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「鉄旅日記」2017年春【近鉄に乗る日々】最終日(JR難波-東京)その1-JR難波、八尾、奈良、笠置、伊賀上野、上野市、伊賀神戸、伊勢中川、近鉄長島、長島(関西本線/伊賀鉄道/近鉄大阪線/近鉄名古屋線)

公開日: : 最終更新日:2020/09/12 旅話2017年

鉄旅日記2017年3月20日
4:50 JR難波(じぇいあーるなんば)駅(関西本線 大阪府)
生駒山は、車窓からは夜に溶け込んでいた。
夜の生駒山を記すを得ず、手持ち無沙汰で快速急行を待つ。
もちろんビールは手にしていた。

大阪難波駅まで20分。

地下道「なんばウォーク」には迷った。
うろうろせずに、さっさと地上に出ればよかった。

道頓堀は光に溢れ、人もまた然り。

歌舞伎町が日本一の歓楽街と聞いたこともあるが、大阪ミナミも決して負けていない。

オレの感覚で言えば、こっちの勝ちだ。

中国人の集団がいる。
あの民族は、本当にどこにでもいる。
オレが目にする彼等は、肥満率が高く、髪型を北朝鮮の金正恩最高指導者に似せた人がやけに多い。

グランドサウナ心斎橋ではくつろげず、隣人の鼾で眠れず、早々に出て今ここにいるわけだ。

昨夜の生駒駅から、今朝ここまでにかけてのことを記した。

まだ暗い早朝。
人の波は消えていたけど、道頓堀の光は消えていなかった。

オレと同じように、朝早く出かける人々がいる。

素敵な女性を見かけると、大阪で恋をしたかったと思う。

ミナミとサウナの喧騒は現在のことを忘れさせ、鏡に写ったオレの裸はやけに貧相でがっかりした。

そして地下へと降りていく。

この駅が地上から発車していた頃をオレは知っている。
当時オレは京都で恋をしていた。


早朝の心斎橋

5:46 八尾(やお)駅(関西本線 大阪府)
難波から始発に乗ったのは、大半がミナミで一晩中遊んでいた人々のようだった。

かつては、オレもよくその手の始発の乗客になったものだ。

大坂夏の陣の5月6日、長曾我部盛親率いる土佐兵団が健闘の上、後続部隊を持たない絶望的な一戦に散った地。

彼の死には諸説あるらしいが、オレは刑場に消えた説をとっている。

長瀬川が戦場だった。

かつて軍隊が折り敷いた堤はなく、まるで用水路のような小さな流れになっている。

駅前商店街を行き来して、ビールを買って八尾を離れる。

長瀬川

6:32 奈良(なら)駅(関西本線/奈良線/桜井線 奈良県)
奈良の朝は寒い。

それでも若い女性がとてつもない薄着姿で乗っていた。
あれが春を迎える若者の態度だ。

駅前は一変している。

前回は工事中だった。

三条通りで痛飲してさ。

おでん屋で、東京だったか埼玉だったかからやってきて、オレの横に腰かけた女性客の突然の涙を覚えている。
涙の理由は仕事絡みだったと思うけど、詳しくは忘れた。
オレもふらふらになってホテルに戻った。

興福寺の五重塔が頭を覗かせている。

確か何もなかった反対口には、なら100年会館をはじめ、まだ開業前と思しきホテルが群立していた。

奈良駅前の旧奈良駅舎

7:31 笠置(かさぎ)駅(関西本線 京都府)
寒い。

勤皇の聖地へは徒歩40分だという。

後醍醐天皇がいた場所は御座所という名誉を与えられている。
彼が隠岐の島を脱出して、こもった鳥取の船上山もそうだった。

地図には御座所跡と記されている。

柳生の里とは、さらにその奥にあるという。

伊賀は謎に満ち、列車はろくに通っていない。
車での旅を再考してみる必要があるかもしれない。

笠置絵巻が描かれた壁を辿って旧街道に出る。

木津川の河川敷には多くのテントが張られ、時折子供の声が聞こえてくる。

大海人皇子が笠を置いたという伝承からつけられた聖地。

後醍醐天皇に楠公。
楠木正成ははるばる金剛山から、一族にとっての重い決断を伝えにやってきて、金剛山に戻るとすぐに千早城で旗揚げをした。

ここ笠置や、千早赤阪に関東から公称7万もの幕軍が押し寄せたという。

やがて豪傑哀話を残して落城する。

駅前に置かれた合戦を伝えるモニュメントは案外大きなものだった。

源義経もここ笠置を通って、木曽義仲軍の待つ宇治へ出た。

ここでビールが買えるとは思っていなかった。

鉄路に戻って、笠置山が見えたらうれしい。

笠置駅周辺風景




笠置駅前の笠置合戦のモニュメント

8:16 伊賀上野(いがうえの)駅(関西本線/伊賀鉄道 三重県)
かつてここを通る時は半分寝てたんだな。
左手に見える鈴鹿山脈の悠遠さを覚えていないとは。

凄まじいほどの壁だ。

壁の向こうには不破の関、つまり関ヶ原があるわけだ。
日本地図をもう一度見よう。

伊賀上野駅との再会。
久々に会った友人が変わっていないことを喜ぶのに似てる。

あの頃、今乗っている伊賀鉄道忍者列車は、まだ近鉄伊賀線だった。

9:03 上野市(うえのし)駅(伊賀鉄道 三重県)
伊賀上野城を一周。

筒井定次から藤堂高虎へと引き継がれた城で、戦国の業火は浴びずに済んでいる。

松尾芭蕉の出身地でもあり、忍者とともに売り物になっている。

地味だがいい街で、城歩きを終えるとアーケード街から天神様へと歩き、昼間は薄暗い天神商店街を抜けて駅に戻る。

散歩にちょうどいい。

廃れたものは何も見かけなかった。

上野城にて





上野市駅周辺風景



9:32 伊賀神戸(いがかんべ)駅(近鉄大阪線/伊賀鉄道 三重県)
再び近鉄へ。

元々何もないところなのだろう。
駅前に見るべきものはない。

途中通った丸山には城跡があって、天正伊賀の乱で織田信長ならではの大虐殺が行れたという。

歴史書の中であまり頁を割かれない出来事だが、伊賀、伊勢は徹底的にやられたと記憶している。
またその戦いでは、反抗勢力の中に忍者が数多く存在して、彼等が初めて歴史に表立って登場したとされている。

その丸山あたりから眠ってしまった。

覚めると今見ているのと変わらない田舎風景があった。

この伊賀の山間にこれだけ乗客が集まっている。
やはり伊賀はオレの関心を引く。

10:26 伊勢中川(いせなかがわ)駅(近鉄名古屋線/近鉄大阪線/近鉄山田線 三重県)
大阪名古屋直通特急は、ここ伊勢中川には止まらないようだ。

津と松阪の間に位置するターミナル駅だが、周囲には何もなく、ホームの土産物屋に寄った。
「赤福」は賞味期限問題から立ち直って、完全に元の地位を取り戻しているようだ。

名古屋行きに乗る。
広大な田野をしばらく眺めていた。

中川は近鉄が拓いた場所なのかもしれない。

壬申の乱の際、大海人皇子が東国での挙兵のために吉野から桑名に向かった道は、ほぼこの近鉄大阪線に沿っていると思っている。

さらに伊勢神宮にも寄ったのだ。
おそらく間違いないだろう。

11:46 近鉄長島(きんてつながしま)駅(近鉄名古屋線 三重県)
長良川揖斐川は、道路を間に一本挟んだだけで長大な河川敷を形成している。

この駅を出ればじきに木曽川を渡る。

その間に位置するのがここ長島。

かつて織田信長による一向宗門徒大虐殺が行れた忌まわしい過去を持つ土地だ。
今オレが座っているここも業火の中にいたことだろう。

暴君がいて、巨大宗教集団が軍事化した時代がかつてこの国にあった。

現在中東あたりで起こっていることは、人類が抱えた「業」だ。

JRと近鉄が仲良く並び、春の日差しの中で和やかに列車を待っている。

長島の現在は、温泉をはじめとして平和な風景の中にあり、平和な催しが行われ、かつての惨禍を記したものは駅には見られなかった。

おぞましい出来事だが、教科書に記されるべき歴史だ。

長島(ながしま)駅(関西本線 三重県)にて

木曽川を渡る(車窓より)

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