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「鉄旅日記」2015年夏【日本最南端の終着駅、枕崎までの往復旅】4日目(西鉄柳川-広島)その2-田川後藤寺、糸田、糒、金田、門司港、厚狭、湯ノ峠、四郎ヶ原、南大嶺、美祢(平成筑豊鉄道糸田線、平成筑豊鉄道伊田線、鹿児島本線、美祢線)

公開日: : 最終更新日:2023/04/26 旅話, 旅話 2015年

鉄旅日記2015年8月15日その2
11:18 田川後藤寺(たがわごとうじ)駅(日田彦山線/後藤寺線/平成筑豊鉄道糸田線 福岡県)
駅舎の色が爽やかなクリーム色に塗り替わっていた。
こんなリニューアルの仕方もあったかと新鮮な気持ちでしばらく眺めていた。

駅の出入りは多く、後藤寺ホルモンの存在を知ったが、きっと6年前に降りた時にもあったのだろう。
この駅への再訪により糸田線完乗を果たした。

直方からの車窓に目を引くものはなく、風景は平凡なものだった。
ある男が車内で飲んだビールの空き缶を置き去りにしていた。
その缶を拾い、運転手に何かを告げて降りた男がいた。
気の弱そうな、優しそうな男だった。
平成筑豊鉄道のイメージを下げかねない心ない行為への善意ある行動だったのだろう。

直方でフリー切符を購入するつもりでいたら駅では売っていなくて、すぐ脇の商店街に場を占める観光案内所に行かなきゃならず少し焦った。
花屋のお姉さんはその観光案内所を知らず、何の店だが忘れたが、次に声がかかるのはワタシに違いないと待ち構えていた女主人に場所を教えられて、少し駅に戻る形で案内所に立ち寄り購入。

やけにたくさんの沿線案内を配られた。

糸田(いとだ)駅(平成筑豊鉄道糸田線 福岡県)にて

11:52 糒(ほしい)駅(平成筑豊鉄道伊田線 福岡県)
糸田駅は中元寺川に面した狭い場所にある。
川向うに田舎商店らしき建物が見える。
役場もそっちにあるようだ。

伊田線に乗るべく町を歩いて縦断。
簾を垂らした家々に涼しさを覚える。
筑豊人は夏の過ごし方を知っている。

どうやら駅に着いたと安心して伊田方面に延びる線路を眺めて、呟いた。
「あぁいいなぁ」。
人ごとのようだが、オレの郷愁にぴったりハマる風景だったのだろう。
枯れた駅舎に、うまい具合にボクシングジムが併設されていた。

ほんの少しだけ暑さに負けて、ちょうどやってきた直方行に乗ってひとつ先の金田に戻る格好で向かっている。
本当はこのまま金田まで歩くつもりでいた。

12:33 金田(かなだ)駅(平成筑豊鉄道伊田線/平成筑豊鉄道糸田線 福岡県)
平成筑豊鉄道本社が併設された駅。
ここで伊田線と糸田線は分岐する。

駅前の寿司屋に入ってビールとカツ丼のランチ。
ああいう店には善意がある。
ビールにはつまみがついてきた。

カツ丼の味にはお国柄がある。
卵が多目で肉は火を通しすぎだったけど、味付けはよかった。
握りにすればよかったとほんの少しの後悔が生じたのは注文直後で、まだカツ丼を味わう前の事だ。
少し足の悪いおかみさんの笑顔がかわいらしかった。

田川の柄は今も悪いのだろうか。
とっぽい男がひとり乗っていた。
田川伊田に着いて太った男を除く全員が降りた。

上伊田を過ぎると香春岳が見えた。
頭頂部が切除されて真っ平らになった様に驚愕した。
一体誰があんなことを許したのだろうか。
6年前より崩壊変貌は進んでいるように見えた。

関門海峡にて

14:51 門司港(もじこう)駅(鹿児島本線/日豊本線 福岡県)
今日の暑さは凄まじい。
田川で参った九州の日差し。
東京が一番暑いと普段うそぶいているが、この日差しは関東には降りない。
きっとニュースになる暑さだ。

門司港駅改修工事はまだ終わっていなかった。
関門海峡を収めて戻ると発車ぎりぎりだった。

門司港はいつも人が多い。
レトロ人気は健在だし、そもそも海峡には人を引きつける磁力がある。
最後に訪れたのは10年も前の話だが、あれから平成筑豊鉄道による新たな観光鉄道が街中を走っている。
その姿を目にすることはできなかった。

九州とはこれでお別れとなる。
高倉健さんがスクリーンの中で最後にいた場所がここだった。
次に来る時には、門司港駅も元の姿に服しているだろう。

田川線は油須原駅の姿を覚えている。
あとはずっと眠ってしまった。
炭鉱が閉じた筑豊には平凡な風景だけが残った。

行橋からもまた眠り、半睡の中で城野駅の改築工事が終わっていたことだけは確認した。

厚狭(あさ)駅(山陽新幹線/山陽本線/美祢線 山口県)にて

厚狭~湯ノ峠間(徒歩)

16:41 湯ノ峠(ゆのとう)駅(美祢線 山口県)
厚狭に降りるのは2度目になる。
何もないに等しい駅前通りを抜け、厚狭川に沿ってのんびりと歩いていった。
目指すは湯ノ峠駅。

だんだん田舎風景になっていく。
川も面相を変えるし、路傍にはかわいらしいいお地蔵さんが現れてきたりする。

ただ、駅の場所を正確に掴んでおらず、勘も外れ、駅が川向うにあるのを見てとると、一度通り過ぎた橋まで、「ありえねえよ、ありえねえよっ」と毒づきながら猛然と走り戻り、さらに山中を駆け上がり駆け下り、どうにか予定していた乗車に間に合った。

湯ノ峠駅。
かわいらしいい駅舎だった。

山を駆け下りて最初に現れた湯ノ峠温泉岡田旅館は閉鎖していた。

17:01 四郎ヶ原(しろうがはら)駅(美祢線 山口県)
大昔だだっ広い野原に四郎という者が住んでいた。
江戸時代に編纂された書にある実話で、地名の由来になっている。
その地は宿場でもあって、駅から約1.8キロの地点にあたるという。

この川の名はまだ厚狭川だろうか。
こんな場所にいたいがために、オレはわざわざ遠く長州までやってきた。
厚狭に降りるまでの疲れ果てて弱っていた気持ちは消えた。

大木が駅を見下ろしている。
そして蜩の時間がやってきた。

四郎ヶ原~南大嶺間(徒歩)

17:43 南大嶺(みなみおおみね)駅(美祢線 山口県)
ここから今は存在しない大嶺駅に向けて、かつて炭鉱分岐線が伸びていた。
随分前に廃鉱、廃線となり今は目の前の山から石が切りだされている。

蜩の時間はこんな場所にでもいなければ気づかないほど、しみじみとしたものだ。
駅前から酒屋が撤退した集落にもステキな夕暮れは平等にやってくる。

南大嶺~美祢(美祢駅前)間(徒歩)

18:49 美祢(みね)駅(美祢線 山口県)
階段を上がりバイパス道路に出たあたりで老人とすれ違い挨拶を交わした。
背筋がしっかりと伸びて、東京では見かけることのない、枯れた古武士のような趣の持ち主で、長州とは何かと考えさせられた。

宇部で暮らす友人Tさんの父君にどこか似ていた。
その父君は病の末に亡くなり、それに伴い彼の一家は、父君が丹精を込めた庭が自慢だった住み慣れた家を売り、マンションへ越したと聞いた。

厚狭川を何度も渡った末に遠望した美祢の街。
高い煙突が見えて煙が上がっている。

街に着いたと喜んだが、駅前店舗スペースは空っぽだった。
ただしスーパーがあって、ビールを飲むことができた。

賑やかな頃もあったのだろう。
美祢は昔も今も変わらず秋吉台への最寄り駅にあたる。
ただ現在を見る限り、衰退は覆い難く、今後その進行は加速していかざるを得ないのだろう。

そんな街に好んでやってきたわけだが、オレにとっては理想的な夏の夕暮れ時だった。

去年三江線で辿った地域にそんな夢を見ていた。
煤けたような商店でビールを買って蝉の声を聞き、どこからかラジオの高校野球中継が聞こえてくる。
草深い一帯でしばしぼんやりとした時間を過ごす暑い夏の日。

そんな時間をほんのひととき過ごすためにわざわざこうしてやってきた。
高校野球の実況は聞こえてこないが、これならいい。
ここならいい。

今ホームで線路を眺めている。
よく晴れて、夕暮れには少し涼しくなる日本の夏は、東京から1,000キロ旅しなければならないが、まだこうして存在する。


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