「鉄旅日記」2009年秋 3日目(大分-佐賀)その1-大分、中判田、豊後竹田、宮地、肥後大津、水前寺、辛島町、熊電上熊本、上熊本(豊肥本線/熊本市電) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】
鉄旅日記2009年9月20日・・・大分駅、中判田駅、豊後竹田駅、宮地駅、肥後大津駅、水前寺駅、辛島町電停、熊電上熊本駅、上熊本駅(豊肥本線/熊本市電)
2009・9・20 7:48 大分(おおいた)駅(日豊本線/久大本線/豊肥本線 大分県)
去りがたい街の上空は日本晴れ。
車で旅をしていた頃、駅に寄った際に改札を行き来する人々を眺めて、そっちの住人になりたいと思ったのが、ここ大分駅。
そして徳島の阿波池田駅。
大分川を渡ると日豊本線と分かれ、街とも別れる。
大分の街並
8:37 中判田(なかはんだ)駅(豊肥本線 大分県)
JR九州の車両はどれも様子がいい。
まるで特急列車に乗ってるみたいだ。
今日も強烈な日差しが照りつけている。
つくづく西の国に来たのだと思う。
ここを終点にする列車に乗った。
大分の次の駅は駅舎のない無人駅。
ここは4駅目。
駅前商店街などない田舎駅。
川の気配を感じたのでそこまで歩く。
大野川という。
どうということもない眺めとも言えるが、心は動いた。
近くにいくつか城跡があるようだが、どこも歩いては行かれない。
駅に戻り、強烈な日差しに焼かれながらベンチに座って次の列車を待っている。
10:31 豊後竹田(ぶんごたけた)駅(豊肥本線 大分県)
水のまちを謳う涼しげな城下町に着いた。
稲葉川の流れはとても優雅だ。
「荒城の月」が駅に流れている。
その荒れ城、岡城址はそう遠くない。
いつかこんな町で月を眺めてみたい。
そんなことを5年前にも記したはずだ。
観音寺、十六羅漢、円通閣、愛染堂を巡って、町を歩く。
白壁の道が続いていた。
倉敷には行ったことはないが、いつか行ってこの町と比べてみたい。
この竹田の町を丸ごと文化財に指定する動きがあるとするなら、喜んで票を投じよう。
朽ち果てた能楽堂がある小高い神社から町を眺めた。
しきりに彼女の顔が浮かぶ。
素敵な場所に来ると彼女を想う。
宇多田ヒカルさんの楽曲「Automatic」は、確かそんな作用を歌っていた。
11:58 宮地(みやじ)駅(豊肥本線 熊本県)
赤とんぼが迷い込んだ。
秋なんだな。
日本晴れの下、阿蘇にいる。
願成就トンネルを抜けると阿蘇火山帯に入り、北外輪山が右手に見える。
車内にため息のようなものが漏れる。
阿蘇とは、そして日本とはかくも美しい。
どこか女性的な竹田から男っぽい阿蘇へ。
豊肥本線の旅は素晴らしい。
渋滞している豊後街道こと57号国道を5年前に通っている。
サングラスをかけた肥後娘が「Superfly」を大音量でかけながら苛立っていた。
お寺のような豪快な宮地駅に寄らなかったことを後悔したものだ。
駅に着いたら人懐こい猫が人々を驚かせ、北外輪山がよく見える場所を探して歩いたけど、うまく探せそうにない。
ビールと煙草を購入して駅に戻った。
阿蘇五岳の偉容は見てて飽きない。
阿蘇の全容は実はよく分かっちゃいないが、今ここにいること。
それだけで十分だ。
13:43 肥後大津(ひごおおづ)駅(豊肥本線 熊本県)
阿蘇は彼方。
この駅も懐かしい。
和食の店に入ってカツ丼とビールを注文。
お通しに食後のコーヒーまでついてきた。
テレビで流れていたNHKのお笑い番組も笑えた。
人のいい小さなおばあちゃんがかわいらしい。
大事にしたいと心から思える方だったよ。
宮地を出る普通列車は、たいてい肥後大津行。
でもホームには乗り継ぎ列車が待っているため、誰もこの駅に降りない。
オレは違うんだ。
肥後大津での思い出を増やせてうれしく思ってるよ。
阿蘇外輪山の姿がとうとう視界から消えてしまった。
14:32 水前寺(すいぜんじ)駅(豊肥本線 熊本県)
その駅名を聞いて思いが湧き、降りてみた。
肥後大津からは僅かな距離と言える。
熊本と阿蘇は近い。
でも都市型の駅を見て、通りを眺めて、やはり阿蘇は過ぎてしまったのだと思う。
駅の1階にはシックな美容室が入り、背後にはマンション。
周辺の商店の数は少なかった。
5分ほど歩いた通りを市電が走っている。
全日本プロレスがいくつかの王座戦を組んだ水前寺体育館は、そこから3つ目の電停で降りるようだ。
背後から自転車を猛スピードで走らせてきた少年が、おそらく自ら作ったのであろう焼物を落として割った。
拾う手助けをしたんだ。
きちんとした敬語を使う少年だったよ。
16:13 上熊本(かみくまもと)駅(鹿児島本線 熊本県)
衝撃を受けた。
上熊本駅舎、あの歴史的建造物が解体されていた。。
熊本駅も改装中だった。
九州新幹線開通に伴う高架化が大切なものを奪ってしまった。
旧上熊本駅舎は一部が保存され、市電の終着駅の上屋に転用されている。
だけど悲しいよ。
2006年のことだったそうだ。
あの勇壮な姿は、オレの記憶にしか残していない。
熊本に降りて同じように嘆いたあと、市電に乗った。
乗換の辛島町まで。
繁華街はそこにあった。
サンロード新市街、上通り、下通り。
そこから西銀座通り、酒場通りといった枝通りが熊本城や市役所に向かって延びている。
凄まじい人通りで、大阪御堂筋や神戸元町を思わせる。
駅前しか知らずにいたオレは、街の大きさに仰天したよ。
この上熊本を始発にして熊本電鉄が出ていて、聞いたことのないところを通って、聞いたことのないところで終点を迎える。
ホームで待つ。
博多行のリレー特急が停車した。
熊本の街並(辛島町周辺)
市電乗場
熊電上熊本(くまでんかみくまもと)駅(熊本電鉄)にて
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