*

「鉄旅日記」2020年文月 2日目(香住-東萩)その4‐出雲市、直江、五十猛、馬路(山陰本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】

公開日: : 最終更新日:2025/05/05 旅話, 旅話 2020年

鉄旅日記2024年7月24日・・・出雲市駅、直江駅、五十猛駅、馬路駅(山陰本線)

15:19  出雲市(いずもし)駅(山陰本線 島根県)
乃木~玉造温泉~来待にかけての宍道湖の眺めが素晴らしい。

優雅な水面は負念を吸収する。

さらに宍道にかけても素晴らしい。

空は青も見せるが、降る雨は激しい。いつまで待てばいいのか分からない。山陰本線は現在止まっている。

そういえば、5年前も山陰ではこうして計画を狂わされた。

これが常だとするのなら、何度この遠くの街まで足を運べばいいというのか。

まさに荒天。代官通りあたりを歩いている頃は空の意思は青に転ずると思われたものの、今じゃホームの待合室まで雨が吹き込む。この遅れは倒木の影響によるという。

12年前に宿泊した出雲市駅周辺。あの日よりも多く歩き、より街を知り、出雲の歓楽街の規模に興を覚え、アーケード街では人っ子ひとりいない情景に出くわした。

あとはいい加減な天気は気にせずに、大判焼きを購入して飲んでいたよ。土産もここで購入した。

これだけ不意に時間が生まれたんだ。必然だろう。

不要不急の外出自粛奨励の中を出かけたのか!という会社の連中の突っ込みに対して、そんなもんクソ食らえだと大笑いする光景を思い浮かべていた。

おそらくそれは現実となる。

15:35  直江(なおえ)駅(山陰本線 島根県)
出雲市駅で待っていると遅れていた米子行が到着するという。

待つことに飽きていたし、予定も変更になったことだ。ひと駅戻って下りを待つことにした。

途中、斐伊川を越す。美しい眺めだ。

この地でスサノオがヤマタノオロチを退治した伝説が残るが、ヤマタノオロチとは大雨が降るたびに氾濫を繰り返し、いく筋にも分かれて手がつけられなかった斐伊川のことを指していると何かの書で目にした。

直江駅はなぜか駅舎が閉鎖されていて、南北につなぐ跨線橋を伝って下界に下りた。

空はまるで冗談のように晴れている。

17:04  五十猛(いそたけ)駅(山陰本線 島根県)
眠りから覚めてしばらく経つ。

ヒグラシの声が聞こえている。穏やかな夕暮れ。

だが列車はここで停止して動かない。上り列車を2本やり過ごすために微動だにしない。

2020年に対して恨みが募る。俳優の三浦春馬さんはこの状況に耐えきれずに酒に溺れ、オレを含めて日本中を悲しませることになった。

コロナに負けるなとFacebookの友達が言う。オレに限ってそれはないとたかをくくっていたけれど、時に負けそうになる。

負けないために外に出た。

五十猛の地名はスサノオの息子、五十猛神(いそたけるのかみ)に由来する。

天から出雲に降りたスサノオの行いはひどく、やがて神々によって追放され、息子と共に朝鮮半島を経て、再び出雲の地に上陸した場所がここの海岸とのこと。

線路下の通路を抜けると駅舎はなく、平凡な山陰の駅前風景を見た。


17:23  馬路(まじ)駅(山陰本線 島根県)
強烈な西日が車内を照らしている。まるで皮肉だ。

今度は倒木の撤去作業で、いつ果てるともしれない停車が再開された。

外に出たオレに誘われるようにそれとわかる鉄道オタクが這い出て、ローカル線によく見られる一風景が生まれた。

ホームには駅名標の他に、駅名をもじった「まじ?!」なるもうひとつの駅名標をこさえて、世界遺産石見銀山にまつわる名所を紹介している。

駅に着く前に日本海が見えて、馬路は海辺の駅かと思ったが、少し内陸に収まった。駅舎は持たない。

ホームからわずかに日本海が覗ける。

関連記事

「車旅日記」1998年夏 初日(東京-伊那-木曽)-東京町田、相模湖駅、鳥沢駅、道の駅甲斐大和、勝沼、長坂、伊那市駅、道の駅日義 木曽駒高原 【伊那、木曽から志賀高原へ。気乗りのしない旅で選んだ行き先は、初夏の信濃路でございました。】

車旅日記1998年7月18日 1998・7・18 12:48 東京町田 久しぶりに空がよく晴れてい

記事を読む

「鉄旅日記」2022年皐月 ツレと訪ねた下部温泉~富士宮~田子の浦旅でございます。最終日(下部温泉-東京) ‐下部温泉、波高島、身延、甲斐大島、内船、西富士宮、富士宮、東田子の浦(身延線/東海道本線)/富士浅間神社【Facbookへの投稿より振り返ります。】

鉄旅日記2022年5月29日・・・下部温泉駅、波高島駅、身延駅、甲斐大島駅、内船駅、西富士宮駅、富

記事を読む

「鉄旅日記」2016年春 初日(東京-水沢)その2-前谷地、柳津、気仙沼、一ノ関、水沢(石巻線/気仙沼線/大船渡線/東北本線) 【東日本大震災被災地へ】

鉄旅日記2016年3月5日その2・・・前谷地駅、柳津駅、気仙沼駅、一ノ関駅、水沢駅(石巻線/気仙沼線

記事を読む

「車旅日記」2000年夏Part.1 3日目(能登島-氷見-小千谷)能登島、道の駅いおり、氷見港、道の駅ウェーブパークなめりかわ、朝日町栄食堂、親不知ピア・パーク、道の駅能生、長岡市宮本、道の駅おぢや 【信濃、飛騨、そして能登島。帰りは北陸路。この国の美しさをあらためて感じました夏旅でございます。】

車旅日記2000年7月22日 2000・7・22 9:00 能登島某リゾートクラブ 昨夜は風の音を

記事を読む

「鉄旅日記」2013年夏 最終日(岩国-東京)-岩国、海田市、岡山、西大寺、播州赤穂、山科、南草津、豊橋、愛野、菊川、熱海(山陽本線、赤穂線、東海道本線) 【青春18きっぷで、鹿児島県志布志へ】

鉄旅日記2013年8月14日・・・岩国駅、海田市駅、岡山駅、西大寺駅、播州赤穂駅、山科駅、南草津駅、

記事を読む

「鉄旅日記」2001年如月誕生日その2【京都の女性に恋をしていた頃がございました。その日に京都にいたのでございます。】

鉄旅日記2001年2月17日 2001・2・17の記憶(京都編) 京都タワーホテル91

記事を読む

「鉄旅日記」2021年春 最終日(松本-東京)その1 ‐松本、一日市場、信濃大町、信濃木崎(大糸線) 【週末パスで信濃へ。妙高高原駅で引き返し、松本の友人を訪ね、大糸線を旅して思い出の白馬へ。先の旅から一週間後のことでございました。】

鉄旅日記2021年4月25日・・・松本駅、一日市場駅、信濃大町駅、信濃木崎駅(大糸線) 20

記事を読む

「鉄旅日記」2022年文月 ツレと訪ねた佐久海ノ口温泉~諏訪湖旅でございます。初日(東京-佐久海ノ口) ‐甲府、小淵沢、清里、野辺山、佐久海ノ口(中央本線/小海線)【Facbookへの投稿より振り返ります。】

鉄旅日記2022年7月23日・・・甲府駅、小淵沢駅、清里駅、野辺山駅、佐久海ノ口駅(中央本線/小海

記事を読む

「鉄旅日記」2020年弥生 最終日(速星-東京)その1‐速星、越中八尾、楡原(高山本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】

鉄旅日記2020年3月22日・・・速星駅、越中八尾駅、楡原駅(高山本線) 2020・3・22 7:

記事を読む

「鉄旅日記」2007年新春 最終日(金沢-東京)-金沢城址、金沢、倶利伽羅、黒部、直江津、長野、東京(北陸本線/信越本線/長野新幹線) 【本格的に鉄旅が始まりまして、まずは冬の北陸を目指したのでございます。】

鉄旅日記2007年1月8日・・・金沢駅、倶利伽羅駅、黒部駅、直江津駅、長野駅、東京駅(北陸本線/信越

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

「鉄旅日記」2023年七夕月 初日(東京-輪島)その3‐富山、岩瀬浜、金沢、七尾、穴水(富山地方鉄道富山港線/北陸新幹線/七尾線/のと鉄道七尾線)【令和6年能登半島地震の半年前に能登を、輪島を訪ねておりました。】

鉄旅日記2023年7月15日・・・富山駅、岩瀬浜駅、金沢駅、七尾駅、

「鉄旅日記」2023年七夕月 初日(東京-輪島)その2‐東京、富山、電鉄富山、越中八尾(北陸新幹線/高山本線)【令和6年能登半島地震の半年前に能登を、輪島を訪ねておりました。】

鉄旅日記2023年7月15日15日・・・東京駅、富山駅、電鉄富山駅、

「鉄旅日記」2023年七夕月 初日(東京-輪島)その1‐金町、北千住、日暮里(常磐線)【令和6年能登半島地震の半年前に能登を、輪島を訪ねておりました。】

鉄旅日記2023年7月15日・・・金町駅、北千住駅、日暮里駅(常磐線

「鉄旅日記」2023年桜時 ツレと訪ねた横須賀~大宮旅でございます。そして江戸川堤菜の花の頃。佐野元春さん「sweet 16」永遠にありのままで。/横須賀駅/横須賀中央駅/大宮駅/内宿駅【Facbookへの投稿より振り返ります。】

【雨の軍都から江戸川堤。そして静かな午後】 2週にまたがる週末

「車旅日記」2001年盛夏 最終日(松山-東京)その3-伊吹PA、浜名湖SA、由比PA、足柄SA、海老名SA、葛飾金町【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月15日・・・伊吹PA、浜名湖SA、由比PA、足

→もっと見る

    PAGE TOP ↑