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「鉄旅日記」2008年皐月【旅は京都から始まり、山陰から下関へ。そして四国へと渡ったのでございます。】2日目(出雲-仙崎-下関-柳井)-出雲市、大田市、益田、長門市、仙崎、阿川、小串、幡生、防府、柳井(山陰本線/仙崎支線/山陽本線)

公開日: : 旅話 2008年

鉄旅日記2008年5月3日
2008・5・3 8:10 出雲市(いずもし)駅(山陰本線 島根県)
出雲を後にする。

昨夜は明かりにつられて歩いた。
人の姿は見かけなかった。
街の規模に対して、地味ながらも立派な歓楽街が形成されていた。
スナックが多かった。

出雲大社の方を望む。
神々が集う山々が神々しい。
今朝歩いたら、昨夜は見えなかったものの多さに仰天した。
面白い街だった。

元気な雲州娘たちが乗ってきた。
背中には「松江女子」とある。

乗り合わせた母娘に手を振っている。
人が作る素敵な風景と言える。

10:02 大田市(おおだし)駅(山陰本線 島根県)
1時間ばかり街を歩いた。


スナックの多い通りを抜けて川を渡り、喜多八幡宮。
そこから街を眺める。


朝からいい陽気だ。
山陰本線の車窓風景が素晴らしい。
水平線が霞んで、海と空が同化していた。

石造りの古いトンネルを抜けると、石州大田。
跨線橋の鉄柱は年代物らしい。

駅を出ると世界遺産石見銀山へ向かうバス停に行列ができている。
ちょうどブームに沸く頃だ。

ホームで騒いでいるのは大田高生か。
連休にクラブ活動に出かける子供たちを見るオレの目は優しいはず。
オレもそうだったから。
去年は広島の塩町でそんな少年と親しく話す機会が持てた。

土産はここで買ったよ。
とても親切な店員さんで、素敵な思い出ができた。

送料に、ビール代までまけてくれたよ。
順番を人に譲り、少し待っただけなのに、あんなにも感謝されるとは。

石見人を称賛する司馬遼太郎の石碑を見たのは、確か浜田でのことだった。

13:13 益田(ますだ)駅(山陰本線/山口線)
こじんまりとした街だった。

さっき大勢が降りた街だけど、みんなバスに乗ってどこかへ行ってしまった。

市内に4軒の店を持つという回転寿司屋に入ったが、回ることはなく、客はオレひとり。
サービスで出してくれた汁物が美味かった。

寿司屋の大将から聞いた話を並べると、自民党を出て、現在国民新党の亀井代議士はこの地域の殿様の末裔とのこと。
そういえば、大田にもポスターが貼られていた。

繁華街と呼べるものは今はなく、人の流れは郊外に移っている。
そして経営も大変だと。

夜の灯は想像しなかった。

新天街を歩いていて、目があったご婦人に会釈をしたら返してくれて、おまけに「オニイサン何の商売?」ときたもんだ。

うれしいね。
大きなトランクを持って歩く車寅次郎スタイルでいる甲斐がある。

地元の悩みしか聞けなかったが、旅をするにはいい土地だ。
ずっと海を眺めていたよ。

それにしても浜田~長門市間の時刻表は寂しすぎる。

今も海を見ている。
益田は日本一の清流高津川が流れる街とのこと。

市役所は歴史的建造物と言っていい。

15:36 長門市(ながとし)駅(山陰本線/仙崎支線/美祢線 山口県)
長州の小さな街に着いた。

街道筋の街。
日本一の焼鳥の街でもあるらしい。

駅を降りて、特徴を挙げられない。
駅舎がある反対口には古ぼけたセントラルホテルと大型スーパー。

仙崎行の車内では日除けのカーテンが引かれている。

16:00 仙崎(せんざき)駅(山陰本線仙崎支線 山口県)
金子みすゞの町を、みすゞロードの途中まで。

風情が素晴らしい。
まるで島のように、町は独立していた。

赤ら顔の外人が歩いていたり、萩焼を売っていたり。

すぐに立ち去るには惜しい町並だった。
せめて埠頭までたどり着きたかった。

16:15 長門市(ながとし)駅(山陰本線/仙崎支線/美祢線 山口県)
小串行に乗り込んでいる。
山陰本線はまだしばらく続く。

さっき萩を通った。
宇部で知り合った女性の運転する車で降りて以来。

彼女とはあれから秋吉台に行って、宇部でお茶を飲み、空港で別れてそれきり。

歴史的な萩駅にも案内してくれた。
あれきりの縁だったが、心を豊かにしてくれたよ。

山陰本線は郷愁をそそる。

相変わらず海を眺めている。

16:56 阿川(あがわ)駅(山陰本線 山口県)にて
列車行き違い数分の停車。

17:37 小串(こぐし)駅(山陰本線 山口県)
いよいよ山陰本線も最終区間に入った。

駅からは海が見える。
日本海と長閑な風情が続いている。

かつての革命家たちの王国が、当時のまま残されているとも言える。

時折見かける藤の花の可憐さに惹かれている。

石見での車中の賑わいは、とうに消えている。

18:29 幡生(はたぶ)駅(山陽本線/山陰本線 山口県)
下関車両区の壁のムコウ。

夕方の高校生の集団と一緒に乗り込んだら、席はすでに埋まっている。
山陰路との明確な差がある。

新下関ではかなり降りた。
下関市内には、しばらく嗅いでいなかった都市の匂いがある。

厚狭あたりまではこの状態が続くのだろうか。
日暮れまではまだ時間がある。

長州人は訛を隠さない。
美人も多い。

次の停車駅は乃木大将を生んだ長府。

山陰本線はすでに完全な過去になっている。

20:23 防府(ほうふ)駅(山陽本線 山口県)
下関を除いて山陽本線に現れた最初の高架駅。
防府という街で、列車の到着を待っている今を気に入っている。

ここまで歩んできた人生も同時に想う。
感動しながらビールを空ける。

ホームだけを見ると東京の近郊駅のようだ。
街に目立つものはなかったが、駅には何事かがあった。
防府という街が、県内に向けて誇示したいものがあるように思う。
有名な防府天満宮の玄関として恥じない顔を、駅は持つ。

周辺に田舎の風情はあまり見られないが、これぞ防府というものも見られない。

走り出した。
歓楽街がすぐに見つかり、空港を思わせる巨大な灯の集合体が見え、今また車窓は闇に変わった。

大型店舗に見たこともないような巨大なパチンコ屋。

防府もそんな街になり、富海という駅に着いて、防府で起きていたことは収まった。

23:14 柳井ステーションホテル307号
厚狭、宇部、徳山。
人の流れが分かった。
行儀の悪いヤツはどこにでもいるが、愛する山口県内では見たくなかった。

下松、光、工業地帯の灯。
余計なお世話だろうが、山口には廃れてほしくない。

そして過去となった宇部を、あれはもう過去のことだと思う気持ちのまま通り過ぎた。

今思う。
あの街で、友人は元気か。
あの女性は元気だろうか。

「豊饒の海」4部作の第1部「春の海」を読了した。
読後感は悪くない。
まだ3部が残る。
この旅でどこまで進むだろうか。

司馬遼太郎がよく著書に記した「中国者の律儀」。
会話を交わしたすべての人々が素晴らしかった。

今、柳井にいる。
白壁の街として知られる柳井の人口は3万人ほどだという。

さっきまでいた店のマネージャーに聞いたよ。
人懐こい、いい男だった。
ちょっとしたウソをついてしまったが、許してほしい。
旅の方便さ。

街の灯は想像以上に暗かった。

「柳井に何があるの?」
宇部のあの女性は、オレにそう聞いた。

柳井の売りは駅周辺にはないという。
大田でもそうだった。
朝になったら見つけにいこう。

明日は四国上陸。

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