「鉄旅日記」2006年如月 最終日-安房勝山、君津、木更津、上総亀山、蘇我(内房線/久留里線/京葉線) 【鉄道旅に目覚め、1泊2日で房総半島にまいりました。】
鉄旅日記2006年2月5日・・・安房勝山駅、君津駅、木更津駅、上総亀山駅、蘇我駅(内房線/久留里線/京葉線)
寒い朝だった。
海上は穏やかで、対岸の横須賀の街は白く、工場の煙突が3基はっきりと見える。
霊峰富士も白い姿を見せている。
海辺へ。
伊豆で旗揚げした源頼朝が石橋山合戦で破れ、海上を漂い、勢力を募るために上陸した地が、勝山だった。
それは館山だったのではないかとの説もあったが、勝山に落ち着いたという。
そこは海水浴場で、夏を待つ店が並んでいた。
中でも洒落た店があって、早くから営業していて、紳士がコーヒーを飲んでいた。
川の手前で左折して駅への道。
畑の主はすでに今年の仕事にとりかかり、幼稚園をはじめ、風景は長閑だ。
赤い屋根を乗せた安房勝山駅はとても小さい。
駅前ショップはすでに開いていて、10:24に発車する上り列車に合わせて人々が集まってきた。

2013年3月9日撮影
昨夜ライトアップされていたのは、城を模した展望台とのこと。
気さくな駅員さんが教えてくれた。
「何もないところです」と彼は言うが、オレには十分だ。
部屋からも勝山海岸からもよく見えた富士山は、跨線橋からも美しい。
あたりは適当に鄙びていて、思えばこれまでこんな駅で列車を待ったことはなかった。
映画「男はつらいよ」の冒頭、夢から覚めた車寅次郎は人気のない駅でいつもこうして待っていた。
千葉行に乗って読書の続き。
登場人物の侍のその後が気にかかっていた。
彼は自身の悪い噂を流した男を斬り、屋敷に立てこもり、上意によって差し向けられた男達を迎え撃つ。
そして十数本の白刃の下で果てた。
「男の意地」というものを教えられた朝でもあった。
保田、浜金谷、竹岡。
列車は内房の海に沿って進んでいく。
かつての社員旅行で鋸山から下りてきた場所も特定できた。
勝山で眺めていた景色が近づいてくる。
線路が海を見ているあたりまでは、千葉県というより安房国を感じていた。
君津はだだっ広く、人の姿が希薄な街だった。
長い跨線橋が、君津駅が過去から現在に至るまで果たしてきている役割を静かに語っている。

2018年9月23日撮影
駅前で幅を利かせているのは和民、魚民、白木屋。
佐倉でもそうだった。
その光景を眺めると物悲しくなる。
古くからの勢力は姿を消してしまったのだろうか。
君津からが東京圏と思っていたが、次の木更津までの区間には、見たこともないほど大量の洗濯物が干された風景ほか、車窓の多くは牧歌的だった。
木更津は思っていたような街だった。
街はそれなりに賑やかで、史跡もある。
通りには街にちなんだ歌舞伎の文句が石に彫り付けてある。
駅舎もまた重厚だ。
臨海地帯では工場から煙が上がる。
視界からすでに海は消えていた。
暖かかった景色も形を変えてしまった。

2013年2月17日撮影
久留里線発車まで約30分。
2両編成のディーゼル列車はすでに入線している。
お年寄りばかりを乗せて、やがて田園地帯を進む。
そこは千葉の大いなる古里。
これまでに通ってきた道程にあんな風景や、こんな簡素な駅はなかった。
道中に町はなく1時間が経ち、幽谷の地へ。
終着駅の上総亀山。
駅前に食堂を見なかった。
確たる表示もなく、当てずっぽうに歩いてトンネルをくぐる。
開けた先に広がっていたのは深い山里。
道を誤り、蛭に注意しろとの表示にはほんの少しだけ怯えた。
今日あの道を歩いたのは、おそらくオレだけのように思う。
さらに当てずっぽうに歩くと、今度こそ表示を見つけて亀山ダムへ。
美味いものを出してくれそうな店もあったけど、時間には限りがある。
ダム湖に架かる橋を2度渡り駅に戻った。
途中、線路の果てを通った時に、オレが本当に見たかったものはこれだったのかと悟り、しばらく立ち尽くす。
駅前の自販機には、今じゃ東京では売られていない懐かしいデザインの「BOSS」が並んでいる。
購入して飲んだら懐かしい甘さが喉を通った。
煙草を立て続けに2本。
寒かったけど、内房に吹いていた強い風は、あの山里までは届かないようだ。
上総亀山駅はチープに見える建材で成っている。
何度か建て替わっているのだろうが、あの建材が使用されたのは、台風の通り道とも言える房総を襲う風も、ここまでは到達しないことが考慮されているのだろう。

2013年2月17日撮影
帰りは1時間7分。
途中の久留里駅では、降りてみたいと思わせる町並が見えた。
読んでいたのは安房鴨川駅前で購入した鷺沢萠さんの著作。
つい最近、自ら命を終えた薄命の女流作家。
重々しい内容の松本清張に比べると頁の進みが早い。
木更津に戻ると何だか懐かしく感じた。
蘇我まで。
関東平野はここでも実感できる。
海辺だが、そこは確かに関東平野。
だだっ広い平地が続いていた。
車のナンバープレートとして登場する袖ケ浦は気になっていたが、車窓から眺めた駅前はオレを誘わず、降りなかった。
姉ヶ崎では過去と遭遇。
蘇我に降りて、海の方に目を向けると川崎製鉄の巨大工場が視界から海を遮り、空に向けて2筋の煙を吐き出している。
駅周辺を一回りして、跨線橋からは内房と外房に分かれていく線路を眺め、子供の頃から気になっていた黄色い電車の終着駅をようやく知った。

2018年9月22日撮影
京葉線に乗る。
千葉みなとは、かつて何度もデートで訪れた千葉ポートタワーの最寄り駅にあたる。
あの細く空に伸びるタワー。
強風に見舞われると、わざわざ東京からやってきたオレたちを受け入れない。
何度かそんな目に遭った。
鷺沢萠さんの作品に涙が出そうになったのは、その頃のことだった。
高架から眺める車窓風景は、広大な空地か、無造作とも思える雑居ビルや住宅群。
どこか荒野を思わせる。
そのあたりでこの旅は終わったのだろう。
南船橋で武蔵野線に乗り換えて新松戸まで。
関連記事
-
-
「車旅日記」2006年皐月 2日目(黒磯-仙台)その2-末続駅、双葉駅、原ノ町駅、相馬駅、亘理駅、岩沼駅、名取駅、ホテルイーストワン仙台 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】
車旅日記2006年5月3日・・・末続駅、双葉駅、原ノ町駅、相馬駅、亘理駅、岩沼駅、名取駅、ホテルイー
-
-
「鉄旅日記」2012年春 その2-川原湯温泉、岩島、群馬藤岡、高麗川、拝島、昭島、中神、武蔵溝ノ口、武蔵中原、鹿島田、尻手(吾妻線、八高線、青梅線、南武線) 【青春18きっぷで、ダム湖に水没する鉄路へ】
鉄旅日記2012年4月1日その2・・・川原湯温泉駅、岩島駅、群馬藤岡駅、高麗川駅、拝島駅、昭島駅、中
-
-
「鉄旅日記」2005年聖夜-鹿島神宮、新鉾田、鉾田、石岡(鹿島線/鹿島臨海鉄道/鹿島鉄道/常磐線) 【廃線となった鹿島鉄道に乗った記録が残されておりました。】
鉄旅日記2005年12月24日・・・鹿島神宮駅、新鉾田駅、鉾田駅、石岡駅(鹿島線/鹿島臨海鉄道/鹿島
-
-
「鉄旅日記」2020年文月 3日目(萩-三次)その5‐備後落合、備後庄原、三次(芸備線)【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】
鉄旅日記2020年7月25日・・・備後落合駅、備後庄原駅、三次駅(芸備線) 17:10 備
-
-
「鉄旅日記」2003年冬 最終日(博多-宇部)その1-博多そして小倉 【ご縁と別れがあり、34歳の誕生日を北九州で迎えた日の記憶でございます。】
鉄旅日記2003年2月16日 2003・2・16日の記憶 日曜日の朝だった。 34歳の誕生日に目覚
-
-
「鉄旅日記」2021年秋 初日(東京-飯坂温泉)その3 ‐槻木、角田、あぶくま、丸森、梁川(阿武隈急行)「鉄旅日記」2021年秋 【4度目の緊急事態宣言明け。これ以降そのようなものが発令されることはございませんでした。阿武隈急行、峠駅、立石寺。お宿は飯坂温泉。秋の東北を満喫すべく常磐線に乗りました。】
鉄旅日記2021年10月9日・・・槻木駅、角田駅、あぶくま駅、丸森駅、梁川駅(阿武隈急行)
-
-
「鉄旅日記」2019年長月 2日目(盛岡-宮古)その2-釜石、津軽石、宮古、田野畑、堀内(三陸鉄道リアス線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】
鉄旅日記2019年9月22日・・・釜石駅、津軽石駅、宮古駅、田野畑駅、堀内駅(三陸鉄道リアス線)
-
-
「鉄旅日記」2019年霜月 最終日(北上-東京)その2‐新庄、鳴子温泉、小牛田(陸羽東線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】
鉄旅日記2019年11月4日・・・新庄駅、鳴子温泉駅、小牛田駅(陸羽東線) 11:19 新庄(しん
-
-
「鉄旅日記」2019年長月 初日(東京-盛岡)その2-郡山、福島、曽根田、仙台、一ノ関(東北本線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】
鉄旅日記2019年9月21日・・・郡山駅、福島駅、曽根田駅、仙台駅、一ノ関駅(東北本線) 11:0
-
-
「鉄旅日記」2009年秋 4日目(佐賀-松浦)その2-大村、竹松、早岐、佐世保、佐世保中央、中佐世保、左石、佐々、たびら平戸口、松浦(大村線/佐世保線/松浦鉄道) 【遅い夏休みをとり、長崎までの切符を買いました。】
鉄旅日記2009年9月21日・・・大村駅、竹松駅、早岐駅、佐世保駅、佐世保中央駅、中佐世保駅、左石駅
