「鉄旅日記」2009年秋【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】最終日(若松-東京)若松、折尾、黒崎、黒崎駅前、戸畑、小串、長門市、益田、津和野、山口、新山口(筑豊本線/鹿児島本線/山陰本線/山口線)
鉄旅日記2009年9月23日・・・若松駅、折尾駅、黒崎駅、黒崎駅前駅、戸畑駅、小串駅、長門市駅、益田駅、津和野駅、山口駅、新山口駅(筑豊本線/鹿児島本線/山陰本線/山口線)
2009・9・23 6:09 若松(わかまつ)駅(筑豊本線 福岡県)
終着駅から始まる旅。
JR時刻表の文句じゃないが、その朝を迎えている。
オレの他に待ち人はおらず、町を行く人も車も少ない。
「駅そば」の営業もまだ。
昨夜も記した若松全盛の頃には、朝まで酔い騒ぐ男たちもいたことだろう。
コオロギの声が町に響いている。
道が濡れている。
昨日の雨はそういう雨だった。
若戸大橋には戸畑で再会する。
オレにとって祈りの橋、約束の橋。
7:02 折尾(おりお)駅(鹿児島本線/筑豊本線 福岡県)
古ぼけたオリオンプラザが、町のシンボル的存在のように車窓から見えて、やがて折尾に着いた。
朝になっても昨日感じた活気は消えていなかった。
乗降客が次々に現れる。
ここは九州有数の大ターミナル駅。
離れがたい思いにかられる駅。
折尾の町並
7:26 黒崎(くろさき)駅(鹿児島本線 福岡県)
勤め人が多く乗り降りしている。
井筒屋が圧倒的な存在感を放つ町。
小倉が近づき、北九州が活気づいてきた。
流行っていそうなアーケード街が開け、都会の顔をする駅前。
1階に下りると、「ちくてつ」筑豊電鉄の始発駅、黒崎駅前駅に直方行が止まっていた。
黒崎駅前(くろさきえきまえ)駅(筑豊電鉄 福岡県)にて
7:44 戸畑(とばた)駅(鹿児島本線 福岡県)
約束の橋が見える。
北九州も坂の多い街だ。
若松からそんな風景を眺めている。
工業地帯の煙突から煙が上がる。
貨物の引込線がその方角へと続いていく。
若松競艇はこの町で開催される。
戸畑ではイオンが勢力を張っている。
井筒屋のような重厚感はなく、駅前が現代的に見える。
見渡した限りでは、黒崎で見たような商店街は目に入らなかった。
快速列車に乗る。
スペースワールドには止まらない。
遊園地には目を回しそうなアトラクションがいくつか見られる。
西小倉着。
ここから日田彦山線は分かれていった。
4日前の地点に戻ったわけだ。
小倉着。
九州を離れる。
楽しくてうれしい日々だった。
町から若戸大橋を仰ぐ
9:35 小串(こぐし)駅(山陰本線 山口県)
去年は長門市方面からこの駅に着いた。
乗り継ぎの下関行が発車の支度を済ませていたので、パッと降りて駅を写して離れてしまった。
何もないところだと思い込んでしまった。
今日あらためて降りてみて、その印象が誤っていたことを知った。
駅舎も立派だし、トイレも清潔だし、駅員の姿もある。
そしてこの豊浦町の海はとてもきれいだった。
漁港、海水浴場があって、釣り糸を垂れている多くの姿がある。
山中神社では、軽トラックに乗ってやってきた男性とそのお孫さんが掃除を始める姿を眺め、駅に戻る道筋には海軍文庫、食堂、割烹旅館、薬店などがあって目を楽しませてくれた。
駅裏にはコンビニもある。
白鷺が舞い、雲雀が鳴いていた。
小串にて
11:17 長門市(ながとし)駅(山陰本線/山陰本線仙崎支線/美祢線 山口県)
去年5月以来の再訪。
駅前通りに出ても、何もないと書き記して去ったが、失礼なことを言ったものだ。
線路に沿って食の道があって、スナックがやたらとたくさんある。
そして寿司、焼鳥、居酒屋。
夜も十分に楽しめるだろう。
ステーション・ホテルのたたずまいには舌を鳴らした。
1階は品数の少ない土産物屋で、まるで打ち捨てられたような雑居ビル。
飲食街を抜けた先に安倍晋三代議士のポスターがいくつも貼られていた。
去年は仙崎にも行ったよな。
ここからひと駅の終着駅。
青海島に渡る入口が仙崎だった。
薄命の詩人、金子みすゞが暮らし、愛した町。
彼女が生きたのはもう100年も昔のことだ。
13:25 益田(ますだ)駅(山陰本線/山口線 島根県)
長門市からの道中はなかなかに長い。
一日に普通列車は往復9本しか走らない区間。
三見駅で幼い少女が、さらに幼い弟を連れて列車を見に来ていた。
真剣な目をしていた。
やがて彼女も旅立つ。
そして彼女は、乗った列車がどんな町に着くのか、どこまでつながっているのかを知る。
その日を楽しみにしたらいいと、彼女を見て思った。
萩の手前、玉江でたくさんの乗客が降りた。
広島までの切符を持っていた母娘もそこで降りた。
玉江から萩が始まる。
益田までは約2時間。
日本海を、そして石州瓦の屋根を乗せた家々を見ながら列車は走り、沖にはいくつか島や大岩が浮かび、小さな湾を過ぎていく。
かわいらしい少女が邪気のない笑顔を見せてくれる。
すごいな、子供の目は。
何だかオレのすべてを見透かした上で、神を宿したかのような、慈しむかのような笑顔。
あの時オレは救われた。
益田も1年振りだ。
昼飯に寄った回転寿司も健在だった。
スーパーおき3号に乗る。
満席だ。
さすがに連休最終日。
特急列車は走り、星のふるさと日原に着く。
駅員の姿はない。
岩国からこの町まで延びる予定で着工された旧岩日線、現在の錦川鉄道は中国山地に阻まれて完成を見ない間に国鉄の手を離れ、計画は頓挫した。
あと3分ほどで津和野に着く。
14:40 津和野(つわの)駅(山口線 島根県)
益田からは特急列車で30分だった。
津和野に着くと、ちょうど下り列車も着いたところで、仰天するほどの多くの人々が乗降した。
この列車でも同じことが起きている。
叶うのなら観光地は平日に行くべきだ。
この旅初日の宮島口のように。
津和野には高校の修学旅行で一度降りている。
24年振りということになるのか。
あの日は、借りた自転車で取るに足らない滝を見に行った。
オレの提案だった。
連れが誰だったのかひとり残らず忘れた。
本町通り、殿町通りから津和野川、高岡通りと観光客は引きも切らない。
殿町の鯉が泳ぐ水路のことはよく覚えていた。
津和野川にも鯉の姿は見られる。
人気の少ない場所に足を延ばしたら、老婦人が大きく成長した孫娘をいつまでも見送る光景に出くわした。
泣けるよ。
人が作る美しい光景だった。
ここ津和野で車寅次郎は、吉永小百合さん演じる歌子と再会して、しばらく明けない恋やつれを患った。
彼女も宮島を訪ねた際にこの町まで足を延ばしている。
普通列車がやってきた。
やはり観光客が多いが、地元の中国地方の人々が圧倒的に多い。
津和野の一風景
16:21 山口(やまぐち)駅(山口線 山口県)
この旅を締めくくるのに相応しい町に着いた。
思い出もある。
道もよく覚えていたよ。
萩往還路を国際ホテルが立つ角まで。
サビエル記念聖堂の2本の塔が見える。
さらに進むと県庁につきあたり、そこには長州藩が山口政事堂を置いた当時の藩庁門が残されている。
この町に連れてきてくれたあの女性の顔を思い出せない。
彼女もとうに忘れているだろう。
門司港、小野田、萩、そしてここ山口。
3日を共に過ごして山口宇部空港で別れてそれきりだ。
不思議な出会いだった。
それから年賀状の往復がいくつかあり、最後の返事には「変わっていません」と書かれていた。
県庁を持つ町にしては小さく、繁華街に相当するものは駅近くの路地にかろうじて存在する。
県内では下関の方が人口、規模とも大きいが、山口市は室町から戦国期にかけては京都、堺などと並び評されるほどの都会で、中国弁の中でも広島や岡山などと比べると言葉がきれいだと彼女から聞いた。
親切な警察の車に、親切な駅員さん。
いよいよこの旅も終わる。
17:07 新山口(しんやまぐち)駅(山陽新幹線/山陽本線/山口線/宇部線 山口県)
万感の思い。
そんな気分で在来線口を眺めている。
明るい時分のこの町は、5日前の町とは違って見える。
立ち並ぶホテルの存在感は、夜にはそれほど感じなかった。
たんたんと改札手続きを済ませて、今こうしてホームで並んでいる。
東京までずっと立ちっ放しでいる用意はできている。
山口の音として他を圧していたのは、蝉の声だった。
19:15 新神戸発
新幹線とは恐ろしい速度で走るものだ。
あらためて感じる。
車窓はなかなかに楽しめた。
防府、徳山の工業地帯、瀬戸内海。
新岩国駅はひどい場所にあったな。
新しい広島マツダスタジアム。
明石海峡大橋は虹色に光っていた。
ずっと立ちっ放しだったが、あっという間だった。
ここ新神戸で少し賭けに出た。
切符は自由席。
のぞみに乗り換えて、次の新大阪で降りる大阪人の多さに期待した。
そして19:26新大阪着。
オレの勝ちだ。
サンキュー大阪。
今に始まった話じゃないが、愛してるよ。
メールを送った二人から返事が届いた。
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