*

「車旅日記」2004年夏 最終日(長崎-福岡空港)走行距離291㎞その1-長崎ニューポート、島原駅、沖田畷古戦場(龍造寺隆信戦死の地)、大村駅、千綿駅、高橋駅 【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】

公開日: : 最終更新日:2025/05/24 旅話, 旅話 2004年

車旅日記2004年8月15日・・・長崎ニューポート、島原駅、沖田畷古戦場(龍造寺隆信戦死の地)、大村駅、千綿駅、高橋駅

2004・8・15 7:38 長崎ニューポート413号室
精霊流しの日は雨らしい。

雨の朝は久しぶりだ。
明け方近くには雷も鳴っていたそうだ。

歴史の雨が長崎をも濡らし、だけど空が少し明るくなってきた。

今日は終戦記念日。
その日を、原爆を落とされた長崎で迎えるのも何かの因縁。

アテネでは、柔道の谷亮子選手と野村忠宏選手が連覇を果たしたという。
世間の夏はそれなりに盛り上がりを見せているようだ。

九州で過ごす夏も今日が最後。

長崎の朝の表情をみて、街を離れよう。

10:00 島原駅(8月11日の佐賀空港より1440㎞)
雨の長崎を出て島原へ。
半島の海は穏やかで町は霧に煙っている。

小浜の温泉街を過ぎ、雲仙へ。
一度差した日は隠れ、曇り空の下、霧に包まれた観光ホテル群を抜ける。

普賢岳の姿は確認できず、国道沿いに被害の痕跡はない。
見渡せる範囲では復興が進んでいるようだ。

島原の町に下りていく途中、被災した中学校への案内表示を見かけた。
そしてここには溶岩ドームへの表示。
そこには行かないよ。
ただし土産はここで買い込む。
少しでも役にたてればいいと、それだけを思う。

島原は観光地。
武家屋敷にキリシタン迫害にまつわる話。
観光資源は様々ある。

島原鉄道島原駅は城を模した立派な駅舎だ。
駅を出て正面に本物の島原城が見える。

昨夜まで島原はコースに入れてなかったが、ここに来れてよかった。
災害だとか戦争だとか。
そんなことを考えるべき場所のような気がしてくる。

古びた駅のホームを眺め、駅名表示を眺め、霞んだ海を眺めている。

日差しが戻った。

10:25 沖田畷古戦場(龍造寺隆信戦死の地) (8月11日の佐賀空港より1441㎞)
佐賀の太守、島原に死す。

戦国時代、九州で覇を競った龍造寺隆信は大軍を擁して島原の有馬氏を攻める。
有馬氏の援軍に駆け付けた薩摩の島津軍との間で激戦が行われた。

当時は胸まで浸かるほどので泥炭地だった古戦場を、今島原鉄道が走る。

石碑があると何の前触れもなく知って、血が騒ぐ。
オレは歴史学者になりたかったんだ。
しばらく探したよ。
そして空地に車を止めて、草をかき分け、石碑の前に立つ。

佐賀の軍隊は散々な敗戦の憂き目を見て、龍造寺隆信もまた討ち取られた。

哀悼の気持ちを込めて帽子を胸にあて、海を見ている。

12:03 大村駅(8月11日の佐賀空港より1498㎞)
国見でまた土砂降りの雨に打たれ、一旦は雨雲とお別れした。
缶コーヒーを買いに寄ったコンビニの女性店員がとても愛らしかったので、煙草にも手を伸ばした。

諫早で姿を消した島原鉄道はひっきりなしに走っていたような印象を持った。
JRのローカル線とは事情が違うようだ。

有明海ともお別れした。
悪名高い干拓地は国道からは見えない。
この国が犯した悪行。
連中が一体何をしたのか、この目で見たかったけど残念だ。

諫早からは34号国道。
大村市内が近づくと空が広くなった。

大村湾が見えると不意に線路が現れた。
九州はオレが好む風景の宝庫だった。

瓦屋根の旧校然とした大村駅。
もうじき列車が到着するのでタクシーが集まってきている。

駅前には旅館や料亭。
見渡せば整然とした町が昼の休憩をしている。

便所を借りたかったが、ここの駅員は忙しくて声を掛けるを得ず、結果便所には見放された。

2009年9月21日撮影

12:39 千綿駅(8月11日の佐賀空港より1513㎞)
駅にいらっしゃった女性の好意でホームに上がらせてもらった。

「もうすぐ列車がきますよ」と彼女が言う。
線路と海。
すぐそこが海なんだ。
視界に広がる大村湾はまるで湖のようだ。

旅の終わりが近づく頃にこんな素敵な場所に辿り着けるのだ。
素晴らしい旅だったよ。

駅舎は瓦屋根の木造平屋造り。
駅はこういった造りがいい。
人の匂いを感じられるものがいい。

ホームで大村湾を眺めていたら、どこにいるのかを忘れた。
そして思わず伸びをした。
あの瞬間のオレが、世界中で暮らす人々が迎えたあの瞬間の中で、おそらく一番幸せだっただろう。

また少し雨粒が落ちてきた。

空には薄い入道雲が浮かんでいる。

13:27 高橋駅(8月11日の佐賀空港より1545㎞)
大村湾でまた土砂降りの雨。
その雨が佐世保への道を消し、34号国道の旅が続いた。

嬉野温泉で新幹線駅設置決定の看板を見て、雨中を御船山を右手に武雄市内へ。

武雄温泉駅あたりにはすでに新幹線用の橋脚が見える。
そしてこの畑の中の小さな駅を佐世保行きの特急が通過していった。

駅では若いカップルが寄り添い、楽しそうに話し込んでいる。
ホームからは遠くに御船山が見えた。
姿のいい山だ。

恋人たちの姿を見て、小さな駅灯に明かりが灯ったこの白い駅を想像してみた。
夜になれば、このあたりは真っ暗だろう。

いろいろあって、三度佐賀県に足を踏み入れている。

関連記事

「鉄旅日記」2019年師走 最終日(酒田-東京)その3‐押切、帯織、長岡(信越本線) 【由利高原鉄道鳥海山ろく線に乗りにいきました。初冬の日本海は荒々しく、美しゅうございました。】

鉄旅日記2019年12月8日・・・押切駅、帯織駅、長岡駅(信越本線) 15:35 押切(おしきり)

記事を読む

「鉄旅日記」2021年皐月 最終日-勝浦駅、大原駅、大多喜駅、上総中野駅、養老渓谷駅、五井駅(外房線/いすみ鉄道/小湊鉄道)/養老渓谷2階建てトンネル 【ツレと房総に出かけました。宿泊地は勝浦でございます。房総横断鉄道に乗り、養老渓谷でも思い出深い時を過ごしたのでございます。】

鉄旅日記2021年5月23日・・・勝浦駅、大原駅、大多喜駅、上総中野駅、養老渓谷駅、五井駅(外房線

記事を読む

「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】3日目 金沢を後にして‐その3(R8→北陸道)小矢部、富山駅、有磯海SA

車旅日記1996年5月5日 22:15 8号国道‐小矢部 恋する女よ。 あれからオレはまだ走ってい

記事を読む

「車旅日記」1995年秋【恋に病んで・・・西へ。1号国道をひたすら、大阪の友に会いにいく。】その2-東寺、五条大橋、琵琶湖湖岸道路、米原、関ヶ原・・・・-

車旅日記1995年11月5日 1996・11・5 9:19 1号国道-東寺 京都乱入。 晴天。

記事を読む

「鉄旅日記」2020年晩秋 2日目(砺波-武生)その6‐三国港、田原町、福井駅(えちぜん鉄道三国芦原線/福井鉄道) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】

鉄旅日記2020年11月22日・・・三国港駅、田原町駅、福井駅電停(えちぜん鉄道三国芦原線/福井鉄

記事を読む

「車旅日記」1998年春 2日目(岩手山SA-大間崎-青森駅)-岩手山SA、折爪PA、三沢市ドライブイン三陸、東通村レストラン潮騒、田名部駅、大間崎公営パーキング、大湊駅、陸奥横浜駅、青森駅 【下北半島を目指した春。男の旅は北を目指すものと思っていた20代後半。高倉健さんの影響でございましょうか。】

車旅日記1998年5月2日 1998・5・2 7:43 東北自動車道-岩手山SA 昨夜の強風が続い

記事を読む

「鉄旅日記」2021年夏 最終日(上田-東京)その3 ‐十日町、越後川口、渋川、敷島(飯山線/上越線) 【4度目の緊急事態宣言前。飯山線に乗りたくて旅を思い立ちました。湯檜曽駅で夏の第一声を聞き、信越路を歩いた記録でございます。】

鉄旅日記2021年7月11日・・・十日町駅、越後川口駅、渋川駅、敷島駅(飯山線/上越線) 1

記事を読む

「車旅日記」2000年春 初日(東京‐足利‐鬼怒川‐会津若松‐新潟豊栄)その2‐足利郊外ポテチーノ、下今市駅、鬼怒川ホテルニュー岡部、上三依塩原駅、会津若松駅、津川町、道の駅豊栄 【一年のブランクを経て、旅再開。出発場所は東京町田から、下町葛飾へと変わっております。】

車旅日記2000年5月3日 15:12 293号国道‐足利郊外ポテチーノ 108㎞ 繁華街を抜ける

記事を読む

「鉄旅日記」2020年弥生 最終日(速星-東京)その3‐多治見、金山、豊橋、御厨(太多線/中央本線/東海道本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】

鉄旅日記2020年3月22日・・・多治見駅、金山駅、豊橋駅、御厨駅(太多線/中央本線/東海道本線)

記事を読む

2018年初秋 最終日(桑名-東京)その2-大垣、名古屋、金城ふ頭、豊橋、磐田、焼津(東海道本線/名古屋臨海高速鉄道あおなみ線) 【JR東海&16私鉄乗り鉄☆たびきっぷ」でめぐる東海旅】

鉄旅日記2018年9月16日・・・大垣駅、名古屋駅、金城ふ頭駅、豊橋駅、磐田駅、焼津駅(東海道本線/

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

「鉄旅日記」2022年師走 最終日(会津宮下-東京)その2 ‐越後湯沢、水上、津久田、岩本(上越線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】

鉄旅日記2022年12月11日・・・越後湯沢駅、水上駅、津久田駅、岩

「鉄旅日記」2022年師走 最終日(会津宮下-東京)その1 ‐会津宮下、会津川口、只見、小出(只見線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】

鉄旅日記2022年12月11日・・・会津宮下駅、会津川口駅、只見駅、

「鉄旅日記」2022年師走 初日(東京-会津宮下)その3 ‐会津水沼、会津宮下(只見線)/宮下温泉ふるさと荘【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】

鉄旅日記2022年12月10日・・・会津水沼駅、会津宮下駅(只見線)

「鉄旅日記」2022年師走 初日(東京-会津宮下)その2 ‐郡山、会津若松、会津坂下、会津中川(磐越西線/只見線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】

鉄旅日記2022年12月10日・・・郡山駅、会津若松駅、会津坂下駅、

「鉄旅日記」2022年師走 初日(東京-会津宮下)その1 ‐金町、水戸、常陸大子(常磐線/水郡線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】

鉄旅日記2022年12月10日・・・金町駅、水戸駅、常陸大子駅(常磐

→もっと見る

    PAGE TOP ↑