「車旅日記」2004年夏【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】最終日(長崎-島原-唐津-福岡空港)走行距離291㎞その1-長崎ニューポート、島原駅、沖田畷古戦場(龍造寺隆信戦死の地)、大村駅、千綿駅、高橋駅
車旅日記2004年8月15日・・・長崎ニューポート、島原駅、沖田畷古戦場(龍造寺隆信戦死の地)、大村駅、千綿駅、高橋駅
2004・8・15 7:38 長崎ニューポート413号室
精霊流しの日は雨らしい。
雨の朝は久しぶりだ。
明け方近くには雷も鳴っていたそうだ。
歴史の雨が長崎をも濡らし、だけど空が少し明るくなってきた。
今日は終戦記念日。
その日を、原爆を落とされた長崎で迎えるのも何かの因縁。
アテネでは、柔道の谷亮子選手と野村忠宏選手が連覇を果たしたという。
世間の夏はそれなりに盛り上がりを見せているようだ。
九州で過ごす夏も今日が最後。
長崎の朝の表情をみて、街を離れよう。
10:00 島原駅(8月11日の佐賀空港より1440㎞)
雨の長崎を出て島原へ。
半島の海は穏やかで町は霧に煙っている。
小浜の温泉街を過ぎ、雲仙へ。
一度差した日は隠れ、曇り空の下、霧に包まれた観光ホテル群を抜ける。
普賢岳の姿は確認できず、国道沿いに被害の痕跡はない。
見渡せる範囲では復興が進んでいるようだ。
島原の町に下りていく途中、被災した中学校への案内表示を見かけた。
そしてここには溶岩ドームへの表示。
そこには行かないよ。
ただし土産はここで買い込む。
少しでも役にたてればいいと、それだけを思う。
島原は観光地。
武家屋敷にキリシタン迫害にまつわる話。
観光資源は様々ある。
島原鉄道島原駅は城を模した立派な駅舎だ。
駅を出て正面に本物の島原城が見える。
昨夜まで島原はコースに入れてなかったが、ここに来れてよかった。
災害だとか戦争だとか。
そんなことを考えるべき場所のような気がしてくる。
古びた駅のホームを眺め、駅名表示を眺め、霞んだ海を眺めている。
日差しが戻った。
10:25 沖田畷古戦場(龍造寺隆信戦死の地) (8月11日の佐賀空港より1441㎞)
佐賀の太守、島原に死す。
戦国時代、九州で覇を競った龍造寺隆信は大軍を擁して島原の有馬氏を攻める。
有馬氏の援軍に駆け付けた薩摩の島津軍との間で激戦が行われた。
当時は胸まで浸かるほどので泥炭地だった古戦場を、今島原鉄道が走る。
石碑があると何の前触れもなく知って、血が騒ぐ。
オレは歴史学者になりたかったんだ。
しばらく探したよ。
そして空地に車を止めて、草をかき分け、石碑の前に立つ。
佐賀の軍隊は散々な敗戦の憂き目を見て、龍造寺隆信もまた討ち取られた。
哀悼の気持ちを込めて帽子を胸にあて、海を見ている。
12:03 大村駅(8月11日の佐賀空港より1498㎞)
国見でまた土砂降りの雨に打たれ、一旦は雨雲とお別れした。
缶コーヒーを買いに寄ったコンビニの女性店員がとても愛らしかったので、煙草にも手を伸ばした。
諫早で姿を消した島原鉄道はひっきりなしに走っていたような印象を持った。
JRのローカル線とは事情が違うようだ。
有明海ともお別れした。
悪名高い干拓地は国道からは見えない。
この国が犯した悪行。
連中が一体何をしたのか、この目で見たかったけど残念だ。
諫早からは34号国道。
大村市内が近づくと空が広くなった。
大村湾が見えると不意に線路が現れた。
九州はオレが好む風景の宝庫だった。
瓦屋根の旧校然とした大村駅。
もうじき列車が到着するのでタクシーが集まってきている。
駅前には旅館や料亭。
見渡せば整然とした町が昼の休憩をしている。
便所を借りたかったが、ここの駅員は忙しくて声を掛けるを得ず、結果便所には見放された。
2009年9月21日撮影
12:39 千綿駅(8月11日の佐賀空港より1513㎞)
駅にいらっしゃった女性の好意でホームに上がらせてもらった。
「もうすぐ列車がきますよ」と彼女が言う。
線路と海。
すぐそこが海なんだ。
視界に広がる大村湾はまるで湖のようだ。
旅の終わりが近づく頃にこんな素敵な場所に辿り着けるのだ。
素晴らしい旅だったよ。
駅舎は瓦屋根の木造平屋造り。
駅はこういった造りがいい。
人の匂いを感じられるものがいい。
ホームで大村湾を眺めていたら、どこにいるのかを忘れた。
そして思わず伸びをした。
あの瞬間のオレが、世界中で暮らす人々が迎えたあの瞬間の中で、おそらく一番幸せだっただろう。
また少し雨粒が落ちてきた。
空には薄い入道雲が浮かんでいる。
13:27 高橋駅(8月11日の佐賀空港より1545㎞)
大村湾でまた土砂降りの雨。
その雨が佐世保への道を消し、34号国道の旅が続いた。
嬉野温泉で新幹線駅設置決定の看板を見て、雨中を御船山を右手に武雄市内へ。
武雄温泉駅あたりにはすでに新幹線用の橋脚が見える。
そしてこの畑の中の小さな駅を佐世保行きの特急が通過していった。
駅では若いカップルが寄り添い、楽しそうに話し込んでいる。
ホームからは遠くに御船山が見えた。
姿のいい山だ。
恋人たちの姿を見て、小さな駅灯に明かりが灯ったこの白い駅を想像してみた。
夜になれば、このあたりは真っ暗だろう。
いろいろあって、三度佐賀県に足を踏み入れている。
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