「鉄旅日記」2017年秋 その1-東長崎、本鵠沼、鵠沼海岸、藤沢、石上、柳小路、鵠沼、湘南海岸公園、鎌倉(西武池袋線/小田急電鉄江ノ島線/江ノ島電鉄) 【湘南へ向かう休日。江ノ電に乗りに行ったのでございます。】
鉄旅日記2017年11月12日・・・東長崎駅、本鵠沼駅、鵠沼海岸駅、藤沢駅、石上駅、柳小路駅、鵠沼駅、湘南海岸公園駅、鎌倉駅(西武池袋線/小田急電鉄江ノ島線/江ノ島電鉄)
2017・11・12 8:52 東長崎(ひがしながさき)駅(西武池袋線 東京都)
江ノ島、鎌倉フリー切符購入のために下車。
大泉学園で購入するより安く上がる。
浮いたわずかな金は湘南海岸でのビール代にあてられる。
東長崎という土地の名は気になっていた。
調べたわけじゃないが、
奈良県民における新十津川などのように、長崎県からの入植者が拓いた町なのだろう。
線路に沿って商店街が続く南北口。
生活していく上で申し分のない町だが、何かが足りないと思ったらMcDonald’sやスタバといった存在だった。
そうした存在を今まで必要としてきたことはないが、町の風景にとって欠かせないものだと位置づけていたのだろうか?
池袋まで2駅。
大都会に連なる町までが都会であるわけがないが、町に対してそんな錯覚というか、幻想を常に持つ自身を感じている。
海を除けば、この世に果てのないものは存在しない。
その果てない存在をこれから見に行く。
おそらく今年最後の機会になるだろう。
この身はすでに小田急線内。
スルメの匂いがすると思ったら、若く見える女性がお茶うけにしていた。
10:50 本鵠沼(ほんくげぬま)駅(小田急電鉄江ノ島線 神奈川県)
江ノ島へと続く空に陰りが見える。
グレーを帯びた雲が覆い始め、都心より1度は気温が高い地域の風は冷たい。
元気な男の子を連れた父親が肩をすぼめている。
駅と十字に交差する狭い通りに商店はほぼ見られず、成りの大きなコンビニの存在感は際立っている。
11:01 鵠沼海岸(くげぬまかいがん)駅(小田急電鉄江ノ島線 神奈川県)
4半世紀前に酔っぱらって終電車を乗り過ごし、目覚め、その事実に驚愕して、焦って降りた駅。
終点の片瀬江ノ島まで行けばさっさとタクシーもつかまったであろうに。
駅前には何もなかったと記憶している。
そして海岸道路へ出て、とぼとぼと歩いたどうでもいい記憶は今も消えていない。
L字の狭い駅前通りへの出店は少なく、威嚇的なクラクションを鳴らした外国車のオーナーの人相は悪く、ベビーカーを押した若い母親が気の毒だった。
ここじゃ、そんな記憶しか残らないのか。
11:25 江ノ電藤沢(えのでんふじさわ)駅(江ノ島電鉄 神奈川県)
小田急線藤沢駅は終着駅の構造で行き止まりになり、江ノ島方向には来た道を戻るように進行していく。
何度も通った道だけど、そんなことは忘れていた。
「らんぶる繁華街」を歩いて、小田急百貨店内の江ノ電乗り場へ。
一本やり過ごしてベンチに座ってこうしているが、続々と人がやってくる。
生活列車であり観光列車でもある江ノ電の面目は保たれ、大昔に廃線が検討されたことなど冗談としか思えない人波に呑まれかけた。
リンゴを丸かじりする女性と乗り合わせている。
いくらなんでも日本人にそんな習性はない。
藤沢(ふじさわ)駅(東海道本線/小田急電鉄江ノ島線 神奈川県)にて
11:40 石上(いしがみ)駅(江ノ島電鉄 神奈川県)
狭いホームに単線の線路。
地上に下りた江ノ電が最初に止まる駅は住宅街の中で、商店街などはなくコンビニもない。
鉄道とは、これくらいの幅の要地を確保すれば敷けるのかと考え込みたくなるほど狭い。
ただ、世界中からどんな大男を連れてきて寝かせてみても、頭のてっぺんから爪先まで、この要地幅を上回るほどの男はいないことも確かだ。
11:56 柳小路(やなぎこうじ)駅(江ノ島電鉄 神奈川県)
青空の下に映える涼しげな坂道が見えた。
理髪店が一軒あった。
そんな沿線風景を見るうちに次の停車駅。
ホームは右に移動し、ここにも商店コンビニの類いはなく、駅前通りの先を鵠沼高校が塞ぐ。
女子高生の元気で楽しそうな声が静かな住宅街に音を提供している。
12:12 鵠沼(くげぬま)駅(江ノ島電鉄 神奈川県)
行き違い可能で傾斜地に設けられた駅は、ちょっとした高架駅でもあり、鉄道員の姿がある。
すぐ脇の賀来神社では餅つきが行われていて賑わいを見せていた。
商店コンビニ類はここにも見られず、住宅街の中で駅だけが音を発しているが、たいていの人々はただ通りすぎていく。
12:23 湘南海岸公園(しょうなんかいがんこうえん)駅(江ノ島電鉄 神奈川県)
鵠沼を出ると境川を渡る。
記憶に留めるほどの流れじゃないが、久しぶりに風景に変化を見た。
商店コンビニ事情はここも変わらず、昼食から見放されている。
駅のホームで中国の若者集団に取り巻かれている。
どんな経緯があって彼等はここにいるのか。
風がやんでいる。
13:19 江ノ電鎌倉(えのでんかまくら)駅(江ノ島電鉄 神奈川県)
ひと駅ひと駅降りて鎌倉へ向かうつもりでいたが、乗客の多さに辟易して、先に終点の鎌倉まで行き、そこから逆にたどることにしたが、鎌倉からの方がより人海だ。
この晴れた日曜日、人々は湘南海岸へと繰り出し、江ノ島腰越間の路面通行区間で車との摩擦が生じて遅れが出ている。
しかし、この騒ぎはひどい。
江ノ島鎌倉が世界的観光地区として認知されている証かもしれないが、この人海に幼子は紛れこませたくはない。
親はそう考えるべきだ。
鎌倉観光は見合わせる。
湘南を身近に感じていたのは8年前まで。
8年も遠ざかれば世界は変わる。
オバマ大統領からトランプ大統領という流れを見れば分かるように。
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