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「鉄旅日記」2005年初冬【鉄旅に目覚め、銚子へと向かったのでございます。】その2-外川、犬吠、本銚子、観音、仲ノ町、銚子、千葉(銚子電鉄/総武本線)

公開日: : 旅話 2005年

鉄旅日記2005年12月10日
終点の外川は、小さな港を持つ村だった。
振り返ると数多の風雪に晒され続けてきた木造の駅舎がぽつんと立っていた。

2018年9月22日撮影

腹を空かしたオレを招く店はなく、前方の坂に目をやると青く輝く海。
犬吠埼まで歩くと決めていた。

旅路は約2.5㎞。
車も滅多に通らない寂れた海辺の道。
日差しと海上の照り返しが眩しく、目を細めながら歩く。

いくつか坂を上がると灯台が見えて、海辺の遊歩道に出る。
廃墟を見る。
ホテルに旅館。
そして銚子という街を想う。

うまくいっているホテルの前で大勢の人々をやり過ごし、灯台前の食堂へ。
ビールは美味かったし、ねぎとろ丼には驚いた。
普段オレは東京でそれなりの金を払って同じ名のついた食事を注文するが、あれはほぼまがい物だということを知った。

おしんこに海藻入りの味噌汁。
心地いい疲れが体内を駆け回る。

決して多くはないが、灯台に上がる人の姿に絶え間はない。

2018年9月22日撮影

振り返るとさっき歩いてきたあたりの岬の家並へと波が押し寄せている。

2018年9月22日撮影

黒潮を一塊になって受け止めている村。
水平線は犬吠埼では丸くは見えず、今年最後に眺めるであろう海を飽きずに眺めた。

犬吠駅へ。
廃車を改造した店があり、一番搾りの幟が立っている。

駅には待ち人が結構いて、名物の煎餅を齧る姿もある。
季節がよかったら、列車を待ちながらあの広場でビールを飲むのもいいだろう。

博物館のような駅舎は関東の駅100選に数えられている。
素敵な駅だった。

2018年9月22日撮影

やってきた列車に乗って4、5駅。
無人の本銚子駅で降りる。
切符を持ったまま出ようとしたオレを車掌が猛然と追いかけてきた。
悪いことをした。

本銚子という駅名から、あるいは銚子の中心街なのかとも思ったが、鄙びた駅で、とてもそこに街があるとは思えない。
昔ながらの懐かしい駄菓子屋に子供たちが群がっている。
そんな懐かしい風景をいくつか見かけた。

国道を歩くより線路伝いにいこうと決めて、適当に広い通りを左折すると線路に出て、角に観音駅があった。
3人の女性が駅舎内で鯛焼きや煎餅を焼いている。
暖かな灯に誘われて中に入り、適当なことを切符売りの女性に尋ねた。

場末の線路道をしばらく往くと仲ノ町駅。
古ぼけた木造の小さな駅舎。
台風がやってくると銚子は関東で一番強烈な風雨に見舞われる。
そうした空の勢力と対峙してきた歴戦の古強者が、近づいてくる街に埋もれるように立っていた。

そして再びの銚子駅。
千葉行が発車するまで40分ほどある。
港へと下りる。

駅前通りを直進すると利根川に突き当たる。
広大な大河が黒潮と交わる手前。
左手には銚子大橋が架かっている。

2012年3月3日撮影

橋のある風景にも名所が多い。
ここもそうした名所に数えられていい。

かつてあの橋を渡ったことがある。
茨城と千葉を分ける明確な境が橋上にあったと記憶している。
橋自体、県境で色を変えていたと記憶していたが誤りだった。
橋は鮮やかな赤。

人気はなく、右手には風力発電塔が1塔。
穏やかで雄大な海辺のたたずまいだった。

2012年3月3日撮影

駅へ戻る。
中央広場に色とりどりの電球が灯っている。
銚子に宿泊する機会が持てるならあそこに行くだろうと思う店に目をやり、巨大な日本家屋風の銚子駅を仰ぐ。

赤い三角屋根の下の青い庇。
構内には軽喫茶食堂があり、何も置かれていないだだっ広いスペースがある。
何かのイベントで使用されることがあるのだろう。
壁には大漁旗や銚子音頭の歌詞が掛かっている。

かつての9月の記憶も蘇って、しばらくたたずんだ。
これで銚子とはお別れ。
去りがたい。

昭和40年代にはストロング小林×バロン・フォン・ラシクのIWA世界戦が行われた街。
甲子園では銚子商業が全国制覇を果たしている。
漁獲量が減ったという話は聞かないが、かつての炭鉱町のように、それまでにあった繁栄を失った街。
そんな勝手な感想は実態から外れているのかもしれないが、銚子が放つ哀愁に魅かれている。

銚子電鉄に乗った先に、あるいはオレの知らない繁栄や大漁獲基地があるのかもしれないと思ったけど、どうやらない。
銚子駅に自動改札は導入されていない。
懐かしい終着駅だった。
千葉行の列車がホームを離れるまで、どうしたらいいか分からないほどに去りがたかったよ。

青とベージュの古い客車を連ねた総武本線は千葉ヘ向けて粛々と進む。
旭、八日市場といった駅での記憶はなく、成東の手前で目覚めた。

沿線に暗闇を覆すような光は見えてこない。
八街、佐倉。
まだ見えない。

100万都市の千葉が勢力圏として組み込めたのは、3駅手前の四街道からだった。
四街道から銚子まで、下総の駅は都会化の波に対して頑強に抵抗してきたわけだ。

そして都賀、東千葉。
銚子からのんびりと進んできた総武本線はようやく千葉駅に到着する。

2009年10月20日撮影

大都会といっていいだろう。
京成電車が乗り入れる高架下に繁華街が延びて、中央を通りが貫いている。
房総方面の高架下は賑わい、下総方面の高架下は場末の色街。

中央通り沿いにやたらに横長の雑居ビル、三越。
その先にクリスマスの光が現れ、世界最高所を走るという懸垂式の千葉モノレールの駅がある。
様々な高架に囲まれた千葉駅周辺の空は狭かった。

駅構内になかなか素敵なビヤ・レストランがある。
久しく口にしていない黒ビールもメニューにはある。
1時間ばかりいただろうか。
松本清張の短編集に描かれた事件は、5つ目の「鬼畜」に差しかかっていた。

クリスマス・ソングが流れていて、駅の外の騒ぎに興味を持たない大人たちがやってくる。
千葉駅は房総本面に向かう特急の進路から外され、特急列車は銚子東京間、銚子新宿間を走る「しおさい」だけが止まる。
彼等はどこへ。
オレはそもそもどこへ向かう客なのだろう。

新宿へと向かう総武線で西船橋まで。
武蔵野線で新松戸まで。
常磐線で金町へ。

約12時間の旅だった。
それから随分久し振りに銭湯に浸かりにいった。

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