。駅ビルは変化の波にさらされ、そごうの開店撤退、天満屋の開店撤退を経て、現在はコトデン瓦町ビルの名称。
2008年に志度から電車に揺られて、わずかな時間ここにいたことがあります。駅前に出て思いのままに歩き、お店の明かりをつけたスナックのママさんと目を合わせたことを記憶しております。当時は新橋のスナックのママに惚れていた頃。賑やかな街だとまぶしげに駅ビルを見上げたものでございます。
さて戻るかと向き直ります。友をどこで待つことになるのか。まぁ成り行き任せでございます。繁華街は尽きることなく、丸亀町ドームへと続いていきます。丸亀町ドームが友と初めて顔を合わせた場所でございます。あの日、そこで約束の時間ぎりぎりまで警備の仕事をしていらっしゃって、通りを歩いてくる私にすぐに気づいたとおっしゃいました。「東京もんは歩くスピードが速いけん、すぐに判る」。彼とはその日に初めて会ったのでございますが。
7:26 高松築港(たかまつちっこう)駅(高松琴平電気鉄道琴平線/長尾線 香川県)
まだ友からの連絡はなく、お城跡までいってしまおうと散歩を楽しみます。高松築港駅は2001年まで高松グランドホテルが入る巨大な駅ビルだったと友から聞いておりました。そうした夢の跡はもはや片鱗すら残っておりません。宇高連絡船が運航していた当時のJR高松駅も巨大な駅舎を有しておりました。もちろん写真で知るのみでございます。友はそうした過去を持ちながらの現在の高松の姿に憤りと後悔を時ににじませるのでございます。
7:30 玉藻公園(高松城跡)
高松築港駅の背後がお城跡。生駒家4代、松平家11代と続いた高松藩。現在天守閣復元に向けた動きがみられるとのこと。とても素敵な公園でございます。お濠を遊覧する舟もあるようです。思えば、こうしたゆったりとした時間を過ごすことはまれでございます。友を待つ行為の素晴らしさを感じております。そしてようやく友より連絡が入りました。
お濠越しに高松築港駅、高松港、街を眺めます。
8:49 一宮寺
友と合流して向かったのは朝食場所。つまり讃岐うどん屋でございます。高松市内ではこうした場所に困る心配はございません。最初にお連れいただいた四国霊場八十三番札所。意地悪なおばあさんを改心させた祠がございます。祠に頭を入れると地獄の釜が煮えたぎる音が聞こえて、意地悪な者は頭が抜けなくなると伝わり、「そんな馬鹿な」と頭を入れた意地悪なおばあさん。抜けなくなり、「もう悪いことはしません」と必死に許しを請うと無事に抜けたとのこと。
9:26 滝宮天満宮
今日は私の願いを聞いていただき金比羅さんに登ることになりました。途中、友の案内に従いまして寄り道をいたします。ここは梅の名所とのこと。友は私の神仏への尊崇の念をご存知です。お参りを。
9:37 滝宮(たきみや)駅(高松琴平電気鉄道琴平線 香川県)
駅が近くにあるとのことで友を駐車場に待たせたまま走りました。何とも古く、愛らしい駅舎。感動的な思いで駅員さんに尋ねると大正15年開業当時のままで、近代化産業遺産にも指定されているとのこと。駅前と共に写して、友の待つ駐車場へ戻り感動を伝えましたが、彼の反応はいまひとつ。それでいいのでございます。
車は金比羅さんへと。途中讃岐七富士のひとつ堤山を写す。羽床(はゆか)富士との愛称。
10:30 満濃池
1300年の昔に造られ、その100年後に弘法大師空海が改修にあたった日本最大級のため池。なかなか車を止める場所がなく全容はつかめませんでしたが、なるほど大きな池でございます。香川県は雨が少なく、川は短く急で農業用水に事欠くことから14,000を超えるため池が造られているとのこと。
関連記事
-
「鉄旅日記」2020年如月【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】2日目(大船渡-釜石)その2‐平田、釜石、陸中山田(三陸鉄道リアス線)
鉄旅日記2020年2月23日・・・平田駅、釜石駅、陸中山田駅(三陸鉄道リアス線) 8:52 平田(ひ
-
「鉄旅日記」2007年皐月【夜汽車に乗って東京を離れ、山陰山陽へ。鉄旅最初の長旅でございました。】最終日(岡山-東京)-岡山、長船、明石、米原、大垣、沼津、平塚、北千住、東京葛飾(山陽本線/赤穂線/東海道本線)
鉄旅日記2007年5月6日・・・岡山駅、長船駅、明石駅、米原駅、大垣駅、沼津駅、平塚駅、北千住駅(山
-
「鉄旅日記」2009年晩秋【陰陽を行き来した3日間。この国の秋は美しゅうございました。】最終日(和田山-東京)その1-和田山、福知山、丹波竹田、石生、篠山口、三田、神鉄三田、宝塚、阪急宝塚、川西池田、川西能勢口、伊丹、阪急伊丹(山陰本線/福知山線)
鉄旅日記2009年11月23日・・・和田山駅、福知山駅、丹波竹田駅、石生駅、篠山口駅、三田駅、神鉄三
-
「車旅日記」2006年皐月【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】5日目(青森-八戸-気仙沼-女川-安達)その2-宮古駅、吉里吉里駅、盛駅、大船渡駅、気仙沼駅、女川駅、石巻駅、利府駅、道の駅あだち
車旅日記2006年5月6日・・・宮古駅、吉里吉里駅、盛駅、大船渡駅、気仙沼駅、女川駅、石巻駅、利府駅
-
「鉄旅日記」2013年春【青春18きっぷで、甲斐駿河途中下車旅】その2-源道寺、入山瀬、下部温泉、塩之沢、甲斐常葉、市川大門、甲府、新府、穴山、東山梨、東所沢(身延線、中央本線、武蔵野線)
鉄旅日記2013年3月3日その2・・・源道寺駅、入山瀬駅、下部温泉駅、塩之沢駅、甲斐常葉駅、市川大門
-
「鉄旅日記」2014年夏【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】3日目(鳥取-米子)その1-鳥取、由良、下市、御来屋、名和、伯耆大山、東山公園、博労町、境港、木次、亀嵩、宍道(山陰本線/境線/木次線)
鉄旅日記2014年8月15日その1・・・鳥取駅、由良駅、下市駅、御来屋駅、名和駅、伯耆大山駅、東山公
-
「車旅日記」2006年皐月【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】2日目(黒磯-郡山-いわき-仙台)その1-道の駅明治の森黒磯、高久駅、黒田原駅、白河駅、安積永盛駅、三春駅、船引駅、磐城常葉駅、川前駅、小川郷駅、四ツ倉駅
車旅日記2006年5月3日・・・道の駅明治の森黒磯、高久駅、黒田原駅、白河駅、安積永盛駅、三春駅、船
-
「鉄旅日記」2020年盛夏【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】3日目(肥前鹿島-門司港)その4‐南風崎、ハウステンボス、早岐(大村線)/小佐々弾正・甚五郎塚
鉄旅日記2020年8月15日・・・南風崎駅、ハウステンボス駅、早岐駅(大村線)/小佐々弾正・甚五郎
-
「鉄旅日記」2015年夏【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】3日目(鹿児島中央-西鉄柳川)その1-指宿、枕崎、入野、開聞、山川、喜入、瀬々串、慈眼寺、南鹿児島、郡元(指宿枕崎線)
鉄旅日記2015年8月14日その1・・・指宿駅、枕崎駅、入野駅、開聞駅、山川駅、喜入駅、瀬々串駅、慈
-
「車旅日記」2005年春【松本から富山へ。今にして思えば、なぜこの旅を思い立ったのか思い出せないのでございます。】初日(松本-飯山-富山)走行距離317㎞ その2-妙高高原駅、親不知駅、アパホテル富山駅前
車旅日記2005年4月29日・・・妙高高原駅、親不知駅、アパホテル富山駅前 16:44 妙高高原駅