「車旅日記」2004年春【旭川に下りて、思う存分に北の大地を走った旅の記録でございます】初日(東京-旭川-紋別)走行距離339㎞-深川駅、留萌駅、おひら鰊番屋、士別駅、にしおこっぺ花夢、紋別セントラルホテル
車旅日記2004年5月1日
2004・5・1 14:10 深川駅(旭川空港より48km)
広大な大地に再び下り立った。
雪景色の大雪山系は美しかった。
旭川空港を出て寒木の並木道を走ると石狩川に再会。
去年の夏に札幌から旭川へと向かった12号国道に出る。
旅情に満たされ、やがて北空知のターミナル駅、深川へ。
街に入った時は鈍色だった空が、駅に近づく頃に日差しを寄越すと街の印象が一変する。
駅舎から出てくると雪を被った山が出迎える。
この街を懐かしく思う者には、あれ以上の出迎えもないだろう。
街には地方都市を蝕む症状がいくつか見られる。
新しくなる様子はなく、駅から少し離れた場所にある昔ながらのレンガ色の百貨店に覇気はなく、老人のように細々と見え、街路を歩く人の姿はまばらだ。
黄金週間を迎えた盛り上がりもなく、桜の開花にはまだ数日を要する。
でもきっと、あの山から雪が消える頃、この街に一番素晴らしい季節がやってくる。
15:21 留萌駅(旭川空港より98km)
まるで開拓途中の街みたいだ。
乾いた街に人の姿はなく、札幌に向かうホームにも逆方面にも待ち人はいない。
駅への表示は途中から消え、勘を頼りにようやくここに辿り着いた。
静かな駅前ではタクシー運転手の話し声しか聞こえてこない。
日は差し、この街の青空は少し濁っている。
その色は東京とさして変わらない。
夕陽の街を謳う留萌。
海の気配は感じるが、まだ日本海を目にしていない。
風が少しだけ強く吹いて、男の乾いた笑い声が聞こえてくる。
この街より先、日本海を北へと上がる鉄道はない。
この寂しい街より先には鉄道ではいけないんだ。
留萌は、そんな街だったよ。
16:00 232号国道 道の駅おひら鰊番屋(旭川空港より132km)
日本海と北の大地で再会。
夕暮れを近くして、日の光を浴びた海面が黄金色に輝いている。
すでに留萌駅での記憶はおぼろで、駅の煙草の自販機に飾られている「ピーススーパーライト」のパッケージが一昔前の物だったことを覚えている。
駅を出て留萌川沿いに進むと海に出る。
濁っていた海の色はここでも変わらない。
浜に下りると磯の香りにむせ返り、すぐに車の中に避難した。
そして、こうして眺める海が美しい。
留萌、小平。
さして広くもない浜辺で、釣糸を目一杯遠くまで放り投げた人々が一列に並んでいる。
そんな光景を眺めているうちに花田家の旧番屋跡に着いた。
鰊御殿の舞台はここじゃなさそうだが、日本海の海岸にはこんな御殿がいくつもあったのだろう。
文化財に指定された番屋の脇には鰊蔵も保存されている。
海岸線を見渡せば巨大な風力発電塔が3、4機に空を飛ぶ者たちの姿もある。
北の大地に下りて4時間。
じきに日本海にお別れを。
オホーツク海へと進路を変える。
17:35 士別駅(旭川空港より219km)
232号国道で海を見て、雪を散らした連山が右手に見え出したら239号国道の表示。
そこを右に曲がるんだ。
おびただしい数の風力発電塔を右に見ながらしばらく走ると、深雪に覆われた林道になる。
小さな濁流が蛇行し、道は果てしない。
すれ違う車は稀で、時はただ静かに過ぎて、着実にオホーツクの街に近づいていく。
散発的に人の暮らしを見かけるが、町や村はなく、絶えることなく雪に覆われていた239号国道。
途中雪原が広がっていた。
車を止めて走り回りたかったけど、先に停車している車がいて見合わせた。
本当に車を止めたい場所にはなかなか止められないものだ。
途方もなく広大な大地に放牧地と思われる丘。
丘のムコウは空。
あの丘に上がれば、地球すら見渡せそうな気になる。
凍てついた大地が起こす風は冷たく、さすがのオレもこの街に着いてから厚手のシャツを羽織った。
川縁には雪の墓場が設けられている。
夕陽に照らされた士別駅に客の姿はなく、鉄道員の姿も見えない。
売店の初老の売り子さんがひょっこり現れ、所在無げなタクシー運転手が彼女に声をかける。
他に人の気配はなく、雀のさえずりと40号国道を走り抜ける車の音が聞こえる。
北の寂れた街に今オレはいる。
辿り着いた街はたいていこんなだけれど、オレにはこっちの方がいい。
ここまでの旅路は素晴らしかった。
オレが北の大地に下りた目的はすでに果たせたような気分でいる。
18:51 239号国道 道の駅にしおこっぺ花夢(旭川空港283km)
まだ明るさを残す空に、昼間微かに見えた月が輝いている。
満月じゃないが、いい月だ。
外に出て冷気を浴びると自然と体が伸びてくる。
肥料の臭いがあたりに漂っているが大地は広く、いつもオレが生活している地域に比べれば色々な意味でマシだ。
このあたりはまだ雪深く、ここに車を止めた人々は厚手の服で外に出てきて、息で手を暖めている。
まだ春と呼ぶには早いが、それでも冬の猛威が去ってからしばらく経つことが窺える。
北の初春はなかなか夜の訪れを認めたがらなかったが、バックミラー越しに見えた夕陽が山の端に沈みつつある。
そしてオホーツク海が近づいてきた。
239号国道は北海道の要素があふれて素晴らしく、歌にしたいくらいだ。
22:42 紋別セントラルホテル322号(旭川空港より339km)
第一夜。
オホーツクの街、紋別。
正直なところもう少し繁華な街を想像していた。
ホテルマンの話じゃ、昔は鉄道が通っていたという。
現在の地図だけを見れば、親父が若い頃に稚内へ向かった鉄道とは、旭川から出る宗谷本線だと断定せざるを得なかったが、その話を聞いて考え直すことにした。
かつて稚内からオホーツク海沿いを走る鉄道が存在したのかもしれない。
この想像は夢の話をするのに近い。
オレには何よりもロマンのある話だ。
ホテルは専用駐車場を埋めるほどの客を集めているが、街を歩く人の姿を見ない。
昔ながらの商店街はスナック街で、港で働く男たちの街であることが分かる。
観光客や少人数の旅行者には居づらい街かもしれない。
かつて駅があったと聞いた場所は、現在バスターミナルになっている。
言われてみれば駅前の造りだ。
ほど近いレストランで夕食。
この街の単価は案外高い。
特に食べたい物が見つからず、ビール2本にポテトフライにサラダ。
それだけ。
寅さん鞄を提げた男がひとり、この街で一番上品な店にやってきて粗食にビールを飲んで帰る。
この廃れた北の街におかしな客が来たものだ。
東京からやってきて、紋別自慢の海産物を口にせずに街を出ていった客はおそらく稀だろう。
オレもたいした金を持ち合わせているわけじゃないが、貧乏旅行者や魚嫌いの者を除けば、あるいは初めてのケースだったかもしれない。
店を出ると通りを歩く者は土地の若者集団しか見当たらず、それ以外に街に出た者はさっきのスナック街で歌でも歌っているんだろう。
日暮れの訪れが一日の終わりを意味する健全な街と言っていい。
ホテルの湯に浸かり、長い間の疲れを落とした。
いい気分だ。
ビールも煙草も美味い。
この旅で、どこか気に入った街で長く時間をとりたいと思うが、地図で見る限り去年の夏より走行距離は短くなりそうだ。
明日の釧路もオレにとっちゃたいして遠い街じゃない。
だから釧路で長い夜を過ごすのもいい。
さっきのレストランじゃ叶わなかったけど、釧路なら生ビールが飲めるだろう。
朝がきて気が向いたら港に出てみよう。
オホーツク海との再会は闇の中だった。
海の気配を感じて、窓を少しだけ開けて、波の音と「SMAPベスト」を聞きながら、オレはこの街にやってきた。
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