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「車旅日記」2005年春【松本から富山へ。今にして思えば、なぜこの旅を思い立ったのか思い出せないのでございます。】最終日(富山-岩瀬浜-糸魚川-松本)走行距離218㎞ その1-アパホテル富山駅前、城川原駅、岩瀬浜駅、東富山駅、中滑川駅、滑川駅、魚津駅、石田駅、電鉄黒部駅、入善駅

公開日: : 旅話 2005年

車旅日記2005年4月30日
2005・4・30 9:10 アパホテル富山駅前1107号室
どこにいるのか分からなくなるくらい、よく眠ったよ。
旅に出ると眠るのも楽しみのひとつ。
内容は忘れたけど、面白い夢を見た。

外は薄い靄がかかったような晴天。
窓から見える富山の朝は暖かそうだ。

少し市内を流してから富山港へ。

駅の近くはいいな。
列車がやってくる音が聞こえると胸が躍る。

9:55 城川原駅(4月29日の松本駅より326㎞)
路面電車が走る石畳に郷愁を覚え、その力強さに威厳と街が持ち続けてきた栄光を感じて、富山を離れる。
どの街も、そこを去る時は寂しいものだ。

県道を走り富山港に向かっている。
並行して敷かれた線路がある。
民家の中の僅かな隙間を往く富山港線。

富山からずっと街が続いていて、その街はこの駅周辺までも飲み込み、駅脇には立派なレンガ色のマンションが建っている。

駅舎とその周辺の構造物だけが鄙びている。
ペンキの剥がれた薄いグレーの駅。

待ち人が何人か集まってきた。
草の手入れをするご婦人の姿がある。
そして駅にやってきた別のご婦人に時間を聞かれた。
緩やかな時間がここにはある。

この町の鳥はかわいらしく鳴く。
チチ、チチと。

線路脇にはタンポポが無造作に育っている。

10:15 岩瀬浜駅(4月29日の松本駅より330㎞)
港に着く前に富山港線は唐突に終点を迎えた。

列車の到着が近いらしい。
数人の乗客が集まってきた。
さっきは3両編成の列車を見たよ。

あたりは民家だが、線路の行く手を遮る必然性のない町並。
最近になって化粧直しが施されたのであろう駅。
黒い瓦屋根が輝いている。

この終着駅から東京までの乗車賃は7,000円も払えば足りる。
そんな旅もしてみたい。

10:47 東富山駅(4月29日の松本駅より338㎞)
岩瀬浜のビーチへは駅から5分も歩けば着くだろう。
テトラポットに視界を奪われた見栄えのよくないビーチだったが、きっと夏には臨時列車も出て、賑わうのだろう。
近くには競輪場があって、臨時駅も設けられている。

富山港線は廃線も取り沙汰されていると最近の夕刊で読んだが、存続を願う。

今日は北陸本線各駅停車の旅。
ビーチから数キロ走り、北陸本線の線路に戻った。

ここ東富山は富山駅から1駅。
すでに郊外の色濃く、線路を挟んだ先の一帯はテニスコートに野球場。
とても健康的な風景が広がっている。

待合所では美しい越中娘を見かけた。
彼女が向かうのは富山の街か。

最近じゃ駅での喫煙は禁じられているのか。
駅舎はとても鄙びていた。

11:15 中滑川駅(4月29日の松本駅より350㎞)
富山港に注ぐ常願寺川を渡ると水橋。
橋のムコウから黒光りした瓦屋根の家並が見えてくる。
記憶の中にある海辺の風景に近いものだった。

線路と合流。
ここは北陸本線の駅ではなく、富山地鉄駅だった。

スーパーが併設されているのかと思いきや、もっと面白いことになっている。
改札口へと続く入口をくぐると、薄暗い回廊が続いている。

土地のAM放送を流すアイスクリーム屋に、チープなゲーム・コーナー。
そして改札口。
その先にも理髪店や飲食店が連なる。

見慣れない複合施設だった。
富山地鉄ならではの町と言えるのだろう。

この先には何があるのだろう。
そんな好奇心をかきたてる駅だった。

暑くなってきた。

11:29 滑川駅(4月29日の松本駅より351㎞)
地元客が乗降する地鉄駅に対して、JR駅には遠来の客が訪れる。
駅数はJRは少なく、地鉄は豊富に備える。
雑然とした地鉄駅に対して、レンガ色の立派なJR駅。
駅の案内には先日の福知山線における悲惨な事故のことが出ている。

この町が日本全国とつながっていることを実感したければ、こっちの駅に来なきゃならない。

滑川といえば、海辺に道の駅があったはずだ。
かつてそこで地ビールを購入して、海風にあたったことがある。

ここいらにいる時分はいつも日が暮れていた。
そんな気がしていたけれど、よくよく思い出してみれば違っていた。

ただし記憶の中の滑川は、美しくて小さな灯が連なる日暮れの町。

少し退屈な風景が続いていたけど、いずれにしろこのまま走れば親不知に戻る。

オレにとっての北陸とは、あのあたりを指す。

2020年3月21日撮影

11:55 魚津駅(4月29日の松本駅より360㎞)
蜃気楼の街、魚津。

かつて特急列車で金沢に向かった際にこの駅に停車した。
黒々とした大鉄道基地という印象をその時に持った。

街の駅にしては小ぶりな駅舎だが、洒落ている。
土産物屋にアイスクリーム店。
8号国道へと続く駅前通りの果てがそれこそ蜃気楼のように見える。

遥かに真っ直ぐに続く先は立山。
魚津とは旅情をかきたてる素敵な地名だ。

小学生の頃に高校野球の記事でこの街を知った。
30年前に魚津の少年たちが甲子園を沸かせたんだ。

この駅構内には地鉄駅もある。
共存の在り方として美しい。

正午の駅前に人影はなく、今日は穏やかな土曜日。
提灯を三角に並べ、船の帆をあしらったオブジェが駅前に聳え立っている。

海辺からは少し離れた。


2014年3月23日撮影

12:32 石田駅(4月29日の松本駅より370㎞)
どうやら8号国道に戻らなければならないようだ。

親不知まで日本海を見ることができないのは耐えられないと、魚津の海に寄った。
テトラポットに隙間があり、そこから這い出して波に触れた。
きれいな海水だったよ。

海は眺めるのみ。
他にすることなど思い浮かばない。
それでいい。

様々な人々が、様々な場所からやってきて、様々な事情を抱えながら海を眺めていた。

富山地鉄は奮闘している。
通りに駅へと誘う表示もなく、ただ通り過ぎて、その存在にすら気づかないような場所に年代物の駅があった。

古い写真館のようだ。
さすがに駅員の姿は見えないが、待ち人は2人いる。
便所が汚い。
どこか陰影のある趣で、駅舎以外の木造個所のすべてが朽ちている。

時代に触れた。
そんな気にさせられたよ。

12:49 電鉄黒部駅(4月29日の松本駅より375㎞)
天辺に十字架でもあれば教会に見える。
少し大きめの公民館のような駅舎が町の中に威厳を湛えて屹立している。

地鉄の駅は長いこと改装されていないのだろう。
どこも時代がかり、時代に錆びている。

地鉄がJRと並走するのは黒部まで。
地鉄はここから秘境へ向かう。
そっちにも行ってみたいが、たくさんあると思っていた時間が、そうはないことに気づいた。

線路が交差したあたりでJRを見失ってしまった。
気持ちのいい並木道を走った先に駅はある。

電鉄黒部駅周辺には夜に客を呼ぶ店が目につく。
そして廃ビルと思しき角のビル。
通りに並ぶ商店は整っているが、駅周辺だけが雰囲気を異にしている。
東南アジアやブラジルなどの異境を思わせる。

東京の古い町にもよく見られる、人が生きてきたことを感じさせる一帯。
地鉄は、富山の華やかさを黒部に持ち込むことはできなかった。


2014年3月23日撮影

13:19 入善駅(4月29日の松本駅より385㎞)
数10年か前に神が降りてきて、町を造ったあたり。
黒部のあたりはそんな気がしたよ。

駅の造りもそうだが、とてつもないモノを売っていそうな骨董屋が駅から連なる商店街には見られた。

2014年3月23日撮影

JR黒部駅には寄れなかったけど、たぶん町外れにあったのだろう。

黒部は日本全国とつながっていることよりも、立山連山の登山口であることの方を大切に思っている。

ちなみに数10年前に降りてきた神は、その後あの町には寄りもしない。
賑わった一帯からは人の気配が希薄になってしまった。

立山連山が8号国道からぼんやりと霞みかかったように浮かんでいる。
かろうじて輪郭が判別できて、そこには雪がある。

今日はたまたま見えるんだよ。
滅多に見られるものじゃないんだ。
しかもある条件を満たした者にしか見えない。

そんな伝説的な存在を思わせる神々しさだ。

JR駅に戻る。
待合所では「義経」の再放送を流し、待ち人がひとり座っている。
魚津駅に似た横長の簡素な駅舎だ。

地鉄の奮闘ぶりは駅舎にも表れていた。
入善駅を遠くから眺めた時、背後のNECの工場を駅舎と勘違いした。
一瞬のうちに新幹線駅が誕生したのかと思ったよ。

でも神はあれ以来降りていない。

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