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「車旅日記」2004年秋【瀬戸内から山陰へ。そんな旅がしたかったのでございます。】2日目(宇野-下津井-新見-津山-城崎)走行距離377㎞ その2-月田駅、津山駅、智頭駅、餘部駅、鎧駅、レイセニット城崎

公開日: : 旅話 2004年

車旅日記2004年11月21日
2004・11・21 15:05 月田駅(11月20日の京都駅より442㎞)
小さな山里に着いた。

月田は木材の町。
駅舎は集会所としても使用されているようで、人々の声が聞こえてくる。
他に一切の音はなく、眩しい太陽が顔を出した。

途中雨に打たれた。

かつて中国自動車道を走っていて、あまりの山の中に驚いた記憶がある。
山以外には何もない。
あの時のオレからはそんなコメントしか生まれなかった。

そして今オレはあの時に見た景色の中を走っている。

ここにはこうして鉄道が通じている。
何度か乗り継ぎが必要だろうが、新見から姫路へと延びている。

過ぎたきたどの村でも人を見かけることはまれだった。
おそらく利用者は少ないのだろうが、鉄路は絶えていない。

途中の大佐では役場の建物よりも、役場の場所を示す文字が刻まれた石の方が立派だったよ。

それにしても太陽が眩しい。
こうして山里に日差しが降り注ぐと、思わず豊かな気持ちになる。

16:12 津山駅(11月20日の京都駅より480㎞)
勝山、久世、落合、久米。
中国自動車道沿いの小さな町を過ぎてきた。
勝山はそれなりの町だった。

新見までの道中で目にしてきた山々を背後から眺める、よく晴れた気持ちのいいドライブ。
吉井川と再会して、岡山県を巡っていることを実感した。

ここから街が始まる。
そんな街の入口に差し掛かるのは久しぶりだ。
ファミリーレストランをはじめ色鮮やかな看板が国道に沿って立ち並ぶ。

そして街中に至り、想像以上に街が開けていることに驚いた。
津山は美作国の旧都。
吉井川を挟んで両岸に街が広がっている様は松江を思い出させる。

どうやら中心街は川向うになるようだ。
駅前商店は閉まっているところが多く、映画館だけが細々と営業している。

津山は鳥取へと出る因美線、姫新線、岡山に出る津山線の3線が乗り入れる要衝地で、街も大きい。
この先いつか素敵な季節に滞在して川辺を歩いてみたい。

16時を過ぎて、あんなに明るかった空が一日の終わりを感じさせる色へと変貌してきた。
もうじき日が暮れる。

暖かな西の国にも冬が近づいている。

2014年8月14日撮影

17:21 智頭駅(11月20日の京都駅より534㎞)
カーブを曲がると自衛隊の演習場。
富士の裾野に思いを馳せ、県境の峠を越える。

少し激しい雨に洗われた。
長い坂を下る途中に鳥取県の表示。
3度目になる鳥取入りの瞬間だった。

最初の町は智頭。
因美線と智頭急行が乗り入れる小さな町。

簡素な駅舎の前には3つの大木が天を衝き、クリスマス・ツリーの装飾が施され、眩しく美しい。
丘の上にある故郷の教会を思い出す。

国道から駅に至る前に、水量の多い土師川を渡る。
小さな川だが、ここで生きてきた人々の暮らしや歴史を想う。

雨がまた少し激しくなった。
闇に溶け込みそうな空の下、山々が雲を従え神を宿している。
橙の灯を点した駅頭に降る雨はあたたかい。

さっき駅に着いたディーゼル急行はここでひとりの客も降ろさずに鳥取方面に姿を消し、何度目になるのか忘れたが、オレはもう一度駅を振り返り、ここを去る決心をした。

2014年8月14日撮影

19:19 餘部駅(11月20日の京都駅より604㎞)
時折の雨に打たれ、やがて上がり、鳥取市内を通過した時はすっかり日が暮れていた。
夜の鳥取はオレの好きな色をしていた。
あの街を目指す旅はやがてまた計画されるだろう。

気づくと赤い大鉄道橋の下にいた。
見上げると今もその偉容が目に入る。

かつてその下を通った余部鉄橋をもう一度見たくて、それは今回の旅の重要なポイントになっていた。

この闇の中じゃ色を感じ取ることはできないが、その巨大な存在感は闇の中であるからこそ一層際立っている。

駅へは細い山道を上がっていく。
登りきると盛り土にようになっている。
そこがホームで、一段下がったところに線路が敷かれている。

禁じられた行為だが、線路に立ち入り橋脚に足をかけて日本海に目を移した。
闇と同化した日本海からは大きな波の音が聞こえ、すぐに引き返した。

あと4、5歩進んでいたら、オレまで闇に同化してしまいそうな気がしたんだ。
人間じゃとても太刀打ちできないような、目には見えない巨大な存在を感じて身震いした。

ホームに戻るとその空間はオレだけのもので、そして強風が吹きつけてきた。

当時の余部鉄橋(2020年7月24日、現地の記念公園の壁面に貼られた写真を撮影)

19:33 鎧駅(11月20日の京都駅より609㎞)
そっちに行っても何もないよ。
駅への表示はそんなことを教えてくれた。

闇に包まれた心許ない道を、波の音だけを頼りに進んでいく。
駅前には僅かながら民家が見られる。
その民家の生活光に安堵し、このあたりじゃとても支配的な波音を相変わらず聞いている。

風が、ここが凄絶な場所であることを暗示しているが、闇からの教えはない。

駅頭は明るいが、線路の先もまた果てしない闇だった。

23:23 レイセニット城崎413号室(11月20日の京都駅より652㎞)
城崎は遠かった。
蛇行道は長く、時折港の明かりが覗くが、道行く車は上下ともなく、ガス欠の到来を覚悟しながら平静でいることを我が身に課していた。
城崎は遠かった。

この町を通過したのは2年前の夏。
朝方から浴衣姿の湯治客を見かける雅な町だった。
しょっぱい気分でいるなら随分と癒してくれそうな町だった。

店の名前は忘れたが、寿司屋でイカ刺しとみそ鍋にビールを2杯、酒を一杯。
品のない中年男が若い女性を連れてやってきた。
温泉街には様々な客がやってくる。

22時過ぎの北柳通りには下駄をつっかけた湯治客の姿が絶えない。
素晴らしい温泉旅情だ。

店を出て駅までの道を歩く。
旅情たっぷりの駅舎は山陰本線の中心駅として申し分ない造りで、入って右が待合室、改札はすぐのところにある。

時刻表を覗くと香住行最終が22:06で、京都に戻る列車はすでに絶えていた。

駅前通りは明かりを消してひっそりとしている。
早い時間から実はそうなのだと、土地の人から聞いた。

この町には列車で訪ねるといいだろう。
でもそうするのに適した時代は終わり、町だけが旧観を保存して、観光客は旅情目当てに人口5,000人の温泉町にやってくる。

読んだことはないが、志賀直哉が「城の崎にて」で描いた文学の町でもある。
そういえば余部鉄橋は明治45年からあの姿のままだという。
地上から44メートルの高さは果てしなかった。

この地域はそんな時代を抱えながら生き続けている。
例えば30年くらい先に三度訪れたとしても、おそらくこの風情を保っていることだろう。
そうあってほしい。

射的場には子供に交じってたくさんの客がいた。
ああしたレトロなものが置いてある町はそうそうあるものじゃない。
2、3日ここに滞在すれば、こんなオレでも少しはマシなものが書けそうな気がするよ。

吹き渡る風は寒々というよりもむしろあたたかい。
車寅次郎の気持ちがオレにも分かるようになってきた。
人に優しくて、強がりなあの男の気持ちがオレにはよく分かる。

昨日の宇野もここ城崎も、そんな男がひとりで歩くのに相応しい町といえる。
例えば次にこの町に愛する女性と連れ立ってくるようなことがあれば、その時は名産のカニを食べよう。

今のオレはイカでいい。
美味かったよ。

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