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「鉄旅日記」2017年春 最終日(JR難波-東京)その2-大曽根、勝川、春日井、中津川、上松、原野、広丘、みどり湖、相模湖、豊田(中央本線/篠ノ井線)【近鉄に乗る日々】

公開日: : 最終更新日:2025/06/11 旅話, 旅話 2017年

鉄旅日記2017年3月20日・・・大曽根駅、勝川駅、春日井駅、中津川駅、上松駅、原野駅、広丘駅、みどり湖駅、相模湖駅、豊田駅(中央本線/篠ノ井線)

12:42 大曽根(おおぞね)駅(中央本線/名鉄瀬戸線/名古屋市営地下鉄名城線 愛知県)
近鉄の旅は名古屋で終わり。
名古屋からの帰路は木曽路。

JRも名鉄も走るこの駅を、金山や一宮のように大曽根総合駅と通称しない愛知県の不思議。

その名鉄へと通じる長い通路を往復したら10分を費やす。

JRホームからの眺めで印象的なのは雑木林だ。
集合住宅が目立ち、大都会的な名古屋はすでに抜けたようだ。

大曽根はどことなく退廃的な空気を感じる街だ。
空地、倉庫、遠くと言えば大袈裟だがナゴヤドームが見えた。
徒歩18分らしい。

そう言えば、あれからもう10年。
同じ3月だ。
あるいは4月に入っていたかもしれない。

当日、ザ・ローリング・ストーンズが演奏したセットリストも、ドーム周辺もよくは覚えてない。

それが歳月を経た作用であることはもちろんだが、その間にもっと大切なモノを手にしたからだろう。
きっとそうだろう。

12:54 勝川(かちがわ)駅(中央本線 愛知県)
名古屋のエスカレーター事情は関西仕様ではなく、東京と同じ。
人々は左側に寄り、急ぐ人々が右側を上がっていく。

駅に滑りこむ時には咄嗟に札幌の琴似駅を思い出した。

街の造り方とは似るものか。
高層住宅が並び建つ様は、濃尾平野の中で圧倒的でもある。

ステーションホテルは、琴似にはなかったな。

薄汚れた朝鮮学校の校舎が見えた。
誰に対してとは言わないし、もちろんオレに不満をぶつけられても困るが、あれは図らずも何かを訴えている。

人類的なとか、おそらく大きな課題に対して。

13:06 春日井(かすがい)駅(中央本線 愛知県)
名古屋ではいっぱいだった乗客も、このあたりまで来るとだいぶ空席が目立つ。

先の高蔵寺での車両の切り離しがあるようで、中津川行きとして残る車両に移動してボックス席を見つけ、角ハイボール。
これはいい。

ぱっと見ただけでは特色の見当たらない地方都市で、街を写すのを忘れてしまった。

春日井は、全日本プロレス時代に三沢光晴と、その年のチャンピオン・カーニバルで決勝に勝ち上がった大森隆男の一騎打ちが組まれた街。

オレはそうやって街の名前を覚えてきた。

あとは旅で。

14:22 中津川(なかつがわ)駅(中央本線 岐阜県)
雪の残る恵那山が見下ろす街。

乗り換え客をはじめ出入りの多い駅だ。

ここの「駅そば」は健在だった。
でも天ぷらそば500円は高いよ。

さっき角ハイボールの魅力に気づいたオレには、なおさらだ。

駅前風景に変化はないように見受ける。

いつ来ても清廉な空気が流れる街だ。

思えば最初の列車旅で多治見、中津川と辿っていったからこそ、こうまで旅が続いていると言える。

中津川駅前風景

15:23 上松(あげまつ)駅(中央本線 長野県)
列車の行き違いで10分弱の停車。

幕内力士の御嶽海はここ上松の出身という。

木曽川の名勝「寝覚の床」と宿場の町は、駅の入口に入場門のように檜の大木を左右に並べ、何事かを有している事実を誇っている。

地方駅の駅前にありがちな廃屋などはなく、商店街が形成され、子供は遊び、人は行き交う。

まるで奇跡を目の当たりにしたようで、ここに降りられてうれしかった。

ここからじゃ見えないが、2900メートルにも迫る標高の木曽駒ヶ岳が近くから睥睨しているらしい。

上松駅前風景

15:43 原野(はらの)駅(中央本線 長野県)
行き違い列車の遅れで不意の停車。

乗降客はひとり。

駅の外へ出る簡素な階段を上がったところに幽玄の気を湛える小社があって、駅には明星岩なる名所を示す表示がある。

随分ダイヤが乱れた。

16:33 広丘(ひろおか)駅(篠ノ井線 長野県)
北アルプスとの再会。
だけれど列車からだとうまく撮れない。

中津川から乗ってきたのは松本行き。
東京に帰るには途中の塩尻で待つことになるが、
塩尻で待つ列車は松本からやってくる。

それなら塩尻松本間の降りたことのない駅で待つことにして、
塩尻の次の広丘駅で降りる。

松本で暮らす友人のKさんを思い出す。
年賀状のみのやりとりになって暫く経つ。

もうなかなか会えないだろう。
この想像はとても悲しい。

ただ、30年近く前、毎日のように会っていた時代が終わった時には、すでに理解していたことでもある。

若かったからその悲しみが顕在化することはなかったけど、その時はこうして不意に訪れた。

旅には、また移動することには、こうして様々な側面がある。

新しい駅舎を眺めてすぐに戻る。
滞在6分。

松本ヘ向かう国道が駅前を走っている。
つまりオレは同じく30年近く前から何度もここを通り過ぎている。

16:53 みどり湖(みどりこ)駅(中央本線 長野県)
信濃に来る春は、今年の場合ちょっと早そうだ。
上着の前を開けていて、寒くないどころか気持ちがいい。

窪地のホームから階段を上がれば農村風景。

中央本線は、岡谷から辰野を通り塩尻へと至るルートが当初採られ、今もその線路は敷かれているが、岡谷塩尻間はとてつもなく遠回りになっている。

線路敷説当時の地元代議士、伊藤大八氏の強引な議会工作が成功した結果で、「大八曲り」と呼ばれているそうだが、みどり湖駅はその弊害解消に伴って敷かれたショートカット・ルート上に新設された駅。

広丘駅から乗った列車は、岡谷から辰野へ出て飯田線に乗り入れる列車だったから、ここで降りて次にくる甲府方面への列車を待っている。

東京にいるよりも花粉に反応する。
そりゃそうか。

列車が少しずつ遅れている。
さっき塩尻で土産を揃えたのは賢明だった。

17:00の時報が流れて、なぜか昨日の半分の月を思い出した。

明日は下弦の月が昇る。

20:29 相模湖(さがみこ)駅(中央本線 神奈川県)
酒に酔った男にからまれている。
別に悪い男じゃない。
酒の飲み過ぎなだけだ。

田舎漢にはこういうのがいる。
叔父の葬式にもいた。

彼は八王子の生まれで、昔は悪かったらしい。
オレの薬指の指輪を見て、「いいな」と、ぼそっと洩らす。

「オレだよ、オレ」と強く言われて、彼を凝視したのがいけなかった。
いや、別にいけなくもないし、後悔もしていない。
小学生の時に同じクラスになったこともあるT君ではないか?と、10%ほど疑ったという事実もある。
どうやら彼とはこのまましばらく八王子まで付き合わなきゃならないようだ。

現在の相模湖駅はオレが知っていたものではないだろう。
確か木曽に向かう途中に寄ったと記憶しているが、20年も前の話だ。
記憶にない。

ここで数分の停車。

酔漢の話を聞きながら、「あまり飲みすぎるもんもんじゃないよ」と時に諭している。

20:56 豊田(とよだ)駅(中央本線 東京都)
かつて、旅からの帰りに寄ったよ。
朝かもしれないが、昼すぎだったかもしれない。
どのノートに収録されているのか探さなきゃならないが、それは記録を見れば分かる。

雨が降ってた。
そしてそそくさと離れた。

酒飲み帰りの勤め人の一団が駅に向かうところに行き当たった。
ロータリーを囲むように夜を照らす明かりは眩しかった。

あの先は20号国道。
そこに出れば駅前の明かりはもう届かないに違いない。

そんな駅前風景にケータイを向けたのは懐かしさを感じたからだろう。
ロータリーがあって、角にビルがあって。
昔の駅はどこもそんなだった。

そしてこの時間に豊田駅前に居合わせた数くらいの人は、どこの駅にもいた。

オレは過ぎ去ったこの国の駅前風景をそう記憶している。

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