*

「車旅日記」2005年冬 初日(熊本空港-都城)走行距離270㎞-羽田空港、熊本空港、立野駅、高森駅、湯前駅、小林駅、都城グリーンホテル 【どこへ行こうか。まっさきに浮かんだのが、昨夏に旅した南九州でございました。】

公開日: : 最終更新日:2025/05/24 旅話, 旅話 2005年

車旅日記2005年2月11日・・・羽田空港、熊本空港、立野駅、高森駅、湯前駅、小林駅、都城グリーンホテル

2005・2・11 8:11 羽田空港58番ゲート
眠っているうちに気持ちは旅へと切り替わっていたようだ。

ここまでの4度の乗り換えに何らの支障はなく、「岸和田少年愚連隊」を読み終えて、窓の外を眺める。

空地と雑居ビルの隙間にレインボーブリッジのアーチが見えて、京浜運河沿いに東京モノレールの古ぼけた高架がまるで廃線のように延びている。

人の気配が希薄な大都会の片隅に心惹かれている。

まずは空に上がる。

10:36 熊本空港
快適な空の旅だった。

上空から名古屋港を見下ろす。
ここまで縁を持たなかった大都会が眼下に拡がっていた。

この地に下りて少しの時間が過ぎた。

どうやらトヨタレンタカーの送迎車に見捨てられたようだ。
カウンターに立つ、あの美しい肥後娘にもう一度事情を聞きにいかなきゃならないか。

熊本に下りたのだと実感できる朴訥とした空港だ。
風は冷たいが、あたたかくはある。

目の前には阿蘇の外輪山。

そして白い空港ビルを離れた。
背の低い管制塔を覚えていようと思った。

11:58 立野駅(熊本空港より18㎞)
火の国に下りて1時間が経つ。

57号国道を熊本方面から去年の夏の道へと向かっている。
あの赤い大きな橋をまた渡ることができる。

かつての国鉄のターミナル駅、立野駅は国道を折れたところにひっそりとあった。

豊肥本線の古い線路が草蒸した峡谷沿いに東西に延びて、すぐに姿を隠す。

九州横断列車の威厳のようなものを持ち合わせないごく素朴な鉄路に、晩年を肥後で過ごした宮本武蔵を重ねる。

そして何年も前に国鉄から離れた火山列車の始発駅がここにある。

役場の正午の時報が鳴った。

駅前の食事を出す土産物屋で「おでん」と高菜めし。
店のご主人は民宿も経営しているというスエット姿の「肥後もっこす」だった。

串に刺さったおでんに火の国熊本を味わったような気にさせてもらったよ。
こんな場所で食事にありつけたら最高だと思える場所にいられたよ。

火山列車のホームでは子供たちの賑やかな声が聞こえていたけれど、今はない。

滅多に来ない列車も行っちゃって、あたりはひっそりと落ち着き払い、ご主人は外に出て伸びをする。

退屈かもしれないが、あの暮らしもなかなかよさそうだ。

去年の夏も熊本は通ったが、初めて肥後訛を聞いたよ。

12:43 高森駅(熊本空港より39㎞)
阿蘇に吹く風は冷たい。

あの夏と同じような日差しに青空。
いかに火の国といえども、やってくる冬は半袖で過ごせるほど柔ではないようだ。

阿蘇大橋を渡って左手の滝に目をやる。
夏よりもよく見えたよ。
そして高原に下りて火山列車に沿って、暮らしの道を進む。

大阿蘇は冬枯れ、地の色を見せて、山頂には雪が散らばっている。
九州にも雪は降る。
列島の冬はまだ力を失っていない。

夏と同じ方向に車を走らせているのに、あの大阿蘇の姿を覚えていないことに気づく。
ふと左に目を向けた際に飛び込んできた雄大な姿に驚嘆したよ。
旅も2度目ならゆとりも生まれるのだろう。

火山列車の終着駅、高森。
夏の日より客は多く、トロッコ仕様のメルヘン号ではなく、どちらかと言えばパッとしない立野行ワンマンカーが止まっている。

さっきは線路を歩くご婦人を見かけた。
このあたりじゃ普通のことなのかもしれない。

風は少しだけ強く、空はよく晴れて、1時間前の57号国道には阿蘇を目指す車列が連なっていた。

この駅に再び立ち寄る人生になるとは、去年の夏には思いもよらない。
今回は商店街を通ってここまできた。
なかなかいい町だったよ。

15:33 湯前駅(熊本空港より150㎞)
阿蘇はすでに遥か彼方。
湯の町は随分と遠かったよ。

高森峠で最後の阿蘇の雄姿を見て南へ。
そよ風の町、蘇陽。
九州のへそ馬見原。

そして日向の国へ。
「ひむか神話街道」で五ケ瀬を過ぎる。
水の美味そうな一帯で、ところどころに名水が湧き出ている。

次の町、椎葉という地名には惹かれたけど、とんでもない道になっていた。
狭く蛇行した道は去年の台風で散々に荒らされ、木々は裂け、電柱は横倒しとなり、路肩は崩れている。

神椎葉ダムのあたりで一息つこうと思い、喘ぐように走り、幸いなことに村が近づいたと思いきや、車を寄せられる適当な路肩はなく、一瞬にしてその村は過ぎ去り、険しい道はさらに続く。

残雪の残る飯干峠、湯山峠。
難儀を極め、市房ダムを掠め、ようやく湯前へ。

どこかで古戦場を見かけたけど、どこらあたりだったかすでに記憶にないが、軍隊同士が出会う必然性のあるような地形じゃなかった。

一方は逃げる途中だったのだろう。
おそらく、西南戦争における薩軍の逃避行で起こった局地戦の跡だろう。

きついカーブの度に発せられるカーナビの警告音の絶えない険しい旅路だった。

この町に湯の香りはしない。
木材の町で、線路のすぐ脇に材木が積まれ、駅横には真新しそうなコミュニティセンターがあり、少年がパソコンに向かっている。

民芸品も扱っていて、土産を二品購入。
これは誰に渡すものでもない。

町中からアーチのオブジェが見えて、そこにくま川鉄道の終着駅があるだろうと目星をつけて車をつけた。
湯前駅に駅員の姿はなく、木造建築に瓦屋根の駅舎はいかにも古そうで、横の駐輪場の方が立派に見える。

風に吹かれ、強烈な日差しを浴び続けていれば、こんな姿になるさ。
駅前には古ぼけたレストランと旅館。
焼肉レストランという看板を掲げた店。

どこも客の訪れを期待しているようには見えず、かと言って立ち退く気配もなく、まるで昔からそこにあることを示すためだけに存在し続けるかのように、ひたすら無言を貫いている。

歩く人の姿のない「風と西日の町」湯前。
あたりは低い山に囲まれている。

18:27 小林駅(熊本空港より228㎞)
駅前に日本国旗が翻る小林駅。
少し大きめの村役場といった風情で、三角の時計台に小林駅の文字が刻まれている。

もちろん初めてだが、去年の串間、指宿のように、なんだか懐かしい町だ。
地図を広げはしなかったけど、小林という町が宮崎県にあることを知ったのは1982年の暮れ。
全日本プロレス「世界最強タッグ」の興行日程にこの町を見たからだ。

ホームの上屋も柱も古びていて郷愁をかきたてる。
駅前には立派な旅館があるが、部屋の明かりはひとつとして点いていない。

高校生の少女たちが「寒い寒い」と言いながらはしゃぎ、待合室にも仲の良さそうな少女が二人。
隣に路上生活者然とした初老の男が縮こまっている。

南国の冬の日はなかなか暮れず、山中で心細くなることはなかった。
でも風が冷たい。
こんなオレでも相当に寒いと感じている。

いくつもの峠を越えて町に着いた。
険しい峠ばかりを越えてきた。

九州の山並は遥かで、延々と連なり途絶える姿勢を見せない。
途中ダム湖で一息つこうと堤防上に車を乗り入れたけど、遠くからは観光者の群れに見えた一群は、実は工事関係者で、彼等の怪訝そうな視線に追われるように離れた。

しばらく行くと、まるで山口県の秋吉台を思わせる茫茫とした杉の伐採跡に出くわした。
大型車の通行を許さない国道の脇で、山肌を剥ぐように木々が切り倒された跡だった。
そんな所業を行った人間に、ある種畏敬の念を覚えた。

やがて日は暮れて、薄い三日月が上がっている。

きれいな夜空だ。
駅のムコウが西なんだな。

22:03 都城グリーンホテル672号室(熊本空港より270㎞)
南国の町に、東京のラジオ局「J-WAVE」が流れている。
まさかと思ったが間違いない。
FM宮崎みたいなローカルラジオ局が流している放送を聴きたかったよ。

都城はオレの想像とは随分違う町だった。

この国でおそらく最も優雅な響きを持つ町、都城。
子供の頃から憧れに近い気持ちを持っていたよ。

駅から僅かに延びるメイン通りの右側がビジネス・ホテル街で、左側がスナック街という町割りで、その規模は歓楽街と呼ぶにはあまりに寂しい。
余所者がそうそう訪ねる町じゃなさそうだ。

日向訛はこの町で初めて聞いた。
宮崎駅周辺では聞かなかった訛だ。
これが文化、あるいは土地柄というものだろう。

宮崎市内に降り立つ者はいても、こうして都城に足を延ばす東京者は滅多にいないだろう。
オレが求めている町の姿ではあるが、それにしてもこんな小さな町だったのか。

このホテルのレストランで働く女性は皆美しかった。

都城駅は延岡、日向市と同じように改札口は西を向き、開放的な造りをしている。
次にくる列車は吉松行で、その次のはどこにいくやつだったかな。

待合室には2、3の人影があった。
それとお揃いの白のスエットに身を包んだニートらしき若者が二人、時を持て余していた。
彼等の気持ちは分かるよ。
この町に自分たちに似つかわしい居場所はないのだと思っているのだろう。

それからしばらくして、駅からぶらぶら歩いてホテルに戻る途中で、居酒屋チェーン店に彼等らしき二人連れが入っていくのが見えた。
日本一雅な名を持つ町は、今のところ現代世界から身を置く態度でいる。

221号国道沿いの高崎町は「星空の町」を謳っていた。
車を走らせながら空を見上げれば、なるほどと思わせるほどの星が夜空に散らばっている。
三日月として姿を現した今夜の月の輪郭もはっきりしている。

吉都線は国道との仲が悪く、駅には寄れず悶々としていたけど、この町に着いて同じように空を見上げたら、高崎上空に負けじと星々の輝きがある。

オレにも分かるよ。
あれが北斗七星くらいは。

この南国でキャンプを張っているプロ野球チームがいくつもあるが、今日は寒かっただろう。
よく晴れて気持ちのいい一日だったけど、気温は東京と大差ない。

去年の沖縄は違ったんだ。
汗をかいたくらいだから。

でも列島の南の端に位置する都城の冬は決してあたたかくない。
どこらあたりだったか忘れたが、途中にはスキー場すらあった。

このホテルは線路沿いにある。
古めかしくて大きな鉄道基地がある。

列車がやってくる町にはどことなく情緒がある。
盛を増した町。
そして廃れた町。
後者の方が圧倒的に多く、あるいは都城も後者に属しているのかもしれない。

かつては違っただろうと思いを馳せ、鉄道基地の脇を歩きながら、行先の知れない列車がやってくることを想像した。

明日は、東シナ海を見にいこうか。

関連記事

「鉄旅日記」2021年春【週末パスで信濃へ。妙高高原駅で引き返し、松本の友人を訪ね、大糸線を旅して思い出の白馬へ。先の旅から一週間後のことでございました。】最終日(松本-東京)その3 ‐南小谷、白馬大池、信濃森上、白馬(大糸線)

鉄旅日記2021年4月25日・・・南小谷駅、白馬大池駅、信濃森上駅、白馬駅(大糸線) 11:

記事を読む

「鉄旅日記」2017年春【近鉄に乗る日々】2日目(新大宮-大阪難波)その2-生駒、鳥居前、宝山寺、生駒山上、布施、俊徳道、JR俊徳道、河内山本、信貴山口、高安山(生駒ケーブル/奈良線/大阪線/信貴線/西信貴ケーブル)

鉄旅日記2017年3月18日・・・生駒駅、鳥居前駅、宝山寺駅、生駒山上駅、布施駅、俊徳道駅、JR俊徳

記事を読む

「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】最終日 北陸より東京へ‐その2(R8→R18→R19)直江津駅、新井、豊野町、長野駅、道の駅信州新町、道の駅大岡村

車旅日記1996年5月6日 6:58 直江津駅 恋する女よ、いつの間にか日本海とさよならしていたよ

記事を読む

「鉄旅日記」2021年夏 初日(東京-上田)その4 ‐長野、御代田、小諸、上田(信越本線/しなの鉄道) 【4度目の緊急事態宣言前。飯山線に乗りたくて旅を思い立ちました。湯檜曽駅で夏の第一声を聞き、信越路を歩いた記録でございます。】

鉄旅日記2021年7月10日・・・長野駅、御代田駅、小諸駅、上田駅(信越本線/しなの鉄道)

記事を読む

「鉄旅日記」2018年師走 初日(東京-津)その1-金町、西桑名、楚原、阿下喜、麻生田、丹生川(常磐線/三岐鉄道北勢線/三岐鉄道三岐線) 【伊勢のいくつもの終着駅に降りまして、神島で2018年最後の満月を眺めたのでございます。】

鉄旅日記2018年12月22日・・・金町駅、西桑名駅、楚原駅、阿下喜駅、麻生田駅、丹生川駅(常磐線/

記事を読む

「鉄旅日記」2014年夏 最終日(呉-東京)-呉、広、竹原、安芸幸崎、松永、東尾道、相生、西相生、比叡山坂本、用宗、富士、沼津(呉線/山陽本線/赤穂線/湖西線/東海道本線) 【青春18きっぷで、中国ぶらぶら旅】

鉄旅日記2014年8月17日・・・呉駅、広駅、竹原駅、安芸幸崎駅、松永駅、東尾道駅、相生駅、西相生駅

記事を読む

「鉄旅日記」2019年霜月 最終日(北上-東京)その4‐米沢、福島、上野(奥羽本線/東北新幹線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】

鉄旅日記2019年11月4日・・・米沢駅、福島駅、上野駅(奥羽本線/東北新幹線) 17:38 米沢

記事を読む

「鉄旅日記」2006年新春-馬橋、流山、幸谷、新松戸、佐貫、竜ケ崎(常磐線/総武流山電鉄/関東鉄道竜ヶ崎線)【雪の降った翌日。近くのローカル線に乗りに出かけました。】

鉄旅日記2006年1月22日・・・馬橋駅、流山駅、幸谷駅、新松戸駅、佐貫駅、竜ケ崎駅(常磐線/総武流

記事を読む

「鉄旅日記」2019年弥生Part.3 初日(東京-多治見)その1-金町、三島、修善寺、蒲原、島田(常磐線/東海道本線/伊豆箱根鉄道駿豆線) 【明知鉄道、名鉄築港線。その2線に乗るために、東海道を下っていったのでございます。】

鉄旅日記2019年3月23日・・・金町駅、三島駅、修善寺駅、蒲原駅、島田駅(常磐線/東海道本線/伊豆

記事を読む

「鉄旅日記」2016年春 初日(東京-下北)その2-村崎野、六原、盛岡、八戸、野辺地、下北(東北本線、IGRいわて銀河鉄道、大湊線) 【下北半島から東日本大震災被災地へ】

鉄旅日記2016年3月19日その2・・・村崎野駅、六原駅、盛岡駅、八戸駅、野辺地駅、下北駅(東北本線

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

「車旅日記」2001年盛夏 最終日(松山-東京)その3-伊吹PA、浜名湖SA、由比PA、足柄SA、海老名SA、葛飾金町【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月15日・・・伊吹PA、浜名湖SA、由比PA、足

「車旅日記」2001年盛夏 最終日(松山-東京)その2-新倉敷駅、相生駅、明石SA、桂川PA【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月14日・・・新倉敷駅、相生駅、明石SA、桂川P

「車旅日記」2001年盛夏 最終日(松山-東京)その1-松山東急イン、三津浜港、瀬戸田PA、大浜PA、サファ福山【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月14日・・・松山東急イン、三津浜港、瀬戸田PA

「車旅日記」2001年盛夏 3日目(高松-松山)-高松東急イン、道の駅瀬戸大橋記念公園、 箕浦駅、西条市がんば亭、松山東急イン【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月13日・・・高松東急イン、道の駅瀬戸大橋記念公

「車旅日記」2001年盛夏 2日目(琵琶湖西-高松)その2-淡路島南PA、道の駅瀬戸の松原、高松東急イン【思い出深き四国初上陸でございます。福山に帰省していた友と待ち合わせ、いつも想っていたのは京都の彼女のことでございます。】

車旅日記2001年8月12日・・・淡路島南PA、道の駅瀬戸の松原、高

→もっと見る

    PAGE TOP ↑