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「鉄旅日記」2015年夏【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】2日目(新南陽-鹿児島中央)その2-直方、新飯塚、彦山、豊前桝田、夜明、御井、川尻、住吉、三角(筑豊本線/後藤寺線/日田彦山線/久大本線/鹿児島本線/三角線)

公開日: : 最終更新日:2020/09/09 旅話 * 結婚後2015年

鉄旅日記2015年8月13日その2
10:25 直方(のおがた)駅(筑豊本線/平成筑豊本線伊田線 福岡県)
この街には明後日戻ってくることになる。
ただ両日とも本来必要な時間はとっていない。

今日は10分のみ。
腹が減っている。
九州駅そば名物「かしわうどん」の美味さはよく知っている。

ゆっくり歩いてみたい街だが、その希望は後年に回され、足はそば屋に向いた。

直方の英雄、元大関魁皇が駅前で巨大な銅像となって、永遠なる地元凱旋を果たしていた。

10:45 新飯塚(しんいいづか)駅(筑豊本線/後藤寺線 福岡県)
この土地から荒くれ男たちが去ってどれくらいの歳月が流れているのか正確には知らない。

こんな曇り空の下じゃ見るものすべてが廃れて見える。
飯塚の繁華街は駅から離れたところにある。
あの街を歩いたのも10年の昔になる。

駅に降りて見渡してみれば高層マンションやビジネスホテルが林立している。
その様は街を思わせるが、商店街が見当たらない。

富士山をふたつくっつけたような山が見える。
あれがかつての炭鉱町の名残りで、僅かに残ったボタ山らしい。

11:48 彦山(ひこさん)駅(日田彦山線 福岡県)
神域英彦山の麓に朱を基調とした神色の駅がある。
駅前には観光駅らしい食堂があるが、今はビール以外は欲しくない。

九州で涼しい夏の日を生きている。
ここから添田に戻るつもりでいたけど、さっき乗ってきた列車がそのまま折り返すとは思っていなかった。
気づくのが遅れて列車は発車してしてしまい、無情の結果にこの先を決めかねている。

後藤寺線には初めて乗った。
飯塚から後藤寺へとひたすら下りていく道中だった。

簡易駅舎ばかりが並ぶ路線で、かつてはターミナル駅だった下鴨生駅には駅舎すらなかった。

12:37 豊前桝田(ぶぜんますだ)駅(日田彦山線 福岡県)
彦山駅で予定が狂い、次の決断までたいして時間は要しなかった。
ぼんやりと次の列車が来るのを待つのなら、ひと駅歩く。
それがオレの旅。

下り坂を利用して鉄道で6分の道程を一目散に歩く。
民家がそのままケーキ屋になった店と名水の水汲み場が目についただけの田舎道だった。

駆け足を交えて37分。
いい加減着いてもいいだろうと思う頃に集落が現れ、盆踊り会場の背後にひっそりとこの駅はあった。

県道に豊前桝田駅へと誘う表示はなく、うっかりすれば見落としてしまう。
白いペンキで達筆に駅名が書かれた木札が、物置のような雨覆いに打ちつけられていた。

13:22 夜明(よあけ)駅(日田彦山線/久大本線 大分県)
その名から鉄道マニアには有名な分岐駅にやってきた。
山間の川辺を見下ろす位置にある。

乗換時間として用意されていたのは4分。
そこにいたという記憶だけを残して久大本線完乗に向けて久留米行に乗り換える。

かつて車寅次郎がこの駅にいた姿を覚えている。
彼はここから同じ稼業の友を見舞いに秋月へと向かい、恋に落ちる。

筑後川との出会いは橋の上で、一番後ろの車両で過ぎ行く景色を眺めているオレには、その姿を見ることはできなかった。

13:59 御井(みい)駅(久大本線 福岡県)
外輪山に囲まれた筑後平野がやけに美しく見えた。
駅舎のない駅で4分の行き違い停車。

ここはすでに久留米圏内で、この1両編成の列車はじきに人で溢れそうだが、1本の線路はここまで蛇行を繰り返しながら草深い地域を走ってきた。

6世紀にこの地で大和朝廷軍と磐井反乱軍との大会戦が行れ、大将軍磐井は斬られたというが、一説には逃れて行方をくらましたという。

磐井の乱は九州を戦場にしたことからローカルな印象を受けたものだが、磐井とは朝鮮半島や中国大陸とも手を結べるほどの巨大勢力であったことを黒岩重吾さんの小説で後に知った。

筑後川を挟んでの攻防だったのだろうか。
古代史にはロマンがある。

16:04 川尻(かわしり)駅(鹿児島本線 熊本県)
日差しが戻るとにわかに気温が上昇し、ここでビールにありつく。
3号国道まで歩けば売っていた。

緑美しい熊本平野。
とても豊かな景色だ。

緑川の川辺は西南戦争当時に薩軍の本営が置かれ、その旧跡が残る町。
南九州ではあの戦争は今も身近な存在であることはかつての旅で知っている。

新幹線開通により沿線風景が変わった川尻には古い駅舎が残っている。

久留米で荒尾行に乗り継ぎ、列車の若干の遅れから荒尾駅で降りることができず、またタオルを失くしてしまったことで少ししょげていたけど、日差しとともに気分は上向いた。
東京に帰ったら少しは忙しくなりそうな電話が得意先からいくつか入っている。

この駅で熊本始発の三角線の到着を待っている。

16:25 住吉(すみよし)駅(三角線 熊本県)
三角線に入ると島原雲仙の峰が見え隠れする。
絶景ポイントは訪れる。
きっと訪れる。
そう思いケータイを構えていたら、やってきた。
これも目的のひとつだった。

駅舎のない駅に停車を続けていく三角線。
ここで数分の停車。

この景色を前にして寝てしまうのは惜しい。
もっとも混んでいてずっと立っている。

天草観光の客はそれなりに多いようだ。

車窓からの風景


16:58 三角(みすみ)駅(三角線 熊本県)
天草観光に繰り出す人々の多さに驚嘆している。
一緒に乗り合わせたあの女性たちはどこへ向かうのか。

先だって決まった世界遺産登録の対象には三角西港も含まれている。

港にある渦巻きのようなオブジェは健在だった。
とても印象的な構造物で、かつて訪れた際の記憶として最も残っていたものだった。

駅前では天草四郎を模したゆるキャラが本渡への上陸を勧めている。
彼は歴史的にはどういう位置づけでいるのだろう。
反逆人か殉教者か、はたまた悲劇的生涯を送った美少年か。

三角駅を訪れたのが何年前のことなのか思い出そうとすることを脳が拒否している。
若干の疲労を伴う作業であることは確かだ。

駅はあの当時から新しくなっているような気がするが、この判断が正確かどうか自信はない。
待合室は気品に満ちている。


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