「鉄旅日記」2003年冬 最終日(博多-宇部)その2-門司港にて 【ご縁と別れがあり、34歳の誕生日を北九州で迎えた日の記憶でございます。】
鉄旅日記2003年2月16日
2003・2・16日の記憶
門司港行の鹿児島本線に乗る。
門司港レトロ地区には、日曜日ともなれば多くの観光客が訪れる。
その場所の存在を知ったのは去年の夏だった。
九州の鉄道旅は門司港から始まる。
宮脇俊三さんの著書を思い起こす。
あの日は海峡花火大会の混雑で、この地区への立ち入りは制限されていた。
再訪を期したが、意外なところからその機会はやってきた。
12月、オレを招き寄せた女性がいた。
初めて会った日の寒い夜、二人で山口から2号国道を走り、関門海峡を越えた。
レトロ地区を一通り歩き、彼女が食べたがっていたカレー屋を探したが見当たらず、門司港地ビール工房に入る。
倉庫を改造した店は、現在の門司が外に向けて発信したい姿をしていた。
埠頭で彼女を待った。
やっぱりあの時も彼女はよそよそしかった。
夜の門司港駅は素晴らしかった。
鉄道員は明治時代の制服に身を包み、鉄道員としての誇りを上品な態度で観光客に示していた。
その時も彼女はオレから離れた場所で違うものを眺めていたっけ。
オレはこれまでに出会ったことのない郷愁に酔い、そしてそんなどこか冷たい彼女との未来を想った。
対岸の下関の夜景は美しく、夏の感動は完結した。
だけどそこへ行くと彼女を思い出さずにはいられない。
現代的な装備を完璧なまでに備えたJR九州自慢の新式車両が、不意にレトロをまとい門司港駅に近づいていく。
構内は鉄錆びて、柱木は長いこと風雨に耐えてきた証を刻んでいる。
2020年8月15日撮影
昔の上野駅もこんな感じだった。
そのホームから特急「あさま」は、まだ幼かったオレや家族を小諸まで運んだ。
冷凍ミカンやプラスチック容器に入ったお茶を売り歩く弁当売りが散見された時代だ。
今じゃ鉄道で小諸にやってくる者はまれだろう。
門司は造船でも栄えたようだが、造船所も今じゃ廃墟になっている。
いくつもの赤レンガの廃墟が線路沿いに無造作に放置され、丘側では長屋が解体されている。
まるで手の行き届いていない墓場だ。
おそらく秋や冬には独特の寂寥感を放つだろう。
ホームに降り立った者はどこへ向かったのか。
あんなにも寂しい終着駅に降りたことはこれまでになかった。
2020年8月15日撮影
東京で生まれたオレにとって、新天地とはあるいはこんな街なのかもしれない。
そんなことを思い、どうやら少しだけ青いものを見せそうな空にほんの少しだけ目をやり、人々の流れに一番最後に乗り、改札口に向かった。
実質的な活躍の場を失った九州の玄関口からは、昭和はおろか、明治大正の香りがする。
鉄錆びた街の駅には、しゃぶしゃぶを売りにする紗舞館という粋な店が入っていた。
街を見終え、オレはそこで2杯のビールを飲み、僅かな手掛かりを残した。
街に出て辿ったのは彼女と歩いた道。
不思議と彼女といた記憶は蘇らず、本来は彼女と過ごすことを約束されていたのに、彼女がそこにいないことは気にならなかった。
12月に彼女と訪ねた際に無視したわけじゃないが、寄らなかった一角がある。
レトロ街として限定された地区からは隔離されたかのように存在するアーケード街。
レトロ横丁と呼ばれるその商店街は昼も薄暗く、人通りもまれだ。
2020年8月15日撮影
全長200メートルほどのその通りを歩くと、途中にさらに奥まった路地を発見した。
夜になると女たちがやってきて、うらぶれた男たちに酒を出す店が並んでいる。
場末とはあんな場所を指すのだろう。
再開発の波に押されて、薄暗いところに閉じ込められたような印象だが、かつては遊郭もあって賑わったという。
資料館でその頃の写真を目にした。
ただ、門司は歴史の中だけに生きているわけじゃない。
そこで暮らす男たちは今もいる。
人通りの絶えた夜の横町の、さらに奥まった通りへやってくる男たちの人生劇場に思いを馳せた。
地ビール工房の脇を通り岸壁へ。
博多の朝に細かい雨を降らせていた空も薄日を寄越し、関門海峡を前にして多くの釣り人が糸を垂れている。
海峡を通る船の記憶はなく、対岸の下関の風景だけが目に焼きついている。
でも人に説明できるのは海峡メッセくらいのものだ。
鞄に腰かけ、しばらくそうしていた。
関門トンネルを抜けると大鉄道基地。
山口県内で一番の人口数を誇る下関は奥深い。
近い過去には頭をおかしくした無法者が車で乱入して悲劇が起こった。
港町として現在とは比較にならないほど栄えていた頃、港には多くのアジア人が荷物のように運ばれ、また出ていったという。
そんな過去の事情もあり、治安は今もあまりよくないらしい。
改札を出れば思い出の街が広がる。
あの夏に改札から眺めた場所にオレは立っていた。
2020年8月16日撮影
映画「RONIN」に出てくる坂を下ったところにあるカフェ。
ロバート・デ・ニーロとジャン・レノが出会い、別れた場所。
似たような風景を夜の街で見かけた。
人の姿はなく、なぜだか恐怖にかられて明るい通りに引き返した。
あの時オレは街が抱える歴史の裏を感じたのだろう。
街を出るオレが遠い目で見たのは夏の日の海峡花火大会。
関門海峡を離れる時は寂しい気持ちになる。
岩国行の山陽本線に乗る。
鹿児島本線や筑豊本線のきれいな客車に慣れた目には、やけに古くさく感じる。
宇部まで。
昨日は立つ位置の都合により山間の風景ばかりを眺めていたが、帰りは瀬戸内側に寄せていた。
所により海が覗き、その日には誰も用を持たなかった山陽オートレース場が木々に囲まれながら、まるで置き去りにされかのように寂しく鎮座していた。
途方もない侘しさをそこに見る思いだった。
宇部駅にはすでに宇部線が待っていた。
宇部新川まで。
厚東川を渡る。
何本もの橋が架かり、一番海側に高速道路と見紛う、宇部興産の巨大な専用アーチ橋が見える。
宇部にいる時には何度も眺めた風景。
懐かしく愛しい風景で、あの風景が日常になるのであれば宇部で暮らすのも悪くない。
そんなことを12月には思ったはずだ。
横には彼女がいたから。
宇部新川駅を出ると夜が降りてきていて、バス乗場は暗く、明かりへと吸い寄せられる虫のように4、5人が山口宇部空港行の高速バスを待っていた。
これでしばらく来ることはないだろう。
そんな思いで眺めた宇部市内の明かりはなかなか眩しく、空にはオレンジ色に霞んだ月が出ていた。
空港へ。
空の玄関の明かりが好きだ。
そこに行くと何か凄いことでも始まりそうな気になる。
空港ビルを正面から眺めた。
11月の新宿駅。
2月の京都駅。
仰ぎ見た時はいつもひとりで、何事かがその少し前まで進行していた。
覚えている。
懐かしさはない。
そして縁が遠ざかっていくのを感じていた。
羽田行きの最終便を待つ間にレストランでビールと食事。
彼女と初めて会った日に何度も聴いたマライヤ・キャリーの美しいバラードが流れている。
あれからあの楽曲が聞こえるたびに彼女を思い出す。
ANA便に乗り込むまでは、あるいは彼女から電話が入るかもしれないと思っていた。
でもあるはずがない。
その日から35年目の人生が始まった。
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