「車旅日記」1997年夏【男鹿半島を目指した夏。友と過ごし、旧友と再会したみちのく旅でございます。】3日目(田沢湖近辺-男鹿半島-鳴子)-和田駅、入道崎、八望台、男鹿駅、道川駅、矢島駅、鳴子サンハイツ
車旅日記1997年8月15日
1997・8・15 9:04 和田駅 855㎞
友と19時間をともに過ごした。
そんなはずじゃなかったけど、彼がビールと焼鳥を携えていたのがいけなかった。
川辺に下りて楽しみ、結局彼のテントにもぐりこんだ。
その友とも別れて秋田へ向かっている。
気分はすっかりひとり旅に戻り、青く澄んだ空を眺めている。
世間の動向とは無関係に生きることは時に必要だ。
ここも騒がしくなってきたが、オレは秋田の人情を気に入っている。
風景はそれ以上だ。
10:04 56号県道パーキング 887㎞
男鹿半島が見える。
海の色はエメラルドグリーンに近い。
絶景だ。
数メートル先にはアイスクリーム売りのオバチャンが座っている。
アイスのコーンに巻紙はなく、オバチャンの手渡し。
うん、それでいい。
ふれあいが感じられていい。
海を眺めた。
階段に腰かけてのんびり眺めた。
やっぱりいいな海は。
あたりにあまり人の気配がないのがいい。
事情が許すなら、こうしていつまでも眺めていたいよ。
これから目の前の半島に向かう。
眠気は去った。
11:40 入道崎 930㎞
美しい海が見える。
ここは男鹿半島の名所。
少しばかり人が多い。
分かっていることではあったけど。
土産の品に迷った。
人に話すのなら、「男鹿半島に行ってきました」的なものが一番通りがいいだろう。
そういう記念碑的な場所でもある。
ただ、本当によかったと思える場所は他にあるのだが。
土産物屋では演歌を流して、この美しい場所を変に野暮ったい雰囲気にさせている。
日本の観光地はどこもそうだ。
オレが求めているものとは明らかに違う。
とは言え、この景色に罪はない。
だから最後にもう一度言っておこう。
ここは本当に素晴らしい。
12:17 八望台 938㎞
土産を選ぶために立ち寄ったけど、ここの眺めも素晴らしい。
上に上がると右も左も海。
たまらない場所だ。
接した秋田人はすべからく好人物だった。
たいていが物売りだったことも影響するだろうが、物売りにもひどいのはいる。
明らかに人の質の問題だ。
気温と一緒で、気分は上がってきている。
必要なものは買い揃えたけど、この半島であと一度くらいは車を降りるかもしれない。
13:30 男鹿駅 979㎞
オレにしてみれば最北の終着駅にやってきた。
気温は上がり、太陽は照りつけ、右腕が悲鳴を上げている。
これから鳴子へ向かう。
その道中も旅の途中。
男鹿半島は3時間もあれば回れてしまえる手軽な観光地だった。
地元の人々はそこにいろいろと持ち寄って海水浴を楽しんでいる。
そうした営みを眺めるのが好きだ。
高所から眺める水平線は遥かだった。
きっとオレはずいぶん遠くを見ていたのだろう。
右腕の悲鳴が大きくなってきた。
この静かな駅も、今は夏の盛り。
15:25 道川駅 1035㎞
疲れて腹を空かして、この小さな駅にたどり着いた。
隣接しているラーメン屋のオッチャンは陽気な関西人だった。
なるほど、関西人はああやって人を笑わせるのか。
車の止め方を注意されたことから店に上がり、たっぷりと腹に飯を入れた。
旅はこれだな。
なるべくならこうした地元の店を利用するべきだ。
1000㎞を走破した。
まだ日本海が見えるところにいる。
鳴子までの道中はまだ長い。
そして11月にも通ったあのタフなルートを選ばざるをえないだろう。
あの日はつらかったけど、今日は楽しみたい。
まだ明るいから平気だろう。
それよりも、この日本海の町並を愛している。
16:26 108号国道 1068㎞
ここは何というところなのか。
車の流れが途切れると風の音しか聞こえない場所。
太陽はまだまぶしく、道の両側の緑もまたまぶしい。
本荘で最後に見た日本海もまぶしかった。
海には静かに波が立ち、まばらになった人影はみんな海に向いていた。
彼らにとって一体今日はどんな夏の日だっただろう。
オレは少し疲れた。
いや、だいぶ疲れたよ。
このあたりは車社会だから、地元民は飛ばす。
疲れてくるとそんな流れに乗るのが怖くなる。
それでこうして車を止めてここにいる。
でももう戦線に戻らなきゃな。
本当はここでもっとのんびりしていたいが、そうもいかない。
厳密な意味では、思いのままの一日など存在しない。
何がしかのしばりを意識する。
緑が美しい。
この涼しい風に感じるのは秋の気配。
風の音をもう少し聞いていたくて、エンジンをかけるのをためらった。
16:51 矢島駅 1079㎞
風の音がする町に高原鉄道の終着駅があった。
駅に寄るのは今日はここが最後。
よく晴れている。
そして何の問題もない。
彼女を思い出してもどうすることもできないけれど、あの笑顔を思い出したくなった。
今もオレは彼女に恋している。
そう言えば、旅の喜びを最初に知ったのは、福島の山間のこうした人のいない駅に立ち寄ったことがきっかけだった。
この駅では線路脇に花々が並び、和ませてくれる。
今は宿に向かう途中じゃない。
旅の途中なんだ。
17:24 108号国道 1098㎞
のんびりいけばいい。
ベンチがあれば、オレは座るよ。
誰もいないベンチに腰掛けてゆっくり煙草を吸った。
向かいには太陽と雲があった。
まだ空はよく晴れている。
川瀬のせせらぎと蝉の声が聞こえる。
今朝別れた友はもう今夜の落ち着き場所を見つけただろうか。
窓を開けているから虫が入ってくる。
今羽音が聞こえた。
ハエならいい。
ハチなら、悪いけど出ていってくれないか。
20:40 鳴子サンハイツ 1182㎞
涼しい夜だ。
峠越えでは雨に遭った。
友が言っていた。
山の天候は分からない。
今夜は出来合いの物を食べている。
魚肉ソーセージとおにぎり。
味も素っ気もないけど、オレにはこんなものでいい。
さしたる欲求もない。
ビールだけは尽きないように本数を揃えている。
オレの場合こうじゃなきゃダメだ。
くだらないテレビ番組に用はない。
代わりに瀬音と虫の声が聞こえる。
そっちの方がいい。
窓を開けたらその思いが鮮明になった。
旅は当初の目的とは違う形をとったけど、これまでの成り行きには満足している。
ひとりを意識しないと言えばウソになるけど、ひとりでよかったと思えることが何度もある。
アイスクリーム売りのオバチャン。
ラーメン屋のオッチャン。
さっきの風呂場で会ったじいさん。
ひとりじゃなかったら、きっと彼らとのふれあいはなかっただろう。
昨日の友とのこともそうだ。
彼は今頃どうしているだろう。
昨日一緒に川辺でビールを飲んだ時点で、これからどうなるのか何となく分かった。
そして彼のスタイルを味わい、身も心もタフな彼に感心した。
今朝そんな彼を川辺に置いて、オレは自身のスタイルに戻った。
あれから彼は計画通りに山に入ったのだろう。
寝床は決まっただろうか。
心配はしていない。
オレはこうして無事でいる。
まあ、お互い心配されるような柄じゃない。
昨夜が曇りだったのが残念だった。
晴れていれば落ちてきそうな星たちを見れただろう。
その中で、いかに雲が厚くても決して輝きを失わない星がひとつだけあった。
あんな星になりたいと思ったよ。
そして同時に彼女を想った。
数年を経てこの旅を思い出した時、覚えているのはあんな瞬間だけなのかもしれない。
これまで書き連ねてきたことに目を通してきたけど、あまり彼女に触れていない。
今回はごく個人的な旅だったことが分かる。
旅に理由などいらない。
旅に出たければ出ればいい。
だからまた計画するだろう。
ただ、明日の朝彼女に手紙を書く。
今日この時まで、その材料を探し回っていたようなものだ。
強いて旅に出た理由を言うとするなら、それだ。
これ以上ない素敵な理由だと思う。
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