*

「鉄旅日記」2018年春 最終日(飯田-東京)その1-飯田、伊那大島、伊那松島、辰野、松本、柏矢町、豊科(飯田線/中央本線辰野支線/篠ノ井線/大糸線)【伊那谷へ。長篠へ。安曇野へ。木曽へ。青春18きっぷを握ったそんな旅でございます。】

公開日: : 最終更新日:2025/05/10 旅話, 旅話 2018年

鉄旅日記2018年4月8日・・・飯田駅、伊那大島駅、伊那松島駅、辰野駅、松本駅、柏矢町駅、豊科駅(飯田線/中央本線辰野支線/篠ノ井線/大糸線)

2018・4・8 5:53 飯田(いいだ)駅(飯田線 長野県)
飯田と桜町から扇状に下っていく飯田の街。
ここからはずいぶん離れているが、城跡もある。

武田家最後の時、織田軍に対する最前衛基地だった南信の中心地飯田。
思っていた以上に大きな街だった。


やがて織田軍の足音が近づく頃、伊奈衆は自ら町を焼いて立ち退き、織田軍の手に落ちた。

朝の気温は3度。
晴天に細かな雹が顔に当たり、見上げた空に深い孤独を味わう。

列車の中は暖かく、安心できる場所だった。

6:31 伊那大島(いなおおしま)駅(飯田線 長野県)
織田軍が甲州攻めへと上る道。
伊那を守る諸将は戦わずに城を焼いて行方をくらましていく。

この町には武田信玄の実弟、逍遙軒信廉がいた。
「武田二十四将」に数えられる彼もまたこの地を去り、高遠での合流を否まれ、やがて甲府で斬られた。

伊那谷を攻め上がった織田軍は、武田信玄5男の仁科盛信が守る高遠城で唯一激しい抵抗を受けたが、その高遠城も一日で落ちる。
仁科盛信以下、城兵はことごとく戦死。

その高遠城址は桜の名所。
35年ほど前に両親に連れられて訪ねたことがある。

列車は伊那谷を粛々と進んだ。

高台にある駅から町は見えない。

列車が動き出すとさらに高台に割烹旅館が見えた。

乗ってきたのは少女が一人。
上伊那農業を背負っている。

愛しきものの姿が胸から離れない。

8:04 伊那松島(いなまつしま)駅(飯田線 長野県)
行き違い待ちで4分の停車。
長い飯田線の旅もじきに終わる。

清々しい冷気を浴びて伸びをする。
改札口に向かうと後方から走り来る音がする。
若い車掌さんが駆けてきて切符の確認をすると、爽やかな笑顔で発車時刻を告げる。

駅前はこじんまりとしたロータリーになっていて、何があるわけでもないが、好ましい。
運動系少年少女たちの多くは4つ手前の伊那北で降りている。

この列車は上諏訪まで行く。
飯田を出てから伊那谷の景色に大きな変化は見られない。

8:24 辰野(たつの)駅(飯田線/中央本線辰野支線 長野県)
有賀の本場で乗り換える。
かつて諏訪から有賀峠を越えて行き着いた辰野。

壁から何かが剥がされたような退廃的に感じる駅と狭い町並。
ここは鉄道の町。

これから乗る線は中央本線で、「大八廻り」と酷評された大迂回の上で岡谷から塩尻へと至る線だが、現在はみどり湖を経由していくバイパス線が主力になっている。

「大八廻り」とは中央本線敷設当時、伊那谷出身の帝国議会議員伊藤大八による議会工作により、塩尻峠をトンネルで突っ切る最短ルートから、伊那谷の入口にあたる辰野を通る案が採用されたことによる。
そのことが後の飯田線開設にもつながったとのこと。

日陰に雪が残るこの谷間の線区もまた、日陰を連想させる。

9:20 松本(まつもと)駅(篠ノ井線/大糸線/アルピコ交通上高地線 長野県)
押し寿司弁当を購入しに一旦降りる。
弁当売場の棚には空きが目立った。

塩尻までの小野迂回線の豪快ともいえる迂回ぶりは、ある意味笑えるほどだったが、塩尻峠の急勾配を上下するため線路はループを描き、景観は目を見張るほどだった。


心の支えでもある女性に今朝の心境を伝えたら、気持ちが落ち着いた。
そんな人が誰にも必要なんだ。

10:02 柏矢町(はくやちょう)駅(大糸線 長野県)
車窓越しに見た小野の雪は今朝降ったものらしい。

そう言えば飯田は雹。
越前大野の友人は桜に積もった雪をFacebooKに上げていた。

冷気に覆われた安曇野は寒く、日差しの下に逃げたが、すぐに翳る。
北アルプスの雪はまだらで春に霞んでいる。
ここでも桜は満開の時を迎えている。

駅前に居酒屋が一軒。
遠く聖高原に雪はない。

ひと駅戻り、豊科へ。

10:14 豊科(とよしな)駅(大糸線 長野県)
豊科の名は、中央自動車道の塩尻から松本方面に延長された路線の終点だったことで馴染み深い。
今じゃその路線も長野につながり、豊科インターチェンジは安曇野インターチェンジへと名称変更されている。

カナダに向かった安曇野出身の女性を思い出す。
同じ信濃の血を持つ、気の合う美しい人だった。

清楚な通りが町へと続いていた。

豊科で降りたくてこうしたけど、4分の滞在でまた下りへ。
絵本に登場しそうなメルヘン的な駅舎を愛でる。

関連記事

「鉄旅日記」2019年弥生Part.1 初日(東京-紀伊田辺)その2-滝原、三野瀬、尾鷲、宇久井、田並(紀勢本線) 【和歌山電鐵に乗るために、青春18きっぷで紀伊半島一周を思い立ったのでございます。】

鉄旅日記2019年3月2日・・・滝原駅、三野瀬駅、尾鷲駅、宇久井駅、田並駅(紀勢本線) 14:14

記事を読む

「鉄旅日記」2020年晩秋 2日目(砺波-武生)その3‐羽咋、能登部、徳田、七尾、和倉温泉(七尾線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】

鉄旅日記2020年11月22日・・・羽咋駅、能登部駅、徳田駅、七尾駅、和倉温泉駅(七尾線)

記事を読む

「鉄旅日記」2017年春【近鉄に乗る日々】2日目(新大宮-大阪難波)その2-生駒、鳥居前、宝山寺、生駒山上、布施、俊徳道、JR俊徳道、河内山本、信貴山口、高安山(生駒ケーブル/奈良線/大阪線/信貴線/西信貴ケーブル)

鉄旅日記2017年3月18日・・・生駒駅、鳥居前駅、宝山寺駅、生駒山上駅、布施駅、俊徳道駅、JR俊徳

記事を読む

「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 初日(東京-多治見)その3-笠寺、熱田、熱田神宮、神宮前、大江、名古屋東港、金山(東海道本線/名鉄常滑線/名鉄築港線/名鉄名古屋本線) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】

鉄旅日記2019年3月23日・・・ 笠寺駅、熱田駅、神宮前駅、大江駅、名古屋東港駅、金山駅(東海道本

記事を読む

「鉄旅日記」2006年如月 初日-佐倉、成東、大網、上総一ノ宮、上総興津、安房鴨川、館山、安房勝山(常磐線/成田線/総武本線/東金線/外房線/内房線) 【鉄道旅に目覚め、1泊2日で房総半島にまいりました。】

鉄旅日記2006年2月4日・・・佐倉駅、成東駅、大網駅、上総一ノ宮駅、上総興津駅、安房鴨川駅、館山駅

記事を読む

「鉄旅日記」2019年長月 最終日(宮古-東京)その1‐宮古、岩手船越、浪板海岸、吉里吉里(三陸鉄道リアス線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】

鉄旅日記2019年9月23日・・・宮古駅、岩手船越駅、浪板海岸駅、吉里吉里駅(三陸鉄道リアス線)

記事を読む

「鉄旅日記」2021年夏 初日(東京-上田)その3 ‐しんざ、十日町、越後鹿渡、津南、戸狩野沢温泉(北越急行ほくほく線/飯山線) 【4度目の緊急事態宣言前。飯山線に乗りたくて旅を思い立ちました。湯檜曽駅で夏の第一声を聞き、信越路を歩いた記録でございます。】

鉄旅日記2021年7月10日・・・しんざ駅、十日町駅、越後鹿渡駅、津南駅、戸狩野沢温泉駅(北越急行

記事を読む

「車旅日記」2000年夏Part.2 2日目(琵琶湖志賀-福山)桂川PA、三木SA、白鳥PA、篠坂PA、芦田川畔 【友を訪ねて備後福山へ。長門宇部へ。2000㎞に及ぶ長大な旅路でございました。】

車旅日記2000年8月13日・・・桂川PA、三木SA、白鳥PA、篠坂PA、芦田川畔 2000・8・

記事を読む

「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 初日(東京-多治見)その4-古虎渓、釜戸、美乃坂本、多治見(中央本線) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】

鉄旅日記2019年3月23日・・・古虎渓駅、釜戸駅、美乃坂本駅、多治見駅(中央本線) 18:23

記事を読む

「車旅日記」2003年夏 最終日(札幌-函館)走行距離366㎞ -札幌東急イン、支笏湖、苫小牧駅、室蘭駅、地球岬、豊浦駅、5号国道パーキング、函館駅、函館山、函館空港 【北海道初上陸。2,300㎞を移動した5日間の記録でございます。】

車旅日記2003年8月17日・・・札幌東急イン、支笏湖、苫小牧駅、室蘭駅、地球岬、豊浦駅、5号国道パ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

    PAGE TOP ↑