「車旅日記」2000年夏Part.1 初日(東京‐諏訪)葛飾金町、調布駅、高尾駅、桂川ドライブイン、甲府芸術の森公園、道の駅信州蔦木宿、上諏訪 【信濃、飛騨、そして能登島。帰りは北陸路。この国の美しさをあらためて感じました夏旅でございます。】
車旅日記2000年7月20日
2000・7・20 8:10 東京葛飾金町
天気は良好。
やけに雲が多いけど心配なさそうだ。
とても暑いよ。
今は淡々とした気持ちでいるけれど、路上に戻れば旅心をはじめ、日常オレの中に存在しないいくつかが戻ってくるだろう。
それを楽しみにはしている。
明日から沖縄サミット。
明後日からオールスターゲーム。
でもオレにはここに戻ってきてからの仕事の方が大切。
そんな気持ちでいる。
今はそれ以外考えられない。
10:29 調布駅 42㎞
環状7号線の並みいる渋滞名所を順調に通り抜けて20号国道へ。
どこを走っても思い出が落ちているけれど、滅多に考えないことを頭の中に浮かべながら走っていた。
これから気温はぐんぐん上がっていくだろう。
時折吹く涼しい風がうれしい。
こんな日は空を見ているだけで気持ちが休まる。
この場所で空を見上げている理由は、どうでもいい。
夏らしい姿でこれから出かける少女。
車で花を届けに行く女性。
さっき書いた滅多に考えないこととは、そんな風景から着想を得たもの。
でも何を考えていたかはもう忘れた。
12:38 高尾駅 69㎞
20号国道の混雑は日野橋まで。
あのあたりは空気も空の色も昔と変わらない。
言ってみればかつて散歩の途中に寄っていたような場所に、今日は遠方からやってきた。
町田から葛飾に越して1年。
気持ちの上では葛飾はまだオレの家にはなっていない。
八王子を過ぎて、ここ高尾に着くと涼しい風が吹き始めた。
この町に暮らしていた女性に恋をしたことがある。
ひとつ年上でショートカットの爽やかな女性だった。
オレを受け入れてはくれなかったけれど、彼女がエジプトから寄越してくれたエアメールは確か今もすぐに取り出せるはずだ。
ここに着くまでの2時間。
ひとりということを必要以上に意識していた。
14:06 20号国道‐桂川ドライブイン(四方津) 99㎞
高尾からここに至る旅情性には惹かれる。
一日も半分が過ぎて、東京を離れた。
店にいた客は誰もが何らかの方言でしゃべっていた。
車が通らないと蝉の声だけが聞こえる。
注意深く耳を澄ませば鳥の声も聞こえるようだ。
いい夏がきたな。
ここではひとりも悪くないと感じている。
16:13 52号国道‐甲府芸術の森公園 163㎞
勝沼でワインを買い、甲府駅を眺め、車を止める場所が見つからないまま漂い、この場所に着いた。
市民はここで憩いの時を過ごし、オレは便所を借りた。
何やら楽しそうな一団がいて、誘われるように人気のない散策路を歩き、また戻った。
残念だが、甲府市民のようにこうした場所で楽しめる要素を持たない。
連れ合いもいない。
ここから諏訪は遠くない。
早くて19:00。
遅くとも20:00には着くだろう。
上諏訪に着いたら、外に飲みに出てみようか。
17:17 20号国道‐信州蔦木宿(道の駅) 198㎞
展開は早く、ルートはすでに信濃路。
やけに多くの車が集い何事かと思ったが、奥に温泉施設がある。
夕暮れ時に入る風呂はいい。
国道側には見るべきものはないが、反対側は緑が濃い。
風呂場ではそれなりに楽しめるだろう。
この分じゃあと1時間もすれば諏訪に着くだろう。
まだ早いとも思うが、体は汗でべたついている。
オレとて早いところ風呂にありつくのも悪くない。
22:10 上諏訪某リゾートクラブ 228㎞
200㎞そこそこの場所が目的地だったのは初めてかもしれない。
そのおかげで上諏訪の街を歩く余裕を持てた。
ひっそりとではあるけれど、高島城は街の片隅で存在感を誇示して、19:00近くになっても数人の客を呼んでいた。
隅ではテントを張った集団が車座になって何やら話し込んでいる。
そこから上諏訪駅へは2つの堀を渡る。
往時を偲ばせる風情。
堀辺の民は、堀に面して勝手口を設けて自在に行き来している。
街は夜になっても明るい色をまとっていたけど、入りたい店がなかなか見つからない。
選んだのは線路沿いの小さな店。
外からカウンターが見えた。
それがないとオレみたいなヤツはちょっと入りづらい。
中では地元民が大きな声で楽しくやっている。
溶け込むのに時間はかからなかった。
女将は明るい人で、おかげで3本のビールと3品。
帰り際、オレに気づかない女将に声をかけてくれた酔客がいた。
街と人の関わり方が想像できる場面だった。
オレも30歳を過ぎて、ようやくひとりで知らない店の暖簾をくぐれるようになったようだ。
こうして夜景が見える部屋にいることが懐かしい。
どこかで騒いできたような7人の若者たちが通り過ぎた。
きっと次の店でも探しにいくのだろう。
諏訪は何度目になるのだろう。
それなりに縁のある街だ。
好きな女性と写った写真も家には残っている。
今夜のことも忘れないだろう。
今見ている夜景は方角的には東京方面。
メインの明かりはおそらく伊那か高遠のものだろう。
眼下に敷かれている線路では定期的に踏切が鳴り、列車がやってくる。
夜行列車は今も走っているのだろう。
高校入学前、仲のよかった中学3年のクラス男子ほぼ全員でこの地に下りて、これまでの人生で一番楽しかった日々が展開された。
あの日オレたちが降り立ったのは、おそらく上諏訪駅だったのだろう。
駅には当時の雰囲気がまだ濃厚に残されていた。
さっきはタクシー運転手に親切にしてもらった。
この街は生涯そうした印象と共にオレの中で生き続けるだろう。
そんな街で夜を越せることがうれしい。
関連記事
-
-
「車旅日記」1998年夏 2日目(木曽-野麦峠-信州新町-志賀高原湯田中)-道の駅日義 木曾駒高原、木曽福島駅、木曽福島タイムリー、開田村、野麦峠扇屋、奈川渡ダム、道の駅信州新町 【伊那、木曽から志賀高原へ。気乗りのしない旅で選んだ行き先は、初夏の信濃路でございました。】
車旅日記1998年7月19日 1998・7・19 6:28 19号国道‐日義 木曽駒高原(道の駅)
-
-
「鉄旅日記」2016年春 初日(東京-水沢)その1-郡山、杉田、五百川、高城町、矢本、野蒜、陸前赤井、石巻、女川(東北本線/仙石線/石巻線) 【東日本大震災被災地へ】
鉄旅日記2016年3月5日その1・・・郡山駅、杉田駅、五百川駅、高城町駅、矢本駅、野蒜駅、陸前赤井駅
-
-
「鉄旅日記」2020年弥生 2日目(高山-速星)その2‐中滑川、滑川、猪谷、宇奈月温泉、宇奈月、寺田(富山地方鉄道本線) 【富山地方鉄道に乗りにまいりました。太多線、高山本線に乗るのも楽しみにしていたのでございます。】
鉄旅日記2020年3月21日・・・中滑川駅、滑川駅、宇奈月温泉駅、宇奈月駅、寺田駅(富山地方鉄道本線
-
-
「鉄旅日記」2019年霜月 最終日(北上-東京)その3‐仙台、国見、愛子、山形(仙山線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】
鉄旅日記2019年11月4日・・・仙台駅、国見駅、愛子駅、山形駅(仙山線) 14:39 仙台(せん
-
-
「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 初日(東京-多治見)その3-笠寺、熱田、熱田神宮、神宮前、大江、名古屋東港、金山(東海道本線/名鉄常滑線/名鉄築港線/名鉄名古屋本線) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】
鉄旅日記2019年3月23日・・・ 笠寺駅、熱田駅、神宮前駅、大江駅、名古屋東港駅、金山駅(東海道本
-
-
「鉄旅日記」2013年春 初日(東京-和歌山)その2-和泉府中、東岸和田、日根野、熊取、りんくうタウン、関西空港、紀三井寺、黒江、紀伊中ノ島、和歌山(阪和線、関西空港支線、紀勢本線) 【爆弾低気圧襲来日、青春18きっぷで西へ】
鉄旅日記2013年4月7日その2・・・和泉府中駅、東岸和田駅、日根野駅、熊取駅、りんくうタウン駅、関
-
-
「鉄旅日記」2007年皐月 2日目(米子-福山)-松江、宍道、出雲横田、出雲坂根、備後落合、塩町、府中、福山(山陰本線/木次線/芸備線/福塩線)/福山城 【夜汽車で東京を離れ、山陰山陽へ。鉄旅最初の長旅でございました。】
鉄旅日記2007年5月4日・・・松江駅、宍道駅、出雲横田駅、出雲坂根駅、備後落合駅、塩町駅、府中駅、
-
-
「鉄旅日記」2017年冬 初日(東京-会津若松)その3-七日市、塩川、姥堂、会津若松(只見線/磐越西線)/鶴ヶ城 【会津へ。会津へ行きたかったのでございます。】
鉄旅日記2017年12月2日・・・七日市駅、塩川駅、姥堂駅、会津若松駅(只見線/磐越西線)/鶴ヶ城
-
-
「鉄旅日記」2022年師走 最終日(会津宮下-東京)その5 ‐南千住、北綾瀬、綾瀬(常磐線/東京メトロ千代田線)【11年ぶりに全線運転再開を果たした只見線に乗りにいきました。】
鉄旅日記2022年12月11日・・・南千住駅、北綾瀬駅、綾瀬駅(常磐線/東京メトロ千代田線)
-
-
「車旅日記」2003年晩秋 初日(奈良-高野山-南紀白浜)走行距離204㎞ -橿原かっぱ寿司、橋本駅、九度山駅、高野山大伽藍、高野山金剛峰寺、龍神、南紀白浜 【紀伊半島に焦がれる日々。南海道を往くのは2度目でございます。】
車旅日記2003年11月22日・・・橿原かっぱ寿司、橋本駅、九度山駅、高野山大伽藍、高野山金剛峰寺、
