「鉄旅日記」2014年秋 その1-日進、宮原、加茂宮、北大宮、大宮公園、土呂、東鷲宮、鷲宮、栗橋、古河、新古河、野木、間々田、岩舟(川越線/東北本線/両毛線) 【休日おでかけパスで、関東ローカル旅】
鉄旅日記2014年11月3日その1・・・日進駅、宮原駅、加茂宮駅、北大宮駅、大宮公園駅、土呂駅、東鷲宮駅、鷲宮駅、栗橋駅、古河駅、新古河駅、野木駅、間々田駅、岩舟駅(川越線/東北本線/両毛線)
日進~土呂間(徒歩)
日進駅(にっしん)駅(川越線 埼玉県)にて

宮原(みやはら)駅(高崎線 埼玉県)にて

加茂宮(かものみや)駅(埼玉新都市交通 埼玉県)にて

北大宮(きたおおみや)駅(東武野田線 埼玉県)にて

大宮公園(おおみやこうえん)駅(東武野田線 埼玉県)にて

2014・11・3 7:21 土呂(とろ)駅(東北本線 埼玉県)
朝一番の西武線で出かける。
随分と星が出ていたっけな。
歩き始める駅は川越線日進駅。
旧街道の面影を感じる駅前で、昭和的な懐かしさを感じる。
約15分の北上。
生暖かい風から冷たい風に変わる。
高層マンションとイトーヨーカ堂。
そんな風景がやけに増えた。
何の変哲もない道を往くと宮原駅の入口はすぐに分かった。
大宮へと続く中山道の脇に広がる東口に僅かな繁華を見て今度は南へ。
街の風景に変わりはないが、時に鄙も混じる。
新幹線の高架に沿う加茂宮駅で小休止。
これといった感慨はない。
やがて通りに大宮アルディージャのフラッグがはためく頃になると街も華やいでくる。
北大宮駅はそんな華やぎに隠れるように存在する小さな駅だった。
駅前通りも狭い。
駅は東武ストアを併設し、頭には集合住宅を乗っけている。
そこから大宮公園は遠くない。
氷川神社、NACK5スタジアム、県営球場には寄らず、池を左に見ながら公園を抜けて大宮公園駅へ。
黒い造作の木造駅舎に感動した。
駅前風景で覚えているのは日本海庄屋があったことくらいだが。
「かえで」、「しで」の盆栽通りを1キロ歩けば土呂駅に着く。
80分の徒歩行だった。
それでこうして朝からビールを飲んでいる。

鷲宮(わしのみや)駅(東武伊勢崎線 埼玉県)にて

8:53 東鷲宮(ひがしわしのみや)駅(東北本線 埼玉県)
鷲宮で60分を過ごしている。
空の広い何もない道を東武伊勢崎線鷲宮駅まで往復する。
東武ストアが撤退したスペースが活用されることもないまま放っておかれている鷲宮駅。
まるで巨大な倉庫跡のようだった。
寂しいくらいにガランとしている。
JR駅周辺には百観音温泉と上品な女性が経営する喫茶店だけがある。
中学生の自転車通学者がヘルメットを着用している地域だ。
東鷲宮駅は上りホームが高架になっている。
階段を上がっていくと最初に見えたのはきれいな秋空だった。
そう言えば道々に柿が生っていたっけ。


9:14 栗橋(くりはし)駅(東北本線 埼玉県)
埼玉の東の外れの町に静御前の墓が伝わっている。
どうやら真偽は定かじゃないらしい。
源義経を愛し、鎌倉で悲しい目にも遭い、喜怒哀楽の果てに病んだ彼女。
きっと年も若かったのだろう。
哀れに思う。
駅前商店街を外れると田舎町だ。
さっきから鄙を感じている。
江戸時代には宿場とともに関所があったという。

新古河(しんこが)駅(東武日光線 埼玉県)にて

渡良瀬川にて

10:34 古河(こが)駅(東北本線 茨城県)
この街は元から常陸国だろうか。
東北本線中、唯一の茨城県の駅は文化都市の玄関口だった。
文学館、歴史博物館やらが案内表示に現れ、駅は賑わい、常磐線の街とは色合いを異にしている。
渡良瀬川を渡った先にある新古河駅までを往復する。
渡良瀬川一帯は埼玉、茨城、栃木、群馬4県の境で、新古河駅は埼玉県に属しているようだ。
駅前には大きな鰻屋があるだけで、一日を通して閑散としていそうな一帯だった。
堤防を歩くと昭和の台風で決壊した地点を伝える碑があった。
渡良瀬遊水地へ足を伸ばすのはあまりに遠くて諦めた。
それでもここ古河にも60分の滞在。

11:03 野木(のぎ)駅(東北本線 栃木県)
町制施行記念館に教えられる。
曰く、「夢なき人生に成長なし」。
歩くアテの見えない駅前にセブン-イレブンがある。
すっかりコンビニ飯に慣らされてしまったが、唐揚棒もアメリカンドックも本当に美味くて、しかも安い。
駅前の噴水広場でビールと煙草を楽しむ。
予報通りよく晴れているが風が強い。
関東平野は果てることなく続き、人々の暮らしもこの広大な平野で、果ては見えない。

11:21 間々田(ままだ)駅(東北本線 栃木県)
「決断の街」小山のひとつ手前。
駅前の歴史案内には関ヶ原と平将門の文字が目立つ。
天下分け目の合戦へと大返しをした覇王徳川家康の決断と分岐点となった地、小山。
そして日光へと続く道。
案内板に記されている過去と現在とで、おそらく間々田に課せられた地理的な役割は変わっていないだろう。
ただ、戦乱は今じゃ歴史書にだけ存在し、日光へと向かう道は他に便利なものが整備されたことにより、400年前のようにこの町が再び表舞台に登場する機会を想像できない。
退屈した気持ちで下り列車を待っている。

12:40 岩舟(いわふね)駅(両毛線 栃木県)
小山で両毛線に乗り換える。
今日はあたたかいな。
風が収まる気配はないが、弱まる時はとても心地よく、日差しはさんさんと降り注いでいる。
特に目につくものがない場所に駅があり、列車は止まり、降りて途方に暮れている。
岩舟観音というのが進行方向右手の岩山に祀られているようだ。
車内から稜線の端に突兀とした奇岩が見えた。
上州へ向かうこの路線には東武伊勢崎線同様にブラジル人をはじめ様々な人種が乗り込んでいる。
4月には太田で道を聞かれ、さっきの小山では年若い二人の女性に、今ここに停車している列車がどこまで行くのかを聞かれた。
彼女たちは伊勢崎に行きたいらしいが、残念だが次のは桐生までしか行かない。

関連記事
-
-
「鉄旅日記」2008年皐月 最終日(善通寺-東京)-善通寺、多度津、丸亀、坂出、岡山、京都、野洲、東京葛飾(土讃本線/予讃本線/本四備讃線/山陽本線/東海道本線) 【旅は京都から始まり、山陰から下関へ。そして四国へと渡ったのでございます。】
鉄旅日記2008年5月6日・・・善通寺駅、多度津駅、丸亀駅、坂出駅、岡山駅、京都駅、野洲駅(土讃本線
-
-
「鉄旅日記」2022年弥生vol.1 初日(東京-熱海)その3 ‐洋光台、港南台、本郷台、大船、湘南江の島、片瀬江ノ島、江ノ島(根岸線/湘南モノレール) 【金沢シーサイドライン、横須賀線、御殿場線、大雄山線、鶴見線、南武線etc.駅旅人本領発揮の旅でございます。】
鉄旅日記2022年3月5日・・・洋光台駅、港南台駅、本郷台駅、大船駅、湘南江の島駅、片瀬江ノ島駅、
-
-
「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 初日(東京-多治見)その4-古虎渓、釜戸、美乃坂本、多治見(中央本線) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】
鉄旅日記2019年3月23日・・・古虎渓駅、釜戸駅、美乃坂本駅、多治見駅(中央本線) 18:23
-
-
「鉄旅日記」2020年文月 初日(東京-香住)その1‐東京、国府津、小田原、三島(東海道本線) 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】
鉄旅日記2020年7月23日・・・東京駅、国府津駅、小田原駅、三島駅(東海道本線) 2020
-
-
「鉄旅日記」2003年冬 初日(宇部-博多)その2-博多の夜 【ご縁と別れがあり、34歳の誕生日を北九州で迎えた日の記憶でございます。】
鉄旅日記2003年2月15日 2003・2・15 サンシティ博多フレックス21 507号 とうとう
-
-
「鉄旅日記」2003年冬 最終日(博多-宇部)その1-博多そして小倉 【ご縁と別れがあり、34歳の誕生日を北九州で迎えた日の記憶でございます。】
鉄旅日記2003年2月16日 2003・2・16日の記憶 日曜日の朝だった。 34歳の誕生日に目覚
-
-
「鉄旅日記」2022年新春 最終日(三沢-東京)その2 ‐一ノ関、松山町、鹿島台、仙台(東北本線) 【巨大な土偶が貼りつく木造駅を見たくて冬の東北を旅しました。】
鉄旅日記2022年1月10日・・・一ノ関駅、松山町駅、鹿島台駅、仙台駅(東北本線) 11:5
-
-
「車旅日記」1997年1月【空しい日々を振り払い、28年目の人生もまた旅。そんな年頭の姿でございます。】-町田、愛甲石田駅、御殿場駅、岩波駅、熱海駅、西湘パーキング、奈良北
車旅日記1997年1月4日 1997・1・4 1:01 東京町田 明かりをつけた部屋にストーンズの
-
-
「鉄旅日記」2019年年始 初日(東京-一ノ関)その2-新津、新発田、坂町、小国、今泉、西米沢~上杉家御廟~上杉神社~南米沢(信越本線/羽越本線/米坂線) 【雪が見たくて北へ向かいました。そして初めて仙台空港線に乗ったのでございます。】
鉄旅日記2019年1月5日・・・新津駅、新発田駅、坂町駅、小国駅、今泉駅、西米沢駅、南米沢駅(信越本
-
-
「車旅日記」2000年夏Part.2 4日目(宇部-東京町田)佐波川SA、宮島SA、久地PA、帝釈峡PA、美作追分PA、社PA、桂川PA、多賀SA、東郷PA、三方原PA、牧之原SA、駒門PA 【友を訪ねて備後福山へ。長門宇部へ。2000㎞に及ぶ長大な旅路でございました。】
車旅日記2000年8月15日~16日・・・佐波川SA、宮島SA、久地PA、帝釈峡PA、美作追分PA、
