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「車旅日記」2004年春 4日目(旭川-稚内)走行距離428㎞その1-藤田観光ワシントンホテル、愛別駅、上川駅、白滝駅、丸瀬布駅、遠軽市太陽の丘公園 瞰望岩、遠軽駅、オホーツク氷紋の駅 【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】

公開日: : 最終更新日:2025/05/26 旅話, 旅話 2004年

車旅日記2004年5月4日・・・藤田観光ワシントンホテル、愛別駅、上川駅、白滝駅、丸瀬布駅、遠軽市太陽の丘公園 瞰望岩、遠軽駅、オホーツク氷紋の駅

2004・5・4 7:59 藤田観光ワシントンホテル1011号
出発前。

「晴れ男」に二日の雨なし。

そう思っていたよ。

昨夜の空から翌日の晴天を予想はできなかったけど、雨は落とさないという態度には見えたんだ。

外は冷たい雨。

構わないさ。

知らない世界が今日も待っている。

9:00 愛別駅 (5月1日の旭川空港より1268km)
こんなにひどい降りじゃなかったけど、確か去年の夏にこのあたりを通った時も、こんな天気だった。

今日の雨は昨日のとは違って少し暖かい。

こんな雨ひとつとってみても、地元じゃ分かるんだろうな。
北海道に巡ってくる遅い春も、ようやくそこらまで来たのかと。

雨の中、旭川を後にする。

街の出口には広大な平野が広がり、地平線が雨に霞んでいた。

石狩川との再会は、まるで偉大な人物と道端で不意に出会った時のような気分にさせる。

昨日からの雨で濁流となった川を渡り、愛別へ。
北の町の名はたいてい美しい。

本州日本海に面した地に生まれた人々が大海を航海して作り上げた町。
彼等の希望や思いもいくつか町の名になっている。

駅はしんとしていて、待合所に明かりはなく、待ち人も駅員もいない。

ホームに出ると殺風景で、旭川行のホームにバスの停留所のような雨避けの小屋がぽつんと置かれている。

この駅に止まる列車は日に10本前後。
利用する人もそうはいないのだろう。

待合所のベンチに腰掛けて思わずため息をつき、意思的に雨の音を聞いた。

いつまでもこうしているわけにはいかないから、適当なところで立ち上がったけど、とても落ち着いた時間だった。

こんな雨の日もたまにはいい。

9:33 上川駅 (5月1日の旭川空港より1289km)
山間からわき上がる深い霧。

そして相変わらずの雨。

石狩川は汚れ、その流れは先を急ぎ、川を渡す鉄橋がすべての営みから取り残されたかのように、黒く錆びていた。

これがオレが感じたかった最上級の旅情。

上川支庁が治める中心地、上川。

旭川を出た普通列車の多くはここで終点を迎え、線路はさらに遠軽方面へと続いていく。
言わば石北本線の中継地点だ。

「歓迎大雪山層雲峡温泉」の看板が駅名看板より存在感が大きい。

ホームから線路までの高さは僅かで、これなら子供が落ちてもあまり危険はなさそうだ。

目の前の風景はまるで雪の墓場だ。

人の姿が見えない駅はいつもどこか淋しい。

人が集まるべき場所も、車社会の今じゃその役目から外されようとしている。

駅前広場を囲む面々はタクシー会社、喫茶店、そしてラーメン日本一のイラスト入りの看板。

だけどまだ朝も早いし、この雨じゃ客は当分来ないだろうと、この町は思っている。

それにオレも客じゃない。
ただの通りすがりだ。

今日の天気には期待しないことに決めた。

低い山が連なる谷間の町に「自由な男」がやってきて、しばし車を止めて、身勝手なことを記して去っていく。

10:31 白滝駅 (5月1日の旭川空港より1331km)
上川を出る時に一緒に町を出た特急「オホーツク1号」。

ずっと一緒に並んで走っていたよ。

彼がスノーシェルターをくぐり抜け、さらに鉄橋を渡り終えるまで待っていてやったもんさ。

でも彼が長大な石北トンネルに姿を隠し、オレが北見峠を国道で越える間に見失ってしまった。

山間ではあんなにも慎重に走っていたのに、少し差がついてしまったようだ。

この駅の時刻表を見て知ったよ。

オレがここに着く10分前に彼はこの町を出ていったのだと。

雨が上がりそうな気がするけど、気のせいか。
空が少し明るくなったような気がしたんだ。

待合所には町の老人たちが集まり煙草を吸っている。

好ましい人相の老人と目が合った。

オレも悪い人間には見えなかっただろう。

しばらく冬景色の中を走っていた。

何だか懐かしかったよ。

この場所のことじゃない。

これまで生きてきたこと自体、何だか懐かしかった。

上川を離れて、流れの早い沢伝いに車を止めて煙草を吸った。

いい瞬間だった。

それから踏切を渡り、ここまで流れてきた。

左手に見える天塩岳。
雪をかぶり霧をまとっている。

いい眺めだ。

駅のホームからの眺めとはなぜこうも素晴らしいのか。

11:01 丸瀬布駅 (5月1日の旭川空港より1351km)
石北本線各駅停車の旅。

これから稚内に行くというのに、こうものんびりしていていいのか。

でも止められそうにない。

どこも駅員の姿はなく、ホームまで行くことを遮る者はない。

そのホームに設けられた待合小屋のベンチに座って溜息をつく。

2時間前にも違う町でそんなことをしてきた。

愛しい静けさ。

雨の音と鳥のさえずり。

きれいな駅のベンチには初老の女性が退屈そうに座っていた。

「SLと昆虫のまち」丸瀬布。
いくつかの滝と温泉を呼び物にしている町だ。

駅から下り、川辺に出ると運動場が見えた。

こんな小さな町でも人が暮らしていくのに必要な施設はきちんと整っている。

そして、こんな町で一息ついているオレを気に入っている。

自由じゃなきゃ許されず、それを求めて今のところオレは生きている。

旧白滝、下白滝。
各駅旅の途中の駅名だ。
果てしなく白滝が続くのかと思う。

谷間を進む石北本線。

ここにはあの雄大な180度に広がる空はない。
放牧地帯もない。
木曽や高山あたりに似ている。

「昔の日本はどこもこんなだったよ。」

オレの二代くらい前を生きた男がそんなことを呟きそうな風景だった。

上がりそうだった雨はなかなか上がらない。

11:43 遠軽市太陽の丘公園 瞰望岩 (5月1日の旭川空港より1373km)
遠軽は大きな街だ。

その街をこの場所から一望できる。

眼下を流れる湧別川はいくつか支流を持ち、その流れと付き合いながら遠軽に着いた。

大昔、「十勝アイヌ」が圧倒的な軍勢でこの地に押し寄せ湧別川に陣を敷き、この岩山に籠る「湧別アイヌ」を囲んだ。
ところがある一夜に湧別川が洪水になり、「十勝アイヌ」が全滅した伝説があるという。

瞰望岩はアイヌ語で見晴らしのいい場所という意味で、昭和3年から公園化したという。

この場所を指すイラストには太陽が描かれている。

でも今日は残念だ。
雨でオレの他には誰もいない。

石北本線各駅停車の旅も、ここから駅に下りて行けば終わりになる。

12:06 遠軽駅 (5月1日の旭川空港より1375km)
去年の夏に寄った時には営業を終えていた「駅そば」を一杯。

オレにとっちゃ最高の昼飯だ。
旅の思い出にもなる。

この温泉旅館みたいな駅舎も気に入っている。

待合室ではやはりストーブが炊かれている。

「駅そば」でかかっていたラジオじゃ、Uターンラッシュの渋滞情報。
オレは逆らうようにさらに北へ行く。
自由な男ならそうあるべきだ。

ラジオからはもうひとつ。
この雨はじきに上がり、明日は晴れるという。

石北本線はここから北見へと向かい、オレはかつて湧別方面に延びていた鉄路に沿うようにオホーツク海に出る。

あと少しだよ。

できればここ遠軽で、いつか酒を飲みたい。

13:17 オホーツク氷紋の駅(旧紋別駅舎跡) (5月1日の旭川空港より1422km)
オホーツク国道に出ると雨が上がった。

たかだか2日前のことだけど、オレにとっちゃすでに懐かしいオホーツクの道。

あれから1000kmを走破して紋別に戻り、これから経験のない北上が開始される。

広大な牧草地のムコウに広がるオホーツク海。

肥料の匂いは雨で消えて、茫々たる原野に沿って海岸線は稚内まで続く。

紋別市の入口「オホーツクタワー」は多くの車で埋まり、ここ旧停車場にも人が集まっている。

大きなスーパーに温泉。

3日前の夜にこのあたりをうろついた時には気づかなかった。
港町は基本的に昼間の町だ。

かつて紋別には鴻之舞金山という世界的な金山があり、30年前まで操業していて、その軌道のレールから着想を得た作曲家から「銀色の道」という歌が生まれたという。

遥かな子供の頃に習ったまま忘れていた、人生の深さを感じさせる歌だった。

当時はたんに暗い曲調の歌だと感じて好んで口にはしなかった。
まぁ、あの楽曲のよさは子供じゃ分からないな。

空がだいぶ明るくなった。

北へ、これから北へ向かいつつ、小さな岬を巡っていくつもりだ。

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