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「車旅日記」1998年夏【20代最後の旅でございます。青森港から北海道上陸を目指して北へ向かったのでございますが・・・。】初日(東京-青森フェリー埠頭)-東京町田、加平PA、千代田PA、東海PA、差塩PA、福島松川PA、泉PA、金成PA、北上金ヶ崎PA、岩手山SA、湯瀬PA、津軽SA、青森フェリー埠頭

公開日: : 旅話, 旅話 1998年

車旅日記1998年8月12日
1998・8・12 7:21 東京町田
夏の第1ラウンドのツアーから3週間が経過して、またツアーの季節がやってきた。

甲子園には横浜高校の怪童松坂投手が現れて、季節感としての夏が盛の中、季節としての夏は終わりゆこうとしている。

出発の空は曇り。
予報では東京は雨。
この連休はきっと涼しいのだろう。

旅立ちは朝が相応しい。
朝食を済ませてシャワーを浴びて、まだ家族も揃っている。

今回はちょっと長旅になる。
だからちゃんと挨拶くらいしておきたい。

それじゃまた5日後に、ここで。

9:27 首都高速自動車道-加平PA 52㎞
胸のあたりがもやもやしている。
渋滞のせいだろうか。

そう言えば空気も悪い。
おそらくそうした要素も関係するのだろう。

家を出てしばらくすると、昨日オレに声をかけて帰っていった彼女のことが気になりだして、なぜかとても切なくなった。

紛れもなくオレは彼女に思いを寄せている。
そして東京に未練が生まれて、すぐに思い直す。

オレは彼女にとって何者でもない。
連絡先すら知らない。
彼女に対してどういう行動もとれない。

この夏にも諦めがあった。
そうして男は旅に出る。
車寅次郎がそうだった。

今は一刻も早くこの澱んだ空の下から抜け出したい。
しかし道路状況は芳しくない。

ここにきて温度は上がり、体からは大量の汗が噴き出している。
次々に高速で通り過ぎていく車の振動に気持ちも尖る。

さあ、前途に明かりを見つけよう。
幸いなことに、東京に残っているべきだったという後悔は見当たらない。

自分でも言うのもなんだが、サングラス姿がよく似合っている。

10:48 常磐自動車道-千代田PA 110㎞
関東平野に雨が降りてきた。
渋滞が続いている。

ひとしきり走って、また止まったように進む。
この単調さに眠気が襲ってくる。

オレにはクーラーの冷気は向いていない。
仕事中は冷房の効いた車の中でよく眠っていた。
もちろん運転するのはオレじゃないが。

だから窓を開けて走っている。
そんなオレの走行を雨が邪魔している。

夏休みに、本当の夏を期待してここでひと休みしている人々は、この曇り空の下で何を思っているのだろう。
やはり計画通りに出かけてきたことを喜んでいるのだろうか。

それならそれがいい。
やけくそになって無茶苦茶な運転をされるのは迷惑だ。

家を出て100㎞が過ぎた。

しかし北海道とはつくづく遠いと思う。
まだ調子が上がってこないから尚更そう思う。

旅の始まりはいつも同じようにどこか迷っている。

12:09 常磐自動車道-東海PA 162㎞
雨が上がり虫の声が騒がしくなってきた。

サングラスをかけるとアウトロー気分にぴったりはまる。
ただ、すべての景色がセピア色に見えることが難点として挙げられるけれど。

この先道路状況は好転する。
渋滞にはまるのはしゃくだが、この時期にこの騒ぎに巻き込まれたのが90分で済んだことは幸運と思わなければならない。

音楽は日本のミュージシャンに変えた。
歌いながらいけば気分も晴れる。
そしてだんだん日常が離れていく。

不思議なものだ。
いつも思うが、こうして世俗を離れることは人間として、いや動物としてとても必要なことのように思う。

ただ単純に、「生きる」という行為を想うから。

13:33 磐越自動車道-差塩PA 250㎞
少し横になった。
夏本来の気候じゃないとはいえ、快眠できるほど甘くない。
だけどそれでいいと思う。

ベンチに座ってゆっくり煙草を吸った。
こんな時の煙草はいい。
とても平和な気持ちでいた。

日常のしょうもないことは何も浮かんでこない。
そして不意に4日前に町田の風俗店で肌を合わせた女性のことを想った。

潤いのない日々に生じたあの記憶は、オレにとってどれだけ貴重だったかを同時に考えた。
わずか30分ばかりとはいえ、あの女性には計り知れない好意を持った。

「10$の恋」。
そんな切ない楽曲が浮かぶ。

オレの背には「海へ」と刻まれた記念碑がしゃがむように立っている。

とても平和だ。
自然も美しい。

15:00 東北自動車道-福島松川PA 329㎞
夏の日差しが戻っている。

ギターを積んだライダーは木陰でひと休み。
中年のご夫婦がベンチに座って小豆のアイスキャンディをかじっている。

オレもひとりならひとりらしく、それなりの態度をとれたらいいと思うが、うまい具合に思いつかない。

それぞれの夏。

あのライダーにはどこかの町でステージでも用意されているのだろうか。
そうじゃなく、誰に聞かすわけでもなく、例えば川の畔でつま弾くとでも言うのなら、ついて行ってもいい。

こうして風の中で夏を楽しむのもいい。

蝉と秋の虫が上手なハーモニーを聞かせてくれている。
期間限定でしか聞けない珠玉の演奏だよ。

17:06 東北自動車道-泉PA 427㎞
東北道中間地点の表示を見て、まだまだ先が長いことを知った。
一日で行けるとはいえ、日本は決して狭くない。

渋滞は岩手に入っても発生しているらしい。
さすがにこの時期といえる。

少し疲れていたけど、横になって目を閉じたら楽になった。

青函フェリーの最終が出るまで、あと9時間ばかり。
たどり着く頃にはきっとくたくたになっているだろう。
今日の内にたどり着かなくてもいいじゃないかという内なる意見もある。

体との相談になる。
調子はいいよ。

18:15 東北自動車道-金成PA 493㎞
さすがに疲れたよ。
呆然となった状態で運転もしていた。
オレを追い抜いていく周りばかりが気になった。

これは疲れている証拠だ。
いずれにしろ一日に500㎞も走らなければならない理由などどこにもない。

ケータイは意味不明の信号を発信している。
ここらはきっとツーカーのサービス圏外なのだろう。
暑くて壊れたとも考えがたいし。

さて、これからだ。
5月に通っているとはいえ、この果てしない東北道を走破するのにあとどれくらいの時間と、どれくらいの体力が残っていればいいのかが分からない。

気持ちが乗ればかなりいけるのだろうが。

19:14 東北自動車道-北上金ヶ崎PA 543㎞
ハイウェイでの風を受けての走行が負担になることが分かったよ。
窓を閉めればずいぶん違う。
音楽も耳に心地よくなってきた。

青森までの正確な距離が出た。
計画通りいこう。

ここからがタフだが、実行前はいつでもその気でいる。
そしてそれを正確に実行する意義は大いにある。

ここ4日間はひとりで生きていかなければならない。
問題はその方法だ。

とりあえずハイウェイの走破。
話はそれからだ。

20:50 東北自動車道-岩手山SA 622㎞
かなり調子が上がってきている。

ここがどういう場所なのか暗くてよくは分からないが、ひとつだけはっきりしていることは、ここが今夜の目的地から150㎞ほど離れたところということ。

不安を抱えながらの走行だったけど、もう大丈夫。
路上はオレの生活の場。

一日に800㎞も走るのはこれが最初で最後になるかもしれない。
充実もしている。
でも何かが足りない気がしている。

それが何なのかオレにもよく分からない。

21:40 東北自動車道-湯瀬PA 670㎞
八戸方面に分かれていく分岐点を過ぎて、今夜最後のルートに入った。

あれだけ賑わっていた路上もここまで来ると通る車さえまばらになり、ここに車を止めているのはオレと日通の運転手のみ。
思えば遠くへ来たものだ。

調子が上がっている。
そのことを喜びたい。

どこへでも行ってやるという気力も生まれてきている。
そう、これからだよ。

ここは秋田県らしい。
青森はまだ先。

北へ進路をとって700㎞。
そこが今夜の目的地。

22:30 東北自動車道-津軽SA 732㎞
友の声を聞いた。
さっきは母親の声を聞いた。
また不安がよぎってきた。

でもこれはオレの性分。
ムリはしていない。

大丈夫。
きっと、いい旅になる。

23:52 青森フェリー埠頭 774㎞
深夜にできた車と人の列。
車検証を持って一応は並んだよ。

想定していたフェリーで北海道に渡るのは困難であることを聞いた。
何しろこれほどの列。
事態はオレが考えているほど甘くないようだ。

だけどがっかりはしない。

とりあえず風呂を見つけて汗を流そう。
あとのことはそれからだ。

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