*

「車旅日記」1996年夏【再び北を目指した夏。不慮の事故に遭い、打ち切らざるを得なくなったのでございます。】最終日 事故から帰京を振り返って。

公開日: : 最終更新日:2025/05/13 旅話, 旅話 1996年

車旅日記1996年8月15日

1996・8・15 東京
望郷の思いとは別に昨日家に帰り着いた。
後悔とか、そうした感情をはさむ余地のない理由がそこにあった。

事故に遭ったのは三条市内の8号国道上。
後ろにいた善人のオジサンは八戸人だった。

衝撃は不意だった。
横を流れる信濃川や雄大な穀倉地帯に満足していたところを、ハンドルを握ったまま前に押し出された。

これはオレが乗る車が受けた衝撃に違いないが、状況の把握に数秒を要した。
後ろにいたオジサンは明らかに「しまった」という顔をして車から降りてきた。
その時になってようやくオレは夏休みがふいになったことを悟った。

彼にはぞんざいな口のきき方をした。
だけど彼に対して敬意を表す口のきき方になるのにたいした時間はかからなかった。
オレはそんな男よ。

しばらくの間、2人で汗を拭きながら警察車の到着を待った。
人間は本来善意を持った生き物なのだろう。
無言でいたわけじゃない。
悲しい気持ちのまま、精一杯人間であろうとした。

やがて交通警察はやってきた。
人のよさそうな笑顔の持主と、冷静な表情の2人組。

笑顔の方はオレのツアーに対して理解を示してくれた。
そこでも人間の本質を見たような気持になった。

必要な手配を済ませてオレとオジサンは自然に朝食を共にしようと言い合った。
2台の車はオレを先頭に走り出した。

だけど適当な食堂はなく、途方に暮れた。
やがて反対車線に賑やかな空間を見つけて、そこの駐車場に入った。
だがそこでもオレたちに飯を振る舞う店はどこにもなかった。

青空の下に置かれた白いテーブルと椅子。
彼は100円のジュースをオレに振る舞い、自分のこと、ご家族のこと、仕事のこと、様々な話を聞かせてくれた。

最後はお互いに笑顔だった。
そしてオレたちは東と西に別れていった。
奇妙な縁だったけど、その時にはもう彼に友情のようなものを感じていた。

元来た道を戻った。
湯沢までの道程。
そこでも視界に広がる穀倉地帯を見て満足していた。

それからのハイウェイ。
あれはやっぱりオレの走る道じゃない。
どうしてもバカみたいなヤツが周りをうろつく。
国道では勝負できない連中だ。

おとなしくしていたよ。
そこはオレのいるべき場所じゃなかったから。

ハイウェイを下りたのは確か16:00頃のこと。
それから家に帰り着くまで3時間を要した。

あんな時間に東京に帰ってきたくはなかった。
夜中か早朝。
くだらない感慨を思いつきようもない時間に走り抜けたかった。

だけど家族には事故を報告している。
きっと夕食を用意してオレの帰りを待ってくれているだろう。
そんな思いがあった。
そして米軍キャンプ脇の渋滞に巻き込まれた。

旅は終わったわけじゃない。
あの八戸のオジサンには悪いけど、ハイウェイに乗った時点からどうしようもない後悔に似た感情が込み上げてきた。
本来の居場所じゃないところに居合わせた居心地の悪さを感じていた。

体の方は何ともない。
もっともオレはあれくらいのことでどうにかなるようなヤツじゃないけど。
友人に宛てた残暑見舞いにも書いたけど、頑丈に生んでくれた両親に感謝しているよ。

国道には9月に戻る計画でいる。
それまでにオレが幸せになれたら別な話になるけど。

「幸せな男がひとり旅なんかするかよ」。

オレの夏休みはぽっかりと空いた。
今夜友人のひとりと連絡をとって、どうにか明日の予定を埋めた。
ヤツはそんなオレに「気にするな」と言ってくれた。

オレにもいい友達がいる。
彼女にもそんなオレのことを教えてあげたい。

その彼女に今日こんな便りを出した。

残暑お見舞い申し上げます。
元気ですか?
本当は旅先で書こうと思っていたけど、昨日新潟で事故に遭って今東京にいます。
悔しいな。
ところで君は今どこにいるんだ?
ステキな夏休みになっているといいな。
暑いけど、オレの方はこっちにいるしかないな。
また元気で逢おう。
8・15東京

旅先で彼女に便りを出すつもりでいたんだ。
このひとり旅の中に無理やりにでも彼女を割り込ませようと思っていたんだ。

そんな目論見は潰え、プライベートでも忙しい彼女は一体今どこにいるのか。
それさえオレには分からない。
この夏、二人はそんな間柄でいるしかなかった。

酔っ払って便りを書いたんじゃない。
オレは彼女が好きなんだ。
そんな気持ちを日記に下書きしたうえで清書した。

絵葉書の柄は、この夏にはまるで関係のない夜明け前の富士山。
それは持っているポストカードの中で一番のお気に入りだった。

そうした事情はいずれ彼女に伝わる。
そう思っているよ。

夏が生きているのなら、そのうちに。
でも秋になっても構わない。
彼女がオレを大切な男だと思ってくれるのであれば。

勇気はこの東京で作ろう。
それしか、もう手はなくなったんだ。

関連記事

「鉄旅日記」2018年如月 初日(東京-直江津)その2-三つ峠、塩山、酒折、塩尻、新島々、西松本、松本(富士急行/中央本線/アルピコ交通上高地線) 【冬の町を見たくて、週末パスを買いました。】

鉄旅日記2018年2月10日・・・三つ峠駅、塩山駅、酒折駅、塩尻駅、新島々駅、西松本駅、松本駅(富士

記事を読む

「鉄旅日記」2018年初秋 初日(東京-桑名)その1-金町、新宿、新松田、松田、沼津(常磐線/山手線/小田急小田原線/御殿場線/東海道本線)【「JR東海&16私鉄乗り鉄☆たびきっぷ」でめぐる東海旅】

鉄旅日記2018年9月15日・・・金町駅、新宿駅、新松田駅、松田駅、沼津駅(常磐線/山手線/小田急小

記事を読む

「鉄旅日記」2007年如月 初日(東京-天王寺)-東京、名古屋、大垣、米原、草津、柘植、京都、木津、京橋、天王寺(東海道新幹線/東海道本線/草津線/奈良線/学研都市線/大阪環状線) 【初日天王寺、2日目奈良。宿泊地だけを決めて、心のままに移動した記録でございます。】

鉄旅日記2007年2月10日・・・東京駅、名古屋駅、大垣駅、米原駅、草津駅、柘植駅、京都駅、木津駅、

記事を読む

「鉄旅日記」2019年如月 初日(東京-安中)その2-伊豆急下田、伊豆高原、橋本、八王子、東福生、福生、拝島(伊豆急行線/横浜線/八高線/青梅線) 【週末パスで東京から伊豆。そして上州、信州へ。友人は言ったものでございます。何気に大層な移動距離だと。】

鉄旅日記2019年2月9日・・・伊豆急下田駅、伊豆高原駅、橋本駅、八王子駅、東福生駅、福生駅、拝島駅

記事を読む

「鉄旅日記」2018年弥生 初日(東京-会津若松)その3-只見、会津川口、会津本郷、南若松、会津若松(只見線/会津鉄道) 【青春18きっぷを握り、目指したのはまたしても会津。練馬から旅立つ最後の旅でございます。】

鉄旅日記2018年3月3日・・・只見駅、会津川口駅、会津本郷駅、南若松駅、会津若松駅(只見線/会津鉄

記事を読む

「鉄旅日記」2019年師走 最終日(酒田-東京)その3‐押切、帯織、長岡(信越本線) 【由利高原鉄道鳥海山ろく線に乗りにいきました。初冬の日本海は荒々しく、美しゅうございました。】

鉄旅日記2019年12月8日・・・押切駅、帯織駅、長岡駅(信越本線) 15:35 押切(おしきり)

記事を読む

「鉄旅日記」2021年春 初日(東京-米内沢)その3‐梅ヶ沢、一ノ関、盛岡、小岩井(東北本線/東北新幹線/田沢湖線) 【大人の休日倶楽部パスで東北へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。続くコロナ禍ではございますが、約半年の辛抱の時を過ぎて、天候にも苛まれながら秋田内陸縦貫鉄道に乗りに行きました。】

鉄旅日記2021年4月17日・・・梅ヶ沢駅、一ノ関駅、盛岡駅、小岩井駅(東北本線/東北新幹線/田沢

記事を読む

「鉄旅日記」2016年春 2日目(下北-石巻)その2-金田一温泉、斗米、二戸、好摩、いわて沼宮内、厨川、矢幅、日詰、小牛田、涌谷、石巻(IGRいわて銀河鉄道、東北本線、石巻線) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】

鉄旅日記2016年3月20日その2・・・金田一温泉駅、斗米駅、二戸駅、好摩駅、いわて沼宮内駅、厨川駅

記事を読む

「鉄旅日記」2008年皐月 4日目(徳島-善通寺)その1-徳島、中田、旧小松島駅、南小松島、阿南、牟岐、海部、甲浦(牟岐線/安佐海岸鉄道) 【旅は京都から始まり、山陰から下関へ。そして四国へと渡ったのでございます。】

鉄旅日記2008年5月5日・・・徳島駅、中田駅、旧小松島駅、南小松島駅、阿南駅、牟岐駅、海部駅、甲浦

記事を読む

「鉄旅日記」2009年秋 2日目(新山口-大分)その1-新山口、宇部、居能、雀田、長門本山、小野田、厚狭、新下関、下関、門司、小倉(山陽本線/宇部線/小野田線/長門本山支線/山陽本線/鹿児島本線) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】

鉄旅日記2009年9月19日・・・新山口駅、宇部駅、居能駅、雀田駅、長門本山駅、小野田駅、厚狭駅、新

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 最終日(静岡-東京)その5 ‐東浦和、東川口、吉川、吉川美南、南流山(武蔵野線) 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】/江戸川堤菜の花絶景

2022年3月21日・・・東浦和駅、東川口駅、吉川駅、吉川美南駅、南

「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 最終日(静岡-東京)その4 ‐西国分寺、北府中、新小平、青梅街道、北朝霞、朝霞台(武蔵野線) 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】

鉄旅日記2022年3月21日・・・西国分寺駅、北府中駅、新小平駅、青

「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 最終日(静岡-東京)その3 ‐南甲府、金手、甲府、八王子、京王八王子(身延線/中央本線)/甲府城跡 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】

鉄旅日記2022年3月21日・・・南甲府駅、金手駅、甲府駅、八王子駅

「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 最終日(静岡-東京)その2 ‐十島、鰍沢口、甲斐住吉、国母、常永(身延線) 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】

鉄旅日記2022年3月21日・・・十島駅、鰍沢口駅、甲斐住吉駅、国母

「鉄旅日記」2022年弥生vol.2 最終日(静岡-東京)その1 ‐新静岡、静岡、由比、富士、芝川(東海道本線/身延線)/駿府城址 【念願の大井川鐡道に乗る旅。帰りは身延線経由、武蔵野線全駅下車達成でございます。】

鉄旅日記2022年3月21日・・・新静岡駅、静岡駅、由比駅、富士駅、

→もっと見る

    PAGE TOP ↑