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「車旅日記」2004年春【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】3日目(釧路-旭川)走行距離533㎞-釧路パシフィックホテル、阿寒丹頂の里、阿寒湖、足寄駅、池田駅、十勝清水駅、樹海ロード日高、夕張駅、熊追橋付近、藤田観光ワシントンホテル旭川

公開日: : 最終更新日:2020/09/10 車旅話 *結婚前2004年

車旅日記2004年5月3日
2004・5・3 7:53 釧路パシフィックホテル816号
昨夜の月には雲がかかっていたからな。

今朝は曇り。

暑くて布団を剥いだけど、明け方には少し冷え込んだようだ。
道東は一年を通して寒いと、Iさんは言っていた。

カモメはまだ鳴いている。
まるきり昨夜のままだ。
よく聞くと烏の声も混じっているようだ。

彼等の声に注意を払うのは朝と夕暮れ時だ。

9:26 240号国道 道の駅阿寒丹頂の里 (5月1日の旭川空港より753km)
道東の中心都市釧路は、もはや彼方へ。

湿原の記憶は鮮明で、街の空の玄関口釧路空港にも寄ってみたけど、ロータリーを一周して出てきてしまった。
やけに寂しい場所だったよ。

市内は広く、38号国道の風景は延々と都市が持ちうるものだった。

今は阿寒への道。

遊牧地が続いていて、道の両側至るところに馬が放たれている。
白いのに黒いの。
茶色もいる。
かわいいもんだ。

北海道の国道にしては道幅は狭く、たいして雄大さを感じないけど、そりゃ中にはこんな道もあるだろう。

右手には釧路からずっと低い山並が連なっている。

気温は6度。
さすがのオレも今日は半袖Tシャツ1枚ってわけにはいかない。

10:23 阿寒湖 (5月1日の旭川空港より797km)
今日はやっぱり寒いよ。

雪をかぶった雄阿寒岳を目指して山を上っていく。

上下線ともこの5月の大地で見ることのなかった列が続き、大抵がこの湖畔に車を止めていく。

温泉街の賑わいはたいしたものだった。

何かつまらないことを考えながら車を走らせていて、気づくと馬や牛の姿はなく、道の両側に雪が残るようになり、気持ちがだんだん優しくなっていくのを感じていた。

道に沿って流れる阿寒川は、20年前に中学校の修学旅行で行った十和田湖の奥入瀬渓流を思い出させる。

車を止めるのに適当な場所がなく、流れにまかせて離れてしまったけど、覚えておきたい風景だった。

阿寒湖は言ってみれば普通だ。
でもここを目指してたくさんの道人が集まってきている。

何がそうさせるのか。

考えてみれば、オレも車の免許取得直後はただ意味もなく富士五湖や湘南海岸へ向かった。

マリモ国道はここが終点。

湖畔で、オレは今年一番の強い風に吹かれ、5月の北の大地で今年一番の寒さを経験した。

11:34 足寄駅 (5月1日の旭川空港より852km)
阿寒を離れて241号国道。

雪の残る道も足寄峠を越えると雪は消え、天に向かって伸びる寒木の群れも消え、春が来たかと国道の表情は柔らかくなった。

おあつらえ向きに小川が蛇行している。

かけていた音楽を無視して、童謡「春の小川」の一節をハミング。

少しばかり風景は平板になる。

牛飼いの家、開拓の果てに打ち捨てられた家。

信号のない区間に残る人の匂いはごく僅かだった。

足寄の町は古く、立派な駅舎は少し場違いな気もする。

多くの車が止まった駅舎内には地元出身のミュージシャン松山千春さんの展示フロアがある。

そこには彼の等身大パネルも置かれていて家族が写真を撮っている。
展望台もある。

この新しい駅舎の再建資金として、彼も多くの寄付をしたのに違いない。

足寄を通るこの線路は北見池田間を走る「ふるさと銀河鉄道ちほく線」。
旧国鉄池北線だという。

ここ足寄はその路線の中核都市だ。

今日はどうもどこにいても寒いらしい。

この小さな町で、初めて雨が落ちてきた。

12:46 池田駅 (5月1日の旭川空港より901km)
真っ直ぐに延びる線路に並行して南へ向かった。

見かけた池北線の駅はどれもきれいだった。

途中の本別は比較的大きな町だった。

帯広への入り方はいくつかあるけど、池北線の終点に行きたくて池田を目指した。
ここ池田でJR根室本線と合流する。

そんなターミナル駅は雨に濡れてしょぼくれている。
白い壁に赤いラインの入った、どこかで見たことのありそうな駅舎だった。

駅前はしんとしていて、肉を食わせる和食レストランだけが人を集めている。

この雨にこの寒さだ。
用でもなきゃ出歩くこともないだろう。

近くに大きな観覧車が聳えている。

去年の夏から北海道をかれこれ3000km以上走ってきたけど、ああいうものを見るのは初めてだ。

何だかおかしな物があるな。
正直そう感じた。
北の大地に観覧車はどうもそぐわない。

その巨大な遊戯施設を抱えた池田の町は、思いのほか小さかった。

14:18 十勝清水駅 (5月1日の旭川空港より959km)
本降りの雨。

さすがの「晴れ男」もいつも神の機嫌を損ねずにいるのは難しい。

去年の夏以来の帯広。
あの夏、夜に着いて朝早くに街を離れたにしては、市内の様子やどこから駅へと入っていったのか、すべて覚えていたよ。

さすがに大きな街だけあって、市内は思うように流れなかったけど、街を抜けきるとそこは広大な十勝平野。

襟裳へと下る南の道にあの風景は見なかった。
雨の中だけど、十分に楽しみ、感嘆したよ。

ここからは日高へと向かう。

どうやら峠道らしい。

心配はいらないさ。

峠の天候は変わりやすいのが常だけど、すでにこれだけ崩れてりゃ、他に何を心配するって言うんだ。

スーパーマーケットを併設し、シンフォニーホールとも繋がった十勝清水駅。

薄茶と薄グレーのきれいな駅舎内にはストーブが炊かれ、可愛らしい少女がひとりポツネンと座っていた。

出来れば、昨日の網走のようにあたたかい「駅そば」でも用意しておいてほしかった。

オレの昼めしなんて、そんなものでいいんだから。

それにしても、ひどい降りだ。

15:45 274号国道 道の駅樹海ロード日高 (5月1日の旭川空港より1017km)
5月の雪だった。

北の大地の険、日勝峠。

怪しげな道路情報が出ていた。

濃霧視界不良、アイスバーン、スリップ注意。

徐々に激しくなる雨は4合目あたりから霙になり、ついに頂上付近に至り雪に変わった。

困惑するライダー、立ち止まる車。

オレも引き返そうかと思ったけど、思い止まった。
計画通りにいこう。

峠を抜けきった時は思わずこう呟いた。
文字通りの言葉だ。

そう、「あぁ、どうにか峠は越えたな」。

疲労感と共に山を下り、今は日高町にいる。

交通の要衝だ。
この町から海辺の門別へと下りていく車列が夏に大渋滞を引き起こし、かなりの長きにわたって足止めを食わされた。

それにしてもほっとした。
いろいろある旅だ。

熊の次は5月の雪か。

これで2度と何事にも動じない心ができあがるのなら、嬉しいけれど。

17:04 夕張駅 (5月1日の旭川空港より1085km)
またひとつ峠を越えて夕張紅葉山へ。

青いトタンの雪避けトンネルが歴史を感じさせ、線路はまた山に消えていく。

雨に苛立ちながらの走行で線路に遭遇するまでの峠道のことはよく覚えていない。

そしてようやく町に着いた。
かつての炭鉱町の終着駅、夕張。

まるで冗談のような小さな駅で、中は便所を除いて明かりもついていない。

今じゃ炭鉱も閉山して、荒くれた男たちも山を下りて、観光で身をたてようとしている町の顔として選んだのが、このお菓子の家のような駅だったわけか。
脇には大きなホテルが建っている。

かつて男たちが向かった山がどれなのかオレには分からない。
記念館もこの時間じゃ閉まっているだろう。

予備知識を持たずに夕張にきて、イメージとの違いに戸惑っている。

終着駅の炭鉱町に相応しい駅や町並みを描いていたけど、でも実際にこの目で見れたのだから現在がどうでも構わない。

険しい峠道や雪をかいくぐってようやく辿り着いたんだ。

筑豊もそうだったが、近代日本を支えた町は、閉鎖された山と一緒に歴史の彼方に一旦消えて、今は姿を変えて同じ場所にある。

そういう理解で夕張を離れる。

雨が止み始めている。

夕映えの夕張の山は、一応の想像は与えてくれる。

18:00 452号国道 熊追橋付近 (5月1日の旭川空港より1132km)
桂沢湖に架かる青い橋が見える。

さっき渡ってきた大きな橋だよ。

国道に下りていくとダム湖があった。

寒々しい濁流を見ながら北へ向かっている。

かつて鉱山列車がこの川沿いを走っていたのか。

廃墟になった駅の跡、閉鎖されたトンネル、錆びた鉄橋。

この道に村はなく、鉱山物資を運ぶために造られた国道だということが分かる。

今じゃ通る車もなく、風が様々を強く揺らす音だけが響いている。

雲が切れ始めた。

他に人の姿の見えない場所でひとり雄大な景観に接している。

北海道開拓140年の歴史の中の、おそらく一番古いあたりに今オレはいる。

誰もこんなところにわざわざ車を止めて写真を撮ったりしないが、素晴らしい景色じゃないか。

風の音にホトトギスの鳴き声が混じる。

雲が流れ、あの白い山からもじきに雪は消える。

車は猛スピードでここを走りすぎていく。

用のなくなった一帯に対して、郷愁や慈悲を持つ人間はあまりいないようだ。

22:39 藤田観光ワシントンホテル旭川1011号 (5月1日の旭川空港より1239km)
あれから富良野を目指して爆走した。

富良野に着いたら、旭川への表示を確認して、また爆走。

とにかく車を走らせていた。

富良野には寄りたいと思っていたけど、今回はどうも縁を持たないらしい。

富良野の中心地を抜けると、旭川へと続く国道は闇に閉ざされ、暗闇の中に線路を探したけど、一向に駅への道を示そうとしない国道に見切りをつけ、ひたすらに旭川を目指した。

そして約2時間。
ようやく着いたんだ。

天候は夜に入っても荒れていた。

途中何度か雨は止み、また激しく落ちてくる。

その繰り返しで、旭川に着くと強風注意報の発令が必要なほどの暴風に見舞われた。

旭川の街は知っている。

去年の夏には車を止めて1時間ばかり歩いたもんだ。

街の中心に位置する歩行者天国も、この風じゃ人の流れは芳しくないだろう。

交差点の脇で正体の知れないオッサンが何やらメロディを口ずさんでいた。

「大雪地ビール館」というビヤホールがある。
通りを隔てた場所には「旭川ライオン「」もあった。

オレは地ビールの方を選び店に入った。
少し前まで営業していた晴海の「ピア晴海」を思い出す。
よく似た造りだった。

ビヤホールに刺身なんてないよ。
だから美味いビールにつまみを2品。

旅人としての尊厳をなくさないように心がけ楽しみ、1時間もしないうちに席をたち旭川駅へ。

いろんな場所に立ち寄って分かったけど、旭川は北海道一番のターミナル駅だ。
ここから東西南北に線路が延びている。

駅に着くと札幌行特急の改札を案内しているところだった。

待ち人がいた。
きれいな女性もいた。

キヨスクでビールを買って、この寒い夜から避難すべくホテルへ。

いよいよ明日、稚内へ。

随分遠回りしたけど、オホーツク海と宗谷海峡が見たくてこの旅を計画したんだ。

せっかく北海道にまで来たのに寿司や刺身に手を伸ばさずにきたけど、明日は寿司屋の暖簾をくぐろうか。
十分に我慢した。

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