*

「車旅日記」2006年皐月 3日目(仙台-大曲)その2-羽前豊里駅、真室川駅、及位駅、院内駅、湯沢駅、横手駅、後三年駅、大曲グランドホテル 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】

公開日: : 最終更新日:2025/05/22 旅話, 旅話 2006年

車旅日記2006年5月4日・・・羽前豊里駅、真室川駅、及位駅、院内駅、湯沢駅、横手駅、後三年駅、大曲グランドホテル

14:15 羽前豊里駅(738㎞)
駅では少女たちが待っている。
広場では少年たちが縄跳び遊びをしている。
この村じゃオレが吸っている煙草は手に入らない。

奥羽本線は秘境に入っている。
単線の線路が果てしなく延び、平行する県道を往く車はない。

広場では桜木が対に植わり、実りある春を実感させる。
日差しに喜び、駅舎はあたりの家屋と同じような姿をしている。
壁が新しいから、開業当初のものではないだろうが、あるいはそうした駅舎なのだろうかと思わせる古風な姿だ。

少し先に城跡があるようだ。

14:33 真室川駅(742㎞)
駅名になっている川に沿って北上している。

ここは町だ。
観光用ポスターが貼られている。

梅の里、真室川には真室川音頭があり、昭和の初めには随分と流行ったという。

あたしゃ梅の花。
蕾のうちから男が奪いにやってくる。

そんな内容だ。

地主の家のような立派な駅舎内では物産展を開催していて、草餅を購入した。
これが昼飯になる。
たいしたものを求めちゃいなかった。
これでいい。

そしてやはりここでも、オレが吸う煙草の銘柄は売っていなかったよ。

15:13 及位駅(766㎞)
駅名は「のぞき」と読む。

大昔に山伏が崖の端から宙づりになり、中腹にある穴を覗くという修行をこの地で行ったことにちなむという。
その修行を終えて偉くなった者が京の都に上がり、天子様より位を授かったという。

それで位に及ぶか。

今でも奈良の方ではこの恐るべき修行を行っている一団がいるという話。

明治37年開業ということは、この簡素で味気ない駅舎は何代目にあたるのだろう。
自転車が置いてあるから利用者はいるのだろうが、人家はまばら。

駅には雪が残り、もう県境が近い。

15:38 院内駅(775㎞)
豊富な雪をかぶった鳥海山は彼方。
雄勝トンネルを抜けて秋田県に入った。

奥羽本線は新庄を出て以来、山深い地帯を通ってきた。
ここ院内には秋田藩の関所跡があり、縄文の発掘跡があり、院内銀山跡がある。

明治に入ってドイツ人技師を招き、住まわせた館を復元したものが、駅舎と一体となった院内銀山異人館。
明治を象徴するレンガ造りだ。
旧駅舎はそう遠くない過去に焼けてしまったという。

近くには城跡があり、キリシタン殉教碑があるという。

奥羽本線開業時は新庄院内間のみで、今も日に2本ほど院内止まりの列車がある。

雄物川に接したこの小さな町が持つ様々な歴史に惹かれた。

16:14 湯沢駅(793㎞)
街に着いた。
ずいぶん久し振りに街に着いたよ。
13号国道も奥羽本線も鄙びた一帯を走り抜いて、ようやく街に着いた。

国鉄文化を残す三角屋根の駅舎が建っている。
古びた跨線橋が、風雪に耐えて現代に至った様を体現している。

湯沢は、かつて秋田方面から鳴子温泉に向かう際に通った地点で、あの時は暗くなる頃で心細く、必要以上にあたりを暗く感じてしまったけど、明るい街だ。
商店もどうやら元気そうで、名店街という昭和の路地に湯沢が歩んできた歴史を想像する。

17:04 横手駅(813㎞)
今日もいよいよ終盤戦。
まだ日は暮れないが、大曲で前進行動を停止する。

かまくらの里、横手の駅は雪国特有の横長の鉄筋造りで、緑色をしている。
かまくらだけあって、豪雪地帯なのだろう。

街はなかなかのものだ。
きっと大曲でも失望せずに済むだろう。

ユニオンという百貨店が駅前にあり、人々が集まっているけど、ここは雪国。
ペラペラ喋る姿を見ない。

土産をここで買い込んだ。
横手は奥羽本線と北上線が交わるターミナル駅。
かつて車の旅で、ここから北上へ向かったことがあった。

城下町、横手。
駅舎の屋根に取り付けられた大きな看板がそのように謳う。

17:38 後三年駅(820㎞)
1,000年前の古戦場に、1,000年後の夕日が落ちようとしている。

親子がキャッチボールをしていて、駅にいた二人の少女の言葉に秋田訛はなく、東京人のようにラフな格好をしている。

何度かペンキを塗り替えたような駅舎は、古くも見えるが、案外新しくも見える。

後三年の役の最終決戦地、金沢の柵が近くにあり、駅名はその古事にちなむ。
この国最初の兵糧攻めが行われた戦いだったという。

東北人はこの戦争に対して、今もなお恨みを残しているという話を何かの本で目にしたことがある。
そして奥州藤原氏はこの地ではなく、岩手の平泉で繁栄を築いた。

無人の駅の周囲は秋田平野。
清原一族が最後の望みを託した地はのんびりとしたところだ。

雁の群れの乱れから伏兵の存在を知った「雁行の乱れ」。
剛に見える武者と臆病に見える武者を分けて、武者の健闘を煽った八幡太郎義家の「剛臆の座」。
鎌倉武士の象徴とも言えるような剛勇、若干16歳の鎌倉権五郎の奮戦。

多くの逸話と悲劇を残した古の古戦場に日が沈む。

20:47 大曲グランドホテル610号室(838㎞)
この街に着いてから3時間近くが経とうとしている。
湯沢、横手と辿ってきて、ここ大曲の活気のなさが信じられなかった。
何が基準なのか。
まさか地理的に東京から離れていることが原因ではないだろう。

大曲駅の現在の姿は秋田新幹線開通によるものだろう。
この街で一番の現代的な建築物と言える。

だけど大曲を故郷に持つ者を除けば、多くの旅行者はここを素通りして秋田に向かうのだろう。
オレも当初は秋田で今夜の宿を探した。

大曲の存在は20年前から知っている。
その10年前にこの街で、王者組ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田の最強師弟コンビに、挑戦者組テリー・ファンク、ディック・スレーターのテキサス師弟コンビが挑んだ王座戦が組まれたことを知った。

当時この街に何があったのだろう。
奥羽本線と田沢湖線が交わるターミナル駅としての事情は当時から変わりはないが。

かつて、プロレス一座が各地を巡って王座戦を組む地方都市は、多くは今じゃもう閉山して賑わいを失った炭鉱町だった。
他の理由ももちろんあるが、ここ大曲でもその後そうした興行は打たれていない。

変化を押しつけるわけじゃないが、秋田新幹線や秋田自動車道は大曲に何をもたらしたのだろう。
そう思うのは、そうしたルートから外された湯沢、横手の方が街道は賑わっていたから。

スローガンが街に貼られていたよ。
山形新幹線を新庄から大曲へ延伸せよと。
JR東日本で検討されたことはあるのだろうか。
実現する可能性は乏しいように感じる。

大曲は市町村合併により大仙市となった。
人口は10万人に満たない。

駅前通りのホテルのネオンは半端な光を放ち、飲み屋はどれもぱっとせず、久々に再会したといった背景を持つであろう男たちが入っていった店も覗いたが、結局は百貨店の蕎麦屋に入って酒を飲んだ。
客はオレひとりで、同じフロアーにある「美味しい生ビール」と謳う焼肉屋は早々に店を閉めていた。
ミュージック・バーという洒落た店も角にはあったけれど。

昨夜の仙台では空を見忘れた。
星がどれだけ見えるか本当は知りたかった。
ここ大曲の空に見える星はあるかなしか。

天気が少し崩れている。

関連記事

「鉄旅日記」2021年夏 初日(東京-上田)その4 ‐長野、御代田、小諸、上田(信越本線/しなの鉄道) 【4度目の緊急事態宣言前。飯山線に乗りたくて旅を思い立ちました。湯檜曽駅で夏の第一声を聞き、信越路を歩いた記録でございます。】

鉄旅日記2021年7月10日・・・長野駅、御代田駅、小諸駅、上田駅(信越本線/しなの鉄道)

記事を読む

「鉄旅日記」2019年霜月 初日(東京-五所川原)その2‐郡山、福島、仙台、品井沼、松島(東北本線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】

鉄旅日記2019年11月2日・・・郡山駅、福島駅、仙台駅、品井沼駅、松島駅(東北本線) 9:25

記事を読む

「鉄旅日記」2014年冬 最終日(鬼怒川温泉-東京)-小佐越、大桑、大谷向、下今市、西新井、大師前(東武鬼怒川線/東武大師線) 【まるごと日光・鬼怒川 東武フリーパスで、野州旅】

鉄旅日記2014年12月7日・・・小佐越駅、大桑駅、大谷向駅、下今市駅、西新井駅、大師前駅(東武鬼怒

記事を読む

「鉄旅日記」2015年春 最終日その3(岩倉-東京)-津島、須ヶ口、神宮前、豊明、岡崎公園前、中岡崎、東岡崎、国府、豊川稲荷、豊川(名鉄津島線/名鉄本線/名鉄豊川線) 【名鉄電車2DAYフリーきっぷで行く、中京旅】

鉄旅日記2015年3月8日その3・・・津島駅、須ヶ口駅、神宮前駅、豊明駅、岡崎公園前駅、中岡崎駅、東

記事を読む

「鉄旅日記」2009年晩秋 初日(東京-倉敷)その2-北条町、姫路、播州赤穂、日生、備前片上、西片上、倉敷(北条鉄道/加古川線/山陽本線/赤穂線) 【陰陽を行き来した3日間。この国の秋は美しゅうございました。】

鉄旅日記2009年11月21日・・・北条町駅、姫路駅、播州赤穂駅、日生駅、備前片上駅、西片上駅、倉敷

記事を読む

「鉄旅日記」2016年夏 2日目(弘前-小樽)その1-弘前、蟹田、津軽二股、奥津軽いまべつ、木古内、札苅、桔梗、新函館北斗、大中山(奥羽本線/津軽線/北海道新幹線/道南いさりび鉄道/函館本線) 【じきに廃線を迎える留萌~増毛に用がありました】

鉄旅日記2016年8月11日・・・弘前駅、蟹田駅、津軽二股駅、奥津軽いまべつ駅、木古内駅、札苅駅、桔

記事を読む

「鉄旅日記」2019年霜月 2日目(五所川原-北上)その3‐黒石、弘前、津軽新城、青森(弘南鉄道弘南線/奥羽本線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】

鉄旅日記2019年11月3日・・・黒石駅、弘前駅、津軽新城駅、青森駅(弘南鉄道弘南線/奥羽本線)

記事を読む

「鉄旅日記」2007年如月 2日目(天王寺-奈良)その2-なんば、上本町、鶴橋、桃谷、寺田町、天王寺、恵美須町、新今宮、奈良(南海電鉄南海線/関西本線) 【初日天王寺、2日目奈良。宿泊地だけを決めて、心のままに移動した記録でございます。】

鉄旅日記2007年2月11日・・・なんば駅、上本町駅、鶴橋駅、桃谷駅、寺田町駅、天王寺駅、恵美須町駅

記事を読む

「鉄旅日記」2020年睦月 2日目(湯沢-鷹ノ巣)その2‐鯉川、東能代、岩館、深浦(奥羽本線/五能線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】

鉄旅日記2020年1月12日・・・鯉川駅、東能代駅、岩館駅、深浦駅(奥羽本線/五能線) 10:19

記事を読む

「鉄旅日記」2015年夏 4日目(西鉄柳川-広島)その1-西鉄柳川、西鉄久留米、西鉄甘木、甘木、基山、けやき台、原田、桂川(西鉄本線、西鉄甘木線、甘木鉄道、鹿児島本線、筑豊本線) 【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】

鉄旅日記2015年8月15日その1・・・西鉄柳川駅、西鉄久留米駅、西鉄甘木駅、甘木駅、基山駅、けやき

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

「車旅日記」2001年盛夏 最終日(松山-東京)その2-新倉敷駅、相生駅、明石SA、桂川PA【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月14日・・・新倉敷駅、相生駅、明石SA、桂川P

「車旅日記」2001年盛夏 最終日(松山-東京)その1-松山東急イン、三津浜港、瀬戸田PA、大浜PA、サファ福山【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月14日・・・松山東急イン、三津浜港、瀬戸田PA

「車旅日記」2001年盛夏 3日目(高松-松山)-高松東急イン、道の駅瀬戸大橋記念公園、 箕浦駅、西条市がんば亭、松山東急イン【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月13日・・・高松東急イン、道の駅瀬戸大橋記念公

「車旅日記」2001年盛夏 2日目(琵琶湖西-高松)その2-淡路島南PA、道の駅瀬戸の松原、高松東急イン【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月12日・・・淡路島南PA、道の駅瀬戸の松原、高

「車旅日記」2001年盛夏 2日目(琵琶湖西-高松)その1-レイクサイド琵琶湖、四条烏丸、長岡京駅、淡路SA【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月12日・・・レイクサイド琵琶湖、四条烏丸、長岡

→もっと見る

    PAGE TOP ↑