「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】初日(東京-大阪茨木 R246→R1→名神高速)その3-関駅、その後
車旅日記1996年5月3日
16:36 関駅
あれから2時間経ってようやくここに戻ってきた。
美味いきしめんを食わせてくれた前回の店には寄れず、上品さとはかけ離れたラーメン屋で、マニュアル対応の店員にうんざりしながら熱いラーメンを黙々と口に運んだ。
渋滞の合間だった。
その後、暗然とした気持ちで木曽川、長良川、揖斐川を渡った。
そして渋滞は解消した。
擦り切れていたオレはレーサーになった。
次の休息地は決まっている。
視界が埃っぽくなっていく。
テープはストーンズの「アンプラグド」アルバム。
キース・リチャーズが歌う「Slipping Away」に気持ちが合わさる。
大都会を抜けると、人が正常な状態で暮らす町がある。
人はそこで電車を待ち、待っている人に電話を入れ、あるいは人と約束を交わす。
妙に尖ったヤツなどいない。
オレに話しかけてくる人はいないけど、なぜかそこでは善意の中に身を置いているような気持でいられた。
去年は秋だったけど、今見てきた風景と記憶との間に差がないんだ。
ススキが何百本と風に揺れている。
例え夏に訪ねても、あのススキたちはオレに涼風をくれるだろう。
なんか好きでね。
それに何だか懐かしい。
なぜか少年だった頃に温かみを覚えた光景を漠然と思い出す。
そこには大勢の人がいた。
大人は酒を飲み、子どもは甘いジュースをいつまでもせがんでいる。
その中にオレがいる。
そんな光景。
時刻表を見る。
この駅に止まる列車が一体どこまで人を運ぶのか知りたかった。
どこの駅でも列車の行方が気になる。
旅先のオレは駅の存在にこだわる。
理由。
その駅からどこかへ行こうとしている人々を見たかったんだろう。
それがなぜなのかは分からないけど。
思えば、この駅に寄りたくて今回もこのルートを選んだんだよな。
ようやくここに来て笑ったよ。
そのあたりも前回と同じだな。
大阪で待つ友に電話を入れた。
彼の方の準備はもう整っているようだった。
缶コーヒーを買い求める。
立ち去りがたい思いでいる。
ここにはまた来るだろう。
そんな気がするよ。
1996年5月3日の記憶
その後、記録はない。
一体オレはどこで休息したのか、それすらよくは覚えていない。
1号国道の行く末は見えるところまで来ていた。
秋もそうだったが、反対車線はなぜか混みあっている。
昔、お伊勢参りに向かう人々の列とはあんな具合だったんだろうか。
鈴鹿越え。
1号国道はこれまでに走ってきたどの地域よりもよく舗装されていて、遥かな山並の中をたんたんと進む。
しばらく行くと水口に出る。
地図を眺めると必然的にそこらあたりが休息場所だと思う。
だけど疲れていた。
やがて瀬田へ向かう車線も混み始めた。
空が暗くなり始めている。
ここらで国道から離れなければならないと思い始める。
1号国道を東京から大阪まで一日で走破することはできない。
去年の秋に分かってもよかったが、どうやらそういうことらしい。
一刻も早く友が待つ街まで急ぐべきだと思う。
栗東近く、その先に名神自動車道の入口がある。
渋滞表示はわずかだが出ていた。
しかし道は流れた。
ブルースをかける。
渋滞は表示場所に着く前に始まり、当初の表示より規模は壮大なものになり始めていた。
確かにオレはブルースを聞いていた。
しかしその時オレは視界に広がる渋滞の列とは違う映像を見ていた。
目はしっかりと開いてはいた。
でも脳は走り続けることに耐えられなくなっていたんだろう。
そして体を動かしているオレに睡眠時の夢を見させた。
よくは覚えていないが、それは日常の一コマだった。
しばらくしてオレは自分が異常な状態でいることに気づいた。
顔をひっぱたき、汗を拭き、どうにか正気を取り戻した。
友が待つ街に着けば終わる。
渋滞は解消しない。
京都から大阪への道は長い下り坂だった。
テールランプの連なりがとてもきれいだった。
友の家に行くには吹田ジャンクションで下りればいい。
そしてどうにかたどり着く。
必要な金を払って、再度一般道に放り出された。
中央環状線。
友が教えてくれたルートに乗り大阪に分け入り始めた時、心から安心したことを覚えている。
友が待つ街はすぐだった。
この街には去年の秋にもきていて、微弱ながらオレの中ですでに故郷化していたんだろう。
友に居場所を伝えた地は、約束の場所じゃなかった。
電話で彼はそこに行くにはどうすればいいかを正確に指示して、そこで待つと告げる。
車を反転させて中央環状線を逆走する。
千里中央駅では大阪人が日常の流れを作っている。
そんな何気ない大阪の風景を見ながら、自分の意志で東京から500㎞も離れたそんな場所にいることを心から楽しんだ。
そして約束の場所へ。
友は初めて会った時と同じ笑顔で待っていた。
抱き合って再会を喜んだ。
適当に空手チョップを互いの胸板に打ち込む。
それが昔ながらの2人の挨拶。
そんなことができる友人は、もう彼の他にはいない。
だからこうしてオレは大阪まで三度やってきた。
彼の家では、彼の愛する奥さんがオレたちを待っていた。
彼女は彼の愛妻であり、オレにとって大切な友人だった。
彼等はしきりにたくさん食べることを勧め、そうして箸をつけた彼女の手料理はとても美味かった。
心地よい安らぎを与えてくれてありがとう。
減らず口をたたきながら彼等の友情に心から感謝して、翌日は彼等の方針に従うことにした。
その夜、泥のように眠った。
その安らかな眠りがツラかった記憶をいい思い出に変えた。
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