「車旅日記」2004年春 2日目(紋別-釧路)走行距離367㎞その1-紋別港、サロマ湖三里浜オートキャンプ場、芭露駅跡、サロマ湖ワッカ原生花園、網走市鉄道記念館、網走監獄、網走駅、北浜駅、浜小清水駅 【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】
車旅日記2004年5月2日・・・紋別港、サロマ湖三里浜オートキャンプ場、芭露駅跡、サロマ湖ワッカ原生花園、網走市鉄道記念館、網走監獄、網走駅、北浜駅、浜小清水駅
2004・5・2 8:12 紋別港
いい朝だ。
身に受けているこの風は関東じゃ吹いていない。
港に出る。
人気はなく、多くの漁船が岸に繋がれている。
朝方における鳥の世界がこの港にもあって、どこか退廃的な臭いを嗅いだ。
振り返ると雪の残る山がすぐそばに聳え、スキー場と思われる整然と削られた山肌が見える。
オホーツク海の風を受けたくてこの街を宿泊地に選んだ。
夜風に当たれる適当な海辺にいたかったんだ。
でも想像上のそんな場所はなく、少しばかり街を徘徊して離れる。
天国にでも行かなきゃそんな場所はないのかもしれない。
明後日のオレの気が変わらなきゃ、また紋別を通る。
9:20 サロマ湖三里浜オートキャンプ場(5月1日の旭川空港より383km)
オホーツク海とサロマ湖を隔てる砂州は、オレからすれば広大なものだった。
300~400メートルくらいだろうか。
オホーツク海に触れたかったけど、ここは遠くから眺めるべき場所と言えるのかもしれない。
ただし、奇跡的な海辺であることに変わりはなく、この場に立ちたかったことも間違いない。
湖畔に寄れば、虫の群れのような細かいさざ波が立ち、オホーツク海に目を向ければ朝靄の中でただ茫々と世界に向けて開けていた。
太平洋でも日本海でもないこの海辺で、身近なことを考えてみたかった。
でもやはり、人生の方向性は普段暮らす場所で決めるべきだ。
ただ、この旅の途中で浮かび上がるものがあるのなら、書き留めたいと思う。
それほど遠くまできた。
まだ朝も早い。
観光地には僅かな人の姿しか見られず、ここから去年の夏に通った道に戻る。
思いの外、早く戻ってこれたよ。
9:57 芭露駅跡(5月1日の旭川空港より406km)
昭和10年開業。
昭和62年廃業。
オホーツクを走る鉄道が存在したことを知った。
紋別での話はそんなに昔の話じゃなかったんだな。
湧別は鉄道ターミナル駅の役割を奪われ、現代の鉄道史からも追い出され、オレのように現在の地図だけを頼りに訪ねてくる旅行者の思考に引っ掛かりもしなくなる。
ただ、この歴史を知ったことはオレにとっては大きい。
ロマンとは未来にだけ存在するものでもなく、現在には失われているが、過去には存在したものにもある。
使用されることのなくなったこの駅舎を、20年近く保存してきた住民の気持ちがうれしいじゃないか。
朽ち果てそうなホームも遺され、線路もホームから数メートル先までは敷かれている。
そう言えば途中鉄橋も見かけた。
今じゃその上を何も走りはしない鉄橋を。
サロマ湖に沿って走るオホーツク鉄道。
そいつにオレは乗ってみたかったよ。
便所跡の脇に薪が積まれている。
ストーブの炊かれた冬には、ここには様々な人情が集まっていた。
そんな場所を奪う権限が一体誰に与えられていたんだ?
10:45 サロマ湖ワッカ原生花園(5月1日の旭川空港より442km)
暖かい一日に、まだ桜の開花を見ない北の大地の春を想う。
すでに去年の夏のルートを辿っている。
あの日は時間がなかったけど、今回はオホーツク国道を思う存分満喫できている。
さすがにサロマ湖は大きかった。
琵琶湖、霞ヶ浦に次ぐ面積を誇る湖の大きさを実感したよ。
湖の口が開かれている箇所も目にして、今は湖東にいる。
ここから先は車の通行が許されていない。
まるで国境線みたいだ。
確かにこの大地の先は日本じゃない。
朝鮮半島、ロシア。
太平洋の先にある国々が持ち合わせていない、何やら影のようなものをまとう国々がこの海の果てにある。
そう、この海は国境線なんだよ。
浜佐呂間で廃線跡を探した。
オレには分かったよ。
たぶん駅が置かれていたのはここだったんだと。
面白くなってきた。
橋の袂には踏切と客車が、意図的かどうかの判断はつかないが放置されていた。
11:31 網走市鉄道記念館(卯原内駅跡) (5月1日の旭川空港より469km)
また廃線跡に出くわした。
国鉄の民営化に伴い廃線となったと記念碑には記されている。
ここには機関車と客車が当時のまま置かれている。
ホームに上がれば野取湖が見渡せる。
道人の郷愁が雨ざらしのまま置かれている。
どんな交通手段を使ってここに入り込んだのか知らないが、記念館内にひとりの若者がポツネンとしゃがみこんでいて、オレが足を踏み入れると不貞腐れたように横になった。
独り者の気持ちがオレにはよく分かる。
ただし、彼がいつまでそこでそうしているつもりなのかまでは分からない。
次は網走。
去年の夏に足早に通り過ぎたオホーツク国道を丁寧に回る中で、もう北の大地の雄大さに驚かなくなってきていることに寂しさを感じるけど、車を走らせる気分はとても素晴らしい。
12:54 網走監獄 (5月1日の旭川空港より482km)
最果ての北の大地を切り拓いたのは囚人たちだったと知った。
旧平屋舎房内は涼しい。
とても貴重な記念館だった。
黄金週間の今日、多くの観光客がこの監獄を訪れている。
ぞろぞろと獄内見学から戻ってくる人々が、オレには囚人の群れに見えた。
いい経験だった。
これから何か悪事を目論んでいる者が、どういった経緯にしろここを訪れることがあったら、思い止まるかもしれない。
少なくとも訪問前よりはマシなことを考えるようになっているだろう。
13:20 網走駅 (5月1日の旭川空港より487km)
寒い網走で駅そばを一杯。
他にも美味そうな弁当が売られている。
そばをすすっていると、坊主頭に大きな傷をこさえた人の良さそうな小太りの男がやってきて、かけそばと握り飯を注文した。
さっき出てきたばかりなんだよ。
彼には悪いが、そう言いだしそうな風情の男だった。
待合室は暖かい。
夏でもストーブを焚いていたっけな。
網走湖畔に入り、網走川と並走するようになると網走刑務所の全容が見えてくる。
さっき網走監獄で見たような昔ながらの平屋棟が塀の外にひっそりと並んでいた。
おそらく職員棟だろう。
貧しさと「時代」がそこに見えた。
昭和の遺産があんな形で残るここ網走は、仕方ないけど昔も今も監獄の街としてイメージされている。
ただ、穏やかでいい街だと思う。
少し港の方を回ってから離れよう。
そう言えば、駅舎もレンガ造りで監獄を連想させる。
アメリカの古い歌で、ポール・マッカートニーがカバーしたことで知った「Midnight special」に、刑務所脇を通る夜行列車が放つ明かりに照らされた囚人は早く出所できると言われていて、今夜はオレの番だと夜行列車の通過を待つ囚人たちの姿がポップに表現されているが、この北の獄内ではそんな話は伝わっていそうにない。
13:45 北浜駅 (5月1日の旭川空港より501km)
網走はいい街だったよ。
刑務所に入れられる者にとっちゃ三途の川かもしれないけど、運河を挟んで縦長に広がる街には旅情があり、清潔さがある。
港の近くに品のいい商店街があった。
車寅次郎と朝丘ルリ子さん演じる旅回りの歌手、松岡リリーが出会ったのが網走だった。
出漁する父親を見送る家族を眺めながら、己の存在をあぶくみたいなものと自嘲する切なくも美しい名場面だった。
二人は、いつのことになるのか一切不明の再会を約して分かれる。
網走を出るとオホーツク国道には鉄道線路が加わり、離れずに海沿いを往く。
そして前面に知床の峰々が幻想的に現れる。
雪をかぶった頂付近だけが空に浮かんでいるようだ。
道路表示じゃ知床峠の通行は15:30以降は許されていない。
秘境とはそういう場所を指す。
車を止めた目の前を知床斜里行ワンマンカーが通り過ぎた。
今オレはとても気に入った場所にいる。
番屋のような駅に、駅事務所の代わりに「停車場」という喫茶店が入っている。
待合室の壁には夥しい数の名刺が所狭しと貼られている。
北を旅すると誰もがこんな場所に郷愁を覚えるのかもしれない。
ホームからは果てしのないオホーツク海が見渡せる。
こんな場所があったんだな。
旅で目指したい場所はこんなところだと、オレにはもう分かっているけど、いつか愛しい人と一緒にきて、そういうことだよと教えたい。
いい旅が続いている。
14:07 浜小清水駅 (5月1日の旭川空港より509km)
番屋の駅は終わり、ここには道の駅が併設され、アイスクリームを求める者やバイカーで賑わっている。
素晴らしい区間だった。
立ち止まりたくなる景観に常に包まれているんだ。
遠くに見えていた知床の峰々が近づき、右手には小さな沼が点在している。
道は時速80kmで流れ、回りも均しく気持ちよさそうに走っている。
かつて車を走らせた道の中で対抗できるのは別府大分間くらいか。
もちろんその時の気分によるし、いい加減な比較ではあるけれど。
そして走りながら、感動しながら、エアロスミスの音楽に乗りながら、ある女性の顔が浮かんできた。
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