「鉄旅日記」2016年春 初日(東京-下北)その2-村崎野、六原、盛岡、八戸、野辺地、下北(東北本線、IGRいわて銀河鉄道、大湊線) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】
鉄旅日記2016年3月19日その2・・・村崎野駅、六原駅、盛岡駅、八戸駅、野辺地駅、下北駅(東北本線、IGRいわて銀河鉄道、大湊線)
16:41 村崎野(むらさきの)駅(東北本線/岩手県)
一ノ関で乗り継ぎ、さらに北へ。
この懐かしさの正体が分かった。
どんな経緯を辿ったかは物語によるが、この町のどこかに「健さん」がいるような気がする。
だだっ広くて何もなく、空だけが広い。
北海道に似た風景を持つここはかつての蝦夷だ。
同じ文化圏になる。
こんな場所にいて寂しさを感じる者もいるだろうが、オレはそうじゃない。
もしも暮らすようなことにでもなれば、「健さん」のように生きることを目指すさ。
シネマ的アメリカ世界はここでも感じることができる。
オレの想像上のアメリカとはマンハッタンや西海岸などではなく、こんな片田舎の風景が広がる場所だったなのだとあらためて気づく。
今年の大統領選挙でトランプ氏は結局負けるんだろ?
彼に面白さを感じているような連中が世界の中心に席を置いたら、かつてはヒスパニック・ヒーローも誕生させたアメリカ最大のプロレス団体WWEは、これからどんなストーリーを世界に発信していくのだろう。
ロングシートの混雑した車内で、酒を飲みながら二人分の席を占めた人相の良くない南部人がいた。
オレは本に目を落としていたから何があったのか知らないが、その男に対して真向かいの旅行中の若者が非難の目を向けたのだろう。
男は食ってかかり大人の恥を臆面もなく見せつける。
若者の対応はなかなか立派だった。
男は降り際に空き缶を投げつけ、降りてからも窓に顔をつけ睨みを効かせていた。
最近思うが、大人が病んでいる。
どうしようもなく病んでいる。
東京じゃ毎日のように人身事故で列車が止まる。
雄大な北上川に感嘆したあとだったから失望は大きかった。

村崎野駅前風景


17:06 六原(ろくはら)駅(東北本線/岩手県)
上り列車に乗って2駅戻る。
がっしりとした雪国駅舎ではストーブが焚かれている。
駅前の集合住宅は米軍キャンプのようでもあり病院にようにも見える。
活気のない生活風景だ。
商店は廃墟になって久しく、駅を降りると懐かしいとも言える鼻につく便所の臭いを嗅いだ。
果てしのない空が地と交わるあたりにカメラを向けた。



盛岡(もりおか)駅(東北新幹線/東北本線/田沢湖線/山田線/IGRいわて銀河鉄道 岩手県)にて
IGRいわて銀河鉄道に乗り継ぐ。

20:22 八戸(はちのへ)駅(東北新幹線/八戸線/青い森鉄道 青森県)
車寅次郎が降り立った頃の旅情が残っているはずもないが、新幹線開業が八戸駅にもたらした作用はオレの気に入るものじゃなかった。
駅として生まれ変わった清潔さは、まるで街が辿ってきた歴史を消す役割を負わされたかのようだ。
駅を出て夜の街を望んだら違和感の理由が分かった。
広大な闇の中に飲み屋やスナックの灯がぽつりぽつりと浮かんでいる。
酒場から演歌が聞こてきそうな街の玄関風景。
でもあれが港町八戸の本来の風景なんだよ。
駅はそんな街に溶けこむことはなく、滑稽なまでに孤高の姿を晒している。
そして愛すべき八戸出身の友人Sさんには申し訳ない表現になるが、すれ違った八戸人の運転態度はどれも好きになれなかった。

21:16 野辺地(のへじ)駅(大湊線/青い森鉄道 青森県)
オレの野辺地の記憶は比較的新しい。
それでも10年以上前にはなる。
世界王者になる前のリック・フレアーが未来の大物としての風格を漂わせて、この町でジャンボ鶴田のUN王座に挑戦したのは38年前。
野辺地は、大正の頃に由来を持つ常夜灯の町だという。
明日、明るい時間にまた降りる。
下北半島を北上する最北列車に揺られている。
車窓には白が目立つ。
本州最北端には雪が残っているんだ。
ただ野辺地に吹いていた風に、刺すような冷たさはなかった。

下北(しもきた)駅(大湊線 青森県)にて

23:06 民宿鈴谷菊の間
方角も分からないような闇の中に雪と時折の町明かり、駅灯が浮かび上がる。
なぜこんな時刻にこんな最果て列車に乗る羽目になっていたのか。
オレにもたまに分からなくなることがある。
まるで割り当てられた義務を遂行するかのように下北駅で降りた。
駅員の迎えはなかった。
古めかしい駅を想像していたが、ロータリーから何から新装を終えていて、もとより闇の中ゆえに探すことは困難だが、廃止されて久しい下北線の跡も最早コンクリートの下だろうと思わせる。
最果ての道は広く、遅い時間にもかかわらず車通りはないわけじゃない。
歩いている人の姿も見かける。
違和感の正体は想像していた情景との誤差に起因している。
ここに特別な風景があるとは思っていなかったが、あってもおかしくない数少ない町だ。
150年の昔に精強を誇った会津士族を哭かせ、霊場恐山の麓町として多分に土俗的な僻地だが、コンビニもマクドナルドもあり、はてはヤマダ電機さえ集う町角があることに安心と失望を感じている。
特別なものがありそうでいて、探し物は見つからない。
海峡に行けば荒々しい風と波がある。
でもほんの少し内陸に入っただけで町は虚構を帯びる。
かつて北海道の根室でも感じた違和感だ。
だからどうしたというわけじゃないが、いつかきっとオレは今感じていることを最適な言葉に置き換えるだろう。
思えば、この違和感は南国にはなかった。
雪国としての調和を欠いた風景。
言ってみれば、青森を旅していていきなりハワイが現れたような。
大袈裟に言えばそういうものをオレは感じている。
関連記事
-
-
「鉄旅日記」2011年夏【みちのくひとり旅】3日目(函館-鹿角花輪)-函館、木古内、湯ノ岱、江差、津軽新城、川部、深浦、能代、東能代、十和田南(江差線/津軽海峡線/奥羽本線/五能線/花輪線)
鉄旅日記2011年8月15日・・・函館駅、木古内駅、湯ノ岱駅、江差駅、津軽新城駅、川部駅、深浦駅、能
-
-
「鉄旅日記」2020年初秋 初日(東京-高松)その3 ‐坂本比叡山口、びわ湖浜大津、大津(京阪石山坂本線/東海道本線)/大津港 【時空の友を訪ねて讃州高松へ。金比羅さん、瀬戸大橋、大歩危、小歩危などを友とめぐり、義仲寺に寄り、直島に渡り、水島臨海鉄道にも乗った4日間の記録でございます。】
鉄旅日記2020年9月19日・・・坂本比叡山口駅、びわ湖浜大津駅、大津駅(京阪石山坂本線/東海道本
-
-
「車旅日記」1996年秋【夏をあきらめきれず、秋。再び夏のルートへと向かったのでございます。】最終日(鳴子温泉‐米沢‐東京) 鳴子サンハイツ、鳴子温泉駅、芦沢駅、赤湯駅、米沢郊外、磐梯、猪苗代湖、新白河駅、氏家、春日部、三軒茶屋、東京町田
車旅日記1996年11月3日 1996・11・3 9:09 鳴子サンハイツ 拝啓 その後、元気です
-
-
「車旅日記」2006年皐月 5日目(青森-安達)その2-宮古駅、吉里吉里駅、盛駅、大船渡駅、気仙沼駅、女川駅、石巻駅、利府駅、道の駅あだち 【東京から出かける最後の車旅。関東、東北を2,265㎞走った記録でございます。】
車旅日記2006年5月6日・・・宮古駅、吉里吉里駅、盛駅、大船渡駅、気仙沼駅、女川駅、石巻駅、利府駅
-
-
2018年初秋 初日(東京-桑名)その4-新瀬戸、瀬戸市、高蔵寺、新守山、勝川、枇杷島、蟹江、桑名(愛知環状鉄道/中央本線/東海交通事業常北線/東海道本線/関西本線) 【JR東海&16私鉄乗り鉄☆たびきっぷ」でめぐる東海旅】
鉄旅日記2018年9月15日・・・新瀬戸駅、瀬戸市駅、高蔵寺駅、新守山駅、勝川駅、枇杷島駅、蟹江駅、
-
-
「鉄旅日記」2014年夏 3日目(鳥取-米子)その1-鳥取、由良、下市、御来屋、名和、伯耆大山、東山公園、博労町、境港、木次、亀嵩、宍道(山陰本線/境線/木次線) 【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】
鉄旅日記2014年8月15日その1・・・鳥取駅、由良駅、下市駅、御来屋駅、名和駅、伯耆大山駅、東山公
-
-
「鉄旅日記」2020年睦月 最終日(鷹ノ巣-東京)その4‐中条、新発田、新津、長岡(羽越本線/信越本線) 【秋田内陸縦貫鉄道に乗りにいきました。五能線の名所も歩いた旅初めでございます。】
鉄旅日記2020年1月13日・・・中条駅、新発田駅、新津駅、長岡駅(羽越本線/信越本線) 17:3
-
-
「車旅日記」2004年夏 4日目(鹿児島-田原坂-長崎)走行距離384㎞その1-鹿児島東急イン、城山公園、鹿児島中央駅、出水駅、八代駅、熊本駅 【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】
車旅日記2004年8月14日・・・鹿児島東急イン、城山公園、鹿児島中央駅、出水駅、八代駅、熊本駅
-
-
「鉄旅日記」2016年春 最終日(石巻-東京)その2-久田野、新白河、豊原、白坂、黒磯、西那須野、那須塩原、矢板(東北本線) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】
鉄旅日記2016年3月21日その2・・・久田野駅、新白河駅、豊原駅、白坂駅、黒磯駅、西那須野駅、那須
-
-
「鉄旅日記」2020年盛夏 最終日(門司港-東京)その1‐門司港、小森江、折尾、若松(鹿児島本線/筑豊本線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】
鉄旅日記2020年8月16日・・・門司港駅、小森江駅、折尾駅、若松駅(鹿児島本線/筑豊本線)
