「鉄旅日記」2021年春 最終日(米内沢-東京)その2 ‐小砂川、女鹿、象潟、秋田(羽越本線/秋田新幹線)/三崎峠 【大人の休日倶楽部パスで東北へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。続くコロナ禍ではございますが、約半年の辛抱の時を過ぎて、天候にも苛まれながら秋田内陸縦貫鉄道に乗りに行きました。】
鉄旅日記2021年4月18日・・・小砂川駅、女鹿駅、象潟駅、秋田駅(羽越本線/秋田新幹線)/三崎峠
10:49 小砂川(こさがわ)駅(羽越本線 秋田県)にて


12:25 女鹿(めが)駅(羽越本線 山形県)
風の影響で列車は遅れていた。それでも小砂川駅で降りた時はこんな大荒れは予測できなかった。何しろ写した空は青かった。
ただ確かに風は強かった。おそらく台風並みの風を浴び続けた。にわかに空は曇り、やがてはまたしても雨。

八幡様にお参りして、海辺に出ればスサノオに祈り、ここが「奥の細道」の難所と知り、戊辰戦争で戦死した秋田藩士の墓の方向に頭を垂れた道中。

何の意識も持っていなかったが、秋田~山形県境を歩いていたことになる。そこが三崎峠。古くからの交通の難所で、「手長足長」という怪物が出没して人をさらったという。
宮脇俊三さんはその著書で「手長足長」の正体は打ち寄せる荒波のことだろうと断定しておられた。道往く旅人を「太陽の化身」八咫烏が導いたとある。いわく、「手長足長」が現れている時は「有耶」と鳴き、安全な時は「無耶」と。よって「有耶無耶関」と呼ばれるようになったとのこと。




戊辰戦争の古戦場でもある。「奥羽越列藩同盟」として一度は結束した東北諸藩だが、この局面では多くが新政府軍に下っていて、旧幕府軍の庄内藩に、久保田(秋田)、亀田、矢島、そして佐賀藩が対した戦闘は新政府軍の退却によってやんだ。

それにしても強風かつ雨。好き好んで行った行為だが、叶うのならもうこんな思いはしたくない。大風の日には気をつけろとは古人からの伝言。その通りだ。天はオレに警告を与えたのか。2度とこのようなことはするなと。
風の中で一度はどなり散らした。だけど空しい。
女鹿駅入口の表示はあった。かつて車窓から見た時、この駅を降りたらどこに出るのか興味が湧いた。そんな好奇心が今日のオレを導いたが、ここに着くまではヒマラヤ登山もかくやと思わせる苦行だった。

女鹿駅に止まる列車は上りが2本、下りが4本。下りの始発が12:53。上りの停車はすでにない。とにかくここを離れなければ。


到着してからおおよそ1時間。本来は隣の吹浦までは歩くつもりでいたが、こんな天候の中をもう歩けない。
ようやく脱出の時がきた。
【Facebookへの投稿より】
川霧が立ちこめる秋田内陸マタギの里を出て、日本海へ。
春の嵐に見舞われ、羽越本線沿線は大荒れ。
芭蕉翁「奥の細道」の最大の難所、三崎峠を風雨に苛まれながら歩いたのでございます。
14:00 象潟(きさかた)駅(羽越本線 秋田県)にて


16:12 秋田(あきた)駅(秋田新幹線/奥羽本線/羽越本線/男鹿線 秋田県)
女鹿駅に列車がやってきたのは定刻から遅れること30分を過ぎていた。その間にこらえきれずに何度か叫んだ。気温12度。冷たい風が濡れた体を冷やした。
列車は吹浦を出たあと徐行運転をしていたようだ。送電線トラブルにより秋田~象潟は運転取り止め。上下線ともに遅れ。列車は象潟行に変更になる。
象潟に行けば特急も止まる。選択肢が増えると思ったが、結局オレが乗り合わせた下り線を最後に羽越本線は全休となった。
列車はやってきた。女鹿で降りる者はないだろうし、緊急事態。オレの姿がなければ止まらないのでは?との疑念が去らず、何度も雨風にさらされながら列車が来る方向を恨ましげに凝視していた。
そしてようやく。列車に乗ると深い安堵感。
女鹿から3駅目。象潟駅長の仕事は早かった。手早く人数をまとめ代行バスの手配をする。羽後本荘駅で降りる者を含めて乗員は9名。秋田駅までの約90分のトラブル旅。バスは東口に着いた。

冷えた体を暖めるべく、朝に寄った駅そばを再びくぐり、ラーメン大盛。シナチクが乗っただけの簡素な一品だったが、味はよかった。

奥羽本線の線路を新幹線「こまち」が往く。その事実はさしたる感慨を呼ばず、大曲へ。ここから進行方向を変えて、線路は田沢湖線になる。
冷えていた体はようやく喜色を浮かべ、「東京は晴れている」と恋人より。
この先、角館、田沢湖、雫石、盛岡と止まり、さらに先は仙台、大宮、上野、東京にしか止まらない。
コロナにより車内販売はなし。酒が必要になったら途中で乗り換えればいい。おそらくそうはしないだろうが。
角館で昨日乗った秋田内陸線の線路を追った。銀色の道だった。
次に乗ることを思った時、恋人の顔が浮かんだ。だって、彼女は最愛の女性だから。
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