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「鉄旅日記」2020年盛夏 3日目(肥前鹿島-門司港)その4‐南風崎、ハウステンボス、早岐(大村線)/小佐々弾正・甚五郎塚 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】

公開日: : 最終更新日:2025/05/04 旅話, 旅話 2020年

鉄旅日記2020年8月15日・・・南風崎駅、ハウステンボス駅、早岐駅(大村線)/小佐々弾正・甚五郎塚

13:34 南風崎(はえのさき)駅(大村線 長崎県)にて

13:53 小佐々弾正・甚五郎塚

14:13  ハウステンボス駅(大村線 長崎県)
千綿駅での乗車直前に地元の方に声をおかけしたら、千綿食堂への批判をお聞きした。あのお店のカレー料理を口にされたことはあるのだろうか。

オレは意見を述べた。歴史的な千綿駅舎をこのような形で保存する若者の挑戦と判断を支持したいと。

彼は駅が食堂などではなく、人が集まる空間だった時代を追想しているのだろう。オレの中にもその気持ちは濃厚にある。

でも、きっとこれでいいのだ。千綿駅という素晴らしい場所を汚さずにいるのなら、それでいい。

順番待ちの客に声をかけるお店の若者に、「こっちにはいないよ」と何度か声を送る。素敵な時間だった。

そしてまた車窓には大村湾。

千綿から4駅目。南風崎で降りる。

戦後、ご苦労されて外地から引き上げられた方々に、故郷へと近づく列車が出たのが南風崎、そして早岐。

そんな駅で降りたよ。ここからひと駅を歩く。

酒の買い置きはあったが商店があり、寄る。できれば冷たい酒がいい。だからビールは向かいの酒屋から調達。

おかみさんの声にひかれて95歳の先代婦人が顔を出してくれた。お元気な姿を称え、さらなる長寿を祈って店を出る。みんな笑顔だよ。

道中、昭徳稲荷神社の鳥居に一礼。

さらに大村純忠の忠臣の墓に詣でた。九州戦国時代には、オレなどが知らぬ歴史がある。

大村純忠は最初のキリシタン大名で、長崎港を開き、大友宗麟、有馬晴信と共にローマ教皇の元へ天正遣欧少年使節団を送った人物。

1569年の葛の峠合戦。家臣の裏切りにあった大村純忠が成敗に向かったが、正面からの逆襲かつ南風崎から上陸した敵軍の挟み撃ちに遭い苦境に陥ったところ、水軍大将小佐々弾正と甥の甚五郎が殿として防ぎ、壮絶な最期を遂げた。

「ダンジョウ様」と地元民から呼ばれていた古い塚があったが、平成4年に子孫の方々によって再建されたとある。

天正遣欧少年使節団4名の内、千々石ミゲルは大村純忠の甥にあたり、後にキリスト教の在り方に疑問を感じて棄教。中浦ジュリアンは小佐々甚五郎の息子で、帰国後に弾圧に遭い殉教。父、甚五郎の豪強な性質を継いだのであろう。65歳になっていた彼は拷問にも屈せず棄教を拒み、神の愛を信じぬき、穴吊るしという極刑に従った。

オランダ的な風景はすぐに訪れる。

オレは違和感を持たない。駅への道を尋ねた地元のオジサンも、もはや受け入れて日夜西洋的な風景に満足していることだろう。

日本最大級のテーマパークの入口は涼しげな駅。18年前の開業時に新設された駅で佐世保に向かう列車を待っている。

それにしても灼熱。

おそらく天照は、新型コロナウイルスとの妥協点を提案している。

14:41  早岐(はいき)駅(大村線/佐世保線 長崎県)

戦後の引き上げ船の水路が南風崎から続く。その日の混雑具合に応じて早岐か南風崎に割り振ったのだろう。

このコロナ状況など足元にも及ばない混乱と生への執着があった頃。

生への執着。そして悟り。

九州は長らく戦乱の巷になった鎮魂の地。

ここから肥前山口へ。乗換はすぐ。

この区間の佐世保線に乗るのは初めてになる。

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