*

「鉄旅日記」2020年晩秋 最終日(武生-東京)その2‐敦賀、北鉄金沢、内灘、金沢、野々市(北陸本線/北陸鉄道浅野川線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】

公開日: : 最終更新日:2025/05/04 旅話, 旅話 2020年

鉄旅日記2020年11月23日・・・敦賀駅、北鉄金沢駅、内灘駅、金沢駅、野々市駅(北陸本線/北陸鉄道浅野川線)

8:46  敦賀(つるが)駅(北陸本線/小浜線 福井県)
特急「はくたか」への乗り換え時間6分。

来る度に変わる敦賀駅。駅そばでの「今庄そば」復活は期しがたいのだろうか。あの味の喪失は重要な鉄道文化の喪失でもある。

前回は2年前の10月。敦賀にはこれまでに何度降りたか数えきれない。

三方でも思い返したが、あれから29年。またこの地に戻るのもいい。

10:30  北鉄金沢(ほくてつかなざわ)駅(北陸鉄道浅野川線 石川県)

特急「はくたか」で金沢へ。敦賀からの所要時間は85分。3年後に延伸する新幹線ではどれほどまでに短縮されるのだろうか。

北陸トンネル通行時はビールを飲んでいた。鯖江を過ぎると眠りに落ちる。適度な揺れだったのだろう。

昨夜使用できなかったGo to トラベルクーポンは土産の費用にあてた。地下通路を歩く人々が極端に少ない。

北鉄金沢駅前はひっそりとしていた。この駅が乗場を地下に移したのは2001年とのこと。

1,000円の一日フリー切符を購入すると金箔を押した豪華な硬券だった。金箔入りの餡ころもちに金箔入りコーヒー。100万石の城下町に似つかわしい。

浅野川線の終点内灘へは所要時間17分。川辺を走っているが、川の姿は堤防に隠れている。

雨は上がっている。

10:57  内灘(うちなだ)駅(北陸鉄道浅野川線 石川県)
着いた列車で折り返す。滞在時間7分だが、やけに長く感じる。空は気紛れにまた雨を降らす。

次の粟ヶ崎に架かる橋梁にも内灘駅にも変わりはなかった。九州では台風によって橋脚を流された映像を見るが、日本海側は比較的台風被害を免れやすいのだろう。沿線風景にこれといった特徴を見いだせない中で、見せ場と言える渡河の情景。列車は急激に速度を落とす。

内灘駅の前身は粟ヶ崎遊園駅で、総合レジャー施設だった粟崎遊園には大浴場、旅館、食堂に野球場、スキー場まであったというが、戦中の1941年に軍により接収されたまま再開されることなく閉園となった。内灘駅への改称は1960年。

浅野川線は1974年までひとつ先の粟ヶ崎海岸駅まで延びていた。海水浴場だった粟ヶ崎海岸へのアクセスのために設けられた駅で、夏場のみ営業する臨時駅だったが、金沢港新設により海水浴場が閉鎖されるのに伴い廃駅となり、内灘~粟ヶ崎海岸間は廃止された。現在は行く手を住居が塞いでいる。

戦中の1943年に石川県下ほぼすべての鉄道、バス会社を統合して発足した北陸鉄道だが、鉄路は1955年に野町~松任間の松金線、1967年に路面電車だった金沢市内線、1971年に北陸本線と加賀温泉郷をつないでいた大聖寺~山中間の山中線、新動橋~宇和野間の動橋線、新粟津~粟津温泉間の粟津線、河南~粟津温泉間の連絡線、動橋~片山津間の片山津線の5線からなる加南線、中橋~大野港間の金石線、1972年に羽咋~三明間の能登線、1980年に鶴来~新寺井間の能美線、1986年に小松~鵜川遊泉寺間の小松線、1987年に加賀一の宮~白山下間の金名線が廃線になっている。その数、夥しい。

北鉄の駅員さんはざるを手に乗車賃や切符を集めている。懐かしいな。

11:26  金沢(かなざわ)駅(北陸新幹線/北陸本線/七尾線/IRいしかわ鉄道 石川県)
再び金沢へ。

新幹線指定席売り切れの貼り紙を見る。Go toキャンペーンが呼んだ人波だろう。新型コロナウイルスとの因果は問わない。

もとよりオレの旅に自粛は存在しなかった。

11:38  野々市(ののいち)駅(北陸本線 石川県)

在来線利用客も多く、北陸人に紛れる。金沢駅から西へふた駅目で降りる。

滞在3分。ここにいたという記録を残して離れる。

雨がまた強まってきた。

関連記事

「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 初日(東京-多治見)その4-古虎渓、釜戸、美乃坂本、多治見(中央本線) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】

鉄旅日記2019年3月23日・・・古虎渓駅、釜戸駅、美乃坂本駅、多治見駅(中央本線) 18:23

記事を読む

「鉄旅日記」2020年如月 初日(東京-大船渡)その3‐多賀城、高城町、石巻、鹿又(仙石線/石巻線) 【東日本大震災で被害を受けた大船渡に泊まりにまいりました。山田線完全乗車も目指しておりましたが・・。】

鉄旅日記2020年2月22日・・・多賀城駅、高城町駅、石巻駅、鹿又駅(仙石線/石巻線) 12:44

記事を読む

「鉄旅日記」2013年夏 3日目(南宮崎-隼人)その1-南宮崎、伊比井、北郷、飫肥、日向大束、志布志、油津、日南、木花、田吉、宮崎空港(日南線、宮崎空港線) 【青春18きっぷで、鹿児島県志布志へ】

鉄旅日記2013年8月12日その1・・・南宮崎駅、伊比井駅、北郷駅、飫肥駅、日向大束駅、志布志駅、油

記事を読む

「車旅日記」2005年冬 最終日(人吉-熊本空港)走行距離240㎞ その1-人吉駅、一勝地駅、球泉洞駅、佐敷駅、上田浦駅、千丁駅、有佐駅、道の駅不知火 【どこへ行こうか。まっさきに浮かんだのが、昨夏に旅した南九州でございました。】

車旅日記2005年2月13日・・・人吉駅、一勝地駅、球泉洞駅、佐敷駅、上田浦駅、千丁駅、有佐駅、道の

記事を読む

「車旅日記」2005年春 初日(松本-富山)走行距離317㎞ その2-妙高高原駅、親不知駅、アパホテル富山駅前 【松本から富山へ。今にして思えば、なぜこの旅を思い立ったのか思い出せないのでございます。】

車旅日記2005年4月29日・・・妙高高原駅、親不知駅、アパホテル富山駅前 16:44 妙高高原駅

記事を読む

「鉄旅日記」2020年卯月 初日(東京-新津)その3‐仙台、北山、葛岡、山形(仙山線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】

鉄旅日記2020年4月4日・・・仙台駅、北山駅、葛岡駅、山形駅(仙山線) 12:25 仙台(せんだ

記事を読む

「鉄旅日記」2022年盛夏 4日目(高松-大津)その5 ‐立木、船岡、園部、京都、大津(山陰本線/東海道本線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】

鉄旅日記2022年8月14日・・・立木駅、船岡駅、園部駅、京都駅、大津駅(山陰本線/東海道本線)

記事を読む

「鉄旅日記」2013年春 最終日(和歌山-東京)その1-打田、妙寺、高野口、橋本、五条、吉野口、法隆寺、平城山、木津、京田辺、四條畷、住道(和歌山線、関西本線、学研都市線) 【爆弾低気圧襲来日、青春18きっぷで西へ】

鉄旅日記2013年4月7日その1・・・打田駅、妙寺駅、高野口駅、橋本駅、五条駅、吉野口駅、法隆寺駅、

記事を読む

「車旅日記」2001年黄金週間 初日その2(東京-京都)-初狩PA、諏訪湖SA、恵那峡SA、養老SA、多賀SA【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】

車旅日記2001年5月3日・・・初狩PA、諏訪湖SA、恵那峡SA、養老SA、多賀SA 18:

記事を読む

「鉄旅日記」2018年春 最終日(飯田-東京)その3-日出塩、贄川、村井、上諏訪、日野春、西国分寺、新松戸(中央本線/武蔵野線) 【伊那谷へ。長篠へ。安曇野へ。木曽へ。青春18きっぷを握ったそんな旅でございます。】

鉄旅日記2018年4月8日・・・日出塩駅、贄川駅、村井駅、上諏訪駅、日野春駅、西国分寺駅、新松戸駅(

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

「鉄旅日記」2023年七夕月 初日(東京-輪島)その3‐富山、岩瀬浜、金沢、七尾、穴水(富山地方鉄道富山港線/北陸新幹線/七尾線/のと鉄道七尾線)【令和6年能登半島地震の半年前に能登を、輪島を訪ねておりました。】

鉄旅日記2023年7月15日・・・富山駅、岩瀬浜駅、金沢駅、七尾駅、

「鉄旅日記」2023年七夕月 初日(東京-輪島)その2‐東京、富山、電鉄富山、越中八尾(北陸新幹線/高山本線)【令和6年能登半島地震の半年前に能登を、輪島を訪ねておりました。】

鉄旅日記2023年7月15日15日・・・東京駅、富山駅、電鉄富山駅、

「鉄旅日記」2023年七夕月 初日(東京-輪島)その1‐金町、北千住、日暮里(常磐線)【令和6年能登半島地震の半年前に能登を、輪島を訪ねておりました。】

鉄旅日記2023年7月15日・・・金町駅、北千住駅、日暮里駅(常磐線

「鉄旅日記」2023年桜時 ツレと訪ねた横須賀~大宮旅でございます。そして江戸川堤菜の花の頃。佐野元春さん「sweet 16」永遠にありのままで。/横須賀駅/横須賀中央駅/大宮駅/内宿駅【Facbookへの投稿より振り返ります。】

【雨の軍都から江戸川堤。そして静かな午後】 2週にまたがる週末

「車旅日記」2001年盛夏 最終日(松山-東京)その3-伊吹PA、浜名湖SA、由比PA、足柄SA、海老名SA、葛飾金町【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月15日・・・伊吹PA、浜名湖SA、由比PA、足

→もっと見る

    PAGE TOP ↑