「鉄旅日記」2018年春 初日(東京-飯田)その2-野田城、長篠城、大海、三河大野、浦川、門島、桜町、飯田(飯田線) 【伊那谷へ。長篠へ。安曇野へ。木曽へ。青春18きっぷを握ったそんな旅でございます。】
鉄旅日記2018年4月7日・・・野田城駅、長篠城駅、大海駅、三河大野駅、浦川駅、門島駅、桜町駅、飯田駅(飯田線)
16:18 野田城(のだじょう)駅(飯田線 愛知県)
行き違い2分の停車。
停車位置の目の前に駅舎があり、駅前へと飛び出す。

攻城中の武田信玄が笛の音に誘われ、鉄砲で撃たれたという伝説が残る村。
落城後、武田軍は上洛の計画を捨てて甲斐へと引き返す。
その途中に武田信玄は生涯を終える。
撃たれた傷が原因であるとの説を信じる一定数は、いつの時代にもいるのだろう。
多くの乗客が降りて、列車に戻ると席を得た。
地図を見たら、野田城址はとても小さく記されていた。
16:49 長篠城(ながしのじょう)駅(飯田線 愛知県)
日が射して、垂れ桜が今年最後の時を迎えようとしている。
城を模した小さな駅舎に微笑む。


近くで「どーん」と音がする。
無敵の武田軍団を凋落の道へと落とした、長篠合戦での鉄砲の一斉射撃再演のサービスでもやっているのだろうか。
城址公園は整備され緑に覆われていた。
史跡地図を見ていて再訪を誓う。
設楽原の最寄り駅は三河東郷とのことだったが、さっき降りた駅前に古戦場への案内はなかった。
17:28 大海(おおみ)駅(飯田線 愛知県)
暮れなずむ古戦場でコンビニまで往復30分。


どこか肥え臭い匂いが漂い、上りホームで親子が列車を待っている。

子供の声が聞こえると、「パッパ」と呼ぶかわいい声を思い出す。
子供の姿が見えると、かわいらしく動き回る様が浮かぶ。
静かな里で「松平伊忠戦死の地」を記した碑に遇う。

長篠合戦に先立つ鳶ノ巣山砦急襲に加わった松平伊忠。
砦は落ち、余勢をかって急襲軍は長篠城の抑えとして残された武田軍へ向かう。
そこで小山田昌行勢の逆襲に遭い討死する。
武田勢では、「武田二十四将」に描かれた馬場信春、山県昌景、真田信綱・昌輝兄弟、土屋昌次、内藤修理、原隼人、三枝勘解由をはじめ、高名な多くの部将が戦死したが、織田・徳川連合軍での部将クラスの戦死者は彼ひとり。
そこにいる何の必然性を持たない夕暮れの地を歩く様は物悲しく、何をしているのかと自問する。
心の支えでもある女性の姿がスマホの待ち受けに小さく丸く存在する。
やるせない身に冷たい空気が馴染んでいく。
上り列車が遅れている。
どうも今日はそんな日だ。
17:52 三河大野(みかわおおの)駅(飯田線 愛知県)
上り特急通過待ちで3分停車。
ダイヤの遅れは1分まで縮まった。
ホームから階段を下りて外に出ると川の気配がする。
大橋の手前の風景が駅前風景。


三河とはこうまで里山か。
物静かな風情に今日は何度でも打たれる。
18:28 浦川(うらかわ)駅(飯田線 静岡県)
交換待ち4分停車。
ここは浜松市天竜区。
構内踏切を渡って古い駅舎を出ると、「鮎の町」を謳う歓迎門が迎えてくれる。


顔馴染みの人々が「おやすみ」と言って分かれていく里山風景。
天竜川の恵みが永遠であることを願う。
19:52 門島(かどしま)駅(飯田線 長野県)
闇に包まれた駅で瀬音を聞いた。
この駅で交換待ち3分の停車。

車窓に町の灯はなく、退屈してYouTubeでプロレスを見る。
1979年世界最強タッグ公式戦、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田対ミル・マスカラス、ドス・カラス。
4人の千両役者が行った偉大なる消化試合だった。
20:33 桜町(さくらまち)駅(飯田線 長野県)にて

20:56 飯田(いいだ)駅(飯田線 長野県)にて

21:42 シルクホテル別館408
飯田駅を通りすぎて桜町駅で降りる。
トイレの外観は悪くなかったが、便器が壊れている様に時代と街を感じた。
駅は坂の上にあり、アーケードが坂の下から続いていた。
下りていくに従い明かりが増していく。


もう一つ大きな通りが右手から下りてきて交わるところが中央交差点。
そこが街の中心地。
出歩く姿は少ないが、大きな声が響く。




飯田駅へと向かう坂の途中に映画館があった。
映画館がある街は文化的に思えて、いつも記憶に残る。
吉永小百合さん主演の話題作の看板が架かっていた。
かつて飯田駅に寄ったことがある。
おそらく国道からあの道を上がったのだろう。
遠い記憶はおぼろ気な駅の姿しかなく、初めて降りた街という感覚が肌から伝わり、この夜この街にいることを喜んだ。
ずいぶんとお洒落なbarや飲食店がある街だった。
飯田はかつて日本一高齢化が進んだ街として取り上げられたことがある。
名前は忘れてしまったが、飯田出身の素敵な女性に30年近く前に出会っている。
オレの記憶が定かであれば、彼女は当時風呂なしのアパートに暮らしていた。
オレの中で飯田とは、そんな街だった。
でも今夜の街の灯に、平成を生き抜いてきた飯田を知り、うれしかった。
この街に宿を求めた旅が成功だったこともまた喜んでいる。
スマホが示す気温は4度。
春なのにな。
アメリカメジャーリーグに行った大谷選手が3試合連続本塁打を放った日。
寂しく感じていることを自分自身に隠せなかった。
でももう戻れない。
もはや叶わない願い。
そしてオレがしばらくいる場所はそんなところだと悟り、暗然となる。
この飯田で迎える夜明けに期待している。
関連記事
-
-
「鉄旅日記」2022年盛夏 初日(東京-伊那市)その2 ‐横川、軽井沢、平原、乙女、馬流(信越本線/JRバス関東碓氷線/しなの鉄道/小海線)/秩父事件戦死者の墓【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】
鉄旅日記2022年8月11日・・・横川駅、軽井沢駅、平原駅、乙女駅、馬流駅(信越本線/JRバス関東
-
-
「鉄旅日記」2008年初夏 初日(東京-和歌山)その2-畝傍、高田、大和高田、近鉄郡山、郡山、王寺、五条、和歌山(桜井線/近鉄大阪線/近鉄橿原線/和歌山線) 【まほろばの路から紀州へ。紀伊半島で過ごした短い夏の記憶でございます。】
鉄旅日記2008年7月19日・・・畝傍駅、高田駅、大和高田駅、近鉄郡山駅、郡山駅、王寺駅、五条駅、和
-
-
「鉄旅日記」2018年弥生 初日(東京-会津若松)その3-只見、会津川口、会津本郷、南若松、会津若松(只見線/会津鉄道) 【青春18きっぷを握り、目指したのはまたしても会津。練馬から旅立つ最後の旅でございます。】
鉄旅日記2018年3月3日・・・只見駅、会津川口駅、会津本郷駅、南若松駅、会津若松駅(只見線/会津鉄
-
-
「鉄旅日記」2014年春 2日目(西舞鶴-魚津)その1-西舞鶴、東舞鶴、若狭高浜、小浜、上中、十村、木ノ本、余呉、高月、永原、敦賀(舞鶴線/小浜線/北陸本線/湖西線) 【青春18きっぷで、丹後若狭から北陸、信州へ】
鉄旅日記2014年3月22日その1・・・西舞鶴駅、東舞鶴駅、若狭高浜駅、小浜駅、上中駅、十村駅、木ノ
-
-
「鉄旅日記」2020年卯月 最終日(新津-東京)その3‐小野新町、要田、いわき(磐越東線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】
鉄旅日記2020年4月5日・・・小野新町駅、要田駅、いわき駅(磐越東線) 12:33 小野新町(お
-
-
「鉄旅日記」2007年新春 最終日(金沢-東京)-金沢城址、金沢、倶利伽羅、黒部、直江津、長野、東京(北陸本線/信越本線/長野新幹線) 【本格的に鉄旅が始まりまして、まずは冬の北陸を目指したのでございます。】
鉄旅日記2007年1月8日・・・金沢駅、倶利伽羅駅、黒部駅、直江津駅、長野駅、東京駅(北陸本線/信越
-
-
「鉄旅日記」2009年秋 2日目(新山口-大分)その1-新山口、宇部、居能、雀田、長門本山、小野田、厚狭、新下関、下関、門司、小倉(山陽本線/宇部線/小野田線/長門本山支線/山陽本線/鹿児島本線) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】
鉄旅日記2009年9月19日・・・新山口駅、宇部駅、居能駅、雀田駅、長門本山駅、小野田駅、厚狭駅、新
-
-
「鉄旅日記」2014年夏 4日目(米子-呉)その1-米子、安来、来待、西出雲、弘南、温泉津、波子、浜田、石見川本(山陰本線/三江線) 【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】
鉄旅日記2014年8月16日その1・・・米子駅、安来駅、来待駅、西出雲駅、弘南駅、温泉津駅、波子駅、
-
-
「車旅日記」2005年冬 最終日(人吉-熊本空港)走行距離240㎞ その2-上天草、三角駅、肥後長浜駅、宇土駅、上熊本駅、肥後大津駅、熊本空港駅、東京葛飾金町 【どこへ行こうか。まっさきに浮かんだのが、昨夏に旅した南九州でございました。】
車旅日記2005年2月13日・・・上天草、三角駅、肥後長浜駅、宇土駅、上熊本駅、肥後大津駅、熊本空港
-
-
「鉄旅日記」2015年春 最終日その1(宇治-東京)-宇治、山城多賀、玉水、上狛、木津、加茂、貴生川(奈良線/関西本線/草津線) 【朝に宇治を出て、近江鉄道に乗る一日】
鉄旅日記2015年3月22日その1・・・宇治駅、山城多賀駅、玉水駅、上狛駅、木津駅、加茂駅、貴生川駅
