*

「鉄旅日記」2008年初秋 初日(東京-羽咋)その2-新西金沢、野町、加賀一の宮、西金沢、羽咋(北陸本線/北陸鉄道石川線/七尾線) 【秋になると北陸に行きたくなるものでございます。能登半島をはじめ、いくつもの終着駅へと行き着いたのでございます。】

公開日: : 最終更新日:2025/05/19 旅話, 旅話 2008年

鉄旅日記2008年9月13日・・・新西金沢駅、野町駅、加賀一の宮駅、西金沢駅、羽咋駅(北陸本線/北陸鉄道石川線/七尾線)

15:19 新西金沢(しんにしかなざわ)駅(北陸鉄道石川線 石川県)
途中下車に疲れ、降りるつもりでいた小松、松任を抜かして眠りに落ちた。

北陸鉄道へ。
静かな駅頭で列車を待っている。

大都市金沢はすぐそこだが、そこには行かずに石川県の細部に入っていくことに対して喜びがある。

秋の虫の音を伴った涼しい風が吹いている。
どことなく鈍い青空に、季節が持つ哀愁を感じる。

秋は夏にはなれない。

15:54 野町(のまち)駅(北陸鉄道石川線 石川県)
金沢の外れ西茶屋町、九谷焼窯元。

季節を外れているのか、観光用の駐車場に車はなく、由緒を持つ茶屋町を歩く人の姿はまばら。
表通りの交通量は多かった。

金沢は大きいな。
ここからじゃ兼六園にも香林坊にも行けない。
そうした時間は持っていなかった。

時間が経つとともに、新しい町に下りるたびに、物悲しさが募っていく。

ほんの少しだけ途方に暮れている。

17:06 加賀一の宮(かがいちのみや)駅(北陸鉄道石川線 石川県)
変化のない風景の中を北陸鉄道石川線は往く。

沿線で町らしい姿をしていたのは鶴来のみで、他は駅周辺に町はなく、駅員の姿もない。

この歴史的建造物と言える駅舎を持つ終着駅も無人だった。

白山本宮への階段を上がる。
地元じゃ「しらやまさん」と呼ばれて崇拝されているとのこと。

ちょうど手取川に近づいたあたり。
晩夏を生きる蝉を従えて、ひっそりと加賀の神様はいた。

17:53 西金沢(にしかなざわ)駅(北陸本線 石川県)
次に来る七尾行に乗る。
じきに日も暮れて、今日はこれで仕舞いになる。

金沢の手前の駅で待っている。
大都市が近いことは予感できるが、ここに大都市の匂いはなく、金沢という街に収まりきらなかったものが無造作に置かれたような町。
特に目を引く物はないが、ここで北鉄とJRは交わる。

余所者が歩くことのない町をたどった一日だった。
活気はあまり見られなかった。

今年はおそらく選挙の秋。
森喜朗元首相と馳浩代議士のポスターを見かけた。

彼等は地元で一体何を喋っているのか。
プロレス界のスーパースター、馳先生には期待している。

つらつら思っているうちに、誰かの街頭演説の声が聞こえてきた。

21:54 羽咋グリーンホテル403号
これまでに着いたどこよりも街明かりは暗かった。

今度こそ途方に暮れた。
でも飲み屋はある。
どうにかなるだろう。

そんな居酒屋に落ち着き、今ここにいる。
どこから来た少年たちか知らないが、部屋のドアに剣道着が干してあって、オレの気配に気づいた少年が謝りに出てきた。

微笑ましい。
指導者もしっかりしているし、彼等もまたそうなのだろう。

汗の臭いが漂っているが、懐かしい。
あの時分、オレはあの臭いに囲まれて生きていた。

「気にしなくていい。」
笑顔で伝える。
この年齢まで生きてくれば、その程度の甲斐性なら持っている。

能登にいる。
暗くてあたりことはよく分からないが、街は祭の最中だった。

人々が川辺に出て涼んでいて、飲み屋で一杯やって出てきたら、その数は増えていた。
季節外れの送り盆なのか。
祭の輪には誇りと幸せがあった。

かつてこの街にプロレスがやってきて、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田が持つインタータッグ王座に、ビル・ロビンソン、マリオ・ミラノの欧州コンビが挑んだ王座戦が組まれた。
冗談のように聞こえるかもしれないが、今夜この街を選んだ理由はその一点に尽きる。

街の灯はほんのりと美しかった。

ここは加賀じゃない。
能登という独立国。

爆竹が鳴った。
祭は大団円を迎えて、街の人々は来年のこの日に思いを馳せ、計画を練り始める。
人々の営みの中で最も正しく健気な行為だ。

オレも未来に希望をつなぐ。

祭の輪に紛れ込んだ時には、車寅次郎になった気分で歩いた。

関連記事

「鉄旅日記」2014年春 最終日(魚津-東京)その2-有間川、谷浜、名立、直江津、犀潟、二本木、今井、川中島、姨捨、信濃境、すずらんの里、富士見(北陸本線/信越本線/篠ノ井線/中央本線) 【青春18きっぷで、丹後若狭から北陸、信州へ】

鉄旅日記2014年3月23日その2・・・有間川駅、谷浜駅、名立駅、直江津駅、犀潟駅、二本木駅、今井駅

記事を読む

「鉄旅日記」2018年神無月 初日(東京-米原-福井-越前大野)その2-越前花堂、花堂、越前大野(越美北線)/越前大野城【北陸へ。信州へ。友を訪ねての巡礼旅でございます】

鉄旅日記2018年10月6日・・・越前花堂駅、花堂駅、越前大野駅(越美北線)/越前大野城 16:3

記事を読む

「車旅日記」1996年夏【再び北を目指した夏。不慮の事故に遭い、打ち切らざるを得なくなったのでございます。】最終日 事故から帰京を振り返って。

車旅日記1996年8月15日 1996・8・15 東京 望郷の思いとは別に昨日家に帰り着いた。 後

記事を読む

「鉄旅日記」2011年夏【みちのくひとり旅】最終日(花巻-東京)-花巻、平泉、一ノ関、仙台、白石、福島、郡山、矢吹、黒磯、宝積寺、古河、蓮田、西川口(東北本線)

鉄旅日記2011年8月17日・・・花巻駅、平泉駅、一ノ関駅、仙台駅、白石駅、福島駅、郡山駅、矢吹駅、

記事を読む

「鉄旅日記」2009年秋-川口、浦和、深谷、倉賀野、寄居、東飯能、飯能、寒川、茅ヶ崎、辻堂、新橋(京浜東北線/高崎線/八高線/相模線/東海道本線)【関東ぶらぶら旅その2-武蔵から相模へ】

鉄旅日記2009年10月27日・・・川口駅、浦和駅、深谷駅、倉賀野駅、寄居駅、東飯能駅、飯能駅、寒川

記事を読む

「鉄旅日記」2016年春 最終日(石巻-東京)その1-石巻、西塩釜、下馬、塩釜、岩切、利府、伊達、郡山、白河(仙石線、東北本線、利府支線) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】

鉄旅日記2016年3月21日その1・・・石巻駅、西塩釜駅、下馬駅、塩釜駅、岩切駅、利府駅、伊達駅、郡

記事を読む

「鉄旅日記」2020年睦月 最終日(鷹ノ巣-東京)その3‐余目、三瀬、羽前水沢、間島(陸羽西線/羽越本線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】

鉄旅日記2020年1月13日・・・余目駅、三瀬駅、羽前水沢駅、間島駅(陸羽西線/羽越本線) 14:

記事を読む

「鉄旅日記」2020年盛夏 2日目(防府-肥前鹿島)その4‐企救丘、志井公園、小倉、黒崎、黒崎駅前、筑豊中間(北九州モノレール/鹿児島本線/筑豊電気鉄道) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】

鉄旅日記2020年8月14日・・・企救丘駅、志井公園駅、小倉駅、黒崎駅、黒崎駅前駅、筑豊中間駅(北

記事を読む

「鉄旅日記」2016年春 初日(東京-下北)その2-村崎野、六原、盛岡、八戸、野辺地、下北(東北本線、IGRいわて銀河鉄道、大湊線) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】

鉄旅日記2016年3月19日その2・・・村崎野駅、六原駅、盛岡駅、八戸駅、野辺地駅、下北駅(東北本線

記事を読む

「鉄旅日記」2022年皐月 ツレと訪ねた下部温泉~富士宮~田子の浦旅でございます。初日(東京-下部温泉) ‐市川大門、下部温泉(身延線)【Facbookへの投稿より振り返ります。】

鉄旅日記2022年5月28日・・・市川大門駅、下部温泉駅(身延線) 【武田信玄公隠し湯にて】

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

「車旅日記」2001年黄金週間 初日その3(東京-京都)-桂川PAから四条烏丸へ。恋焦がれた女性に会いにいく男の話でございます。【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】

車旅日記2001年5月3日・・・桂川PA 24:58 名神自動

「車旅日記」2001年黄金週間 初日その2(東京-京都)-初狩PA、諏訪湖SA、恵那峡SA、養老SA、多賀SA【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】

車旅日記2001年5月3日・・・初狩PA、諏訪湖SA、恵那峡SA、養

「車旅日記」2001年黄金週間 初日その1(東京-京都)-金町、高円寺駅、調布駅、日野駅、弁天島温泉天下茶屋 【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】

車旅日記2001年5月3日・・・金町、高円寺駅、調布駅、日野駅、弁天

「鉄旅日記」2001年初桜【京都の女性に恋をしていた頃がございました。そんなある3月の記憶でございます。】

鉄旅日記2001年3月31日 2001・3・31の記憶(京都編

「鉄旅日記」2001年如月誕生日その2【京都の女性に恋をしていた頃がございました。その日に京都にいたのでございます。】

鉄旅日記2001年2月17日 2001・2・17の記憶(京都編

→もっと見る

    PAGE TOP ↑