「鉄旅日記」2014年春-館林、佐野、葛生、西小泉、赤城、太田、伊勢崎、新伊勢崎、足利、足利市(東武佐野線/東武小泉線/東武桐生線/東武伊勢崎線)【ふらっと両毛 東武フリーパスで、両毛ローカル旅】
鉄旅日記2014年4月6日・・・館林駅、佐野駅、葛生駅、西小泉駅、赤城駅、太田駅、伊勢崎駅、新伊勢崎駅、足利駅、足利市駅(東武佐野線/東武小泉線/東武桐生線/東武伊勢崎線)
2014・4・6 11:01 館林(たてばやし)駅(東武伊勢崎線/東武佐野線/東武小泉線 群馬県)
徳川四天王のひとり榊原康政の墓がこの街にある。
34年前にはブルーザー・ブロディ、アーニー・ラッドの超大型パワーコンビが馬場鶴田の持つインタータッグ王座に挑戦している。
そして徳川5代将軍綱吉を生んだ城下町館林。
城跡にでも行けば見つかるだろうが、綱吉という文字は街のどこにも見当たらない。
彼は相当のインテリだったようだが、天下の悪法「生類憐れみの令」を発し、家臣の妻女に手を付けたという非人道的な思想と生活態度から、海音寺潮五郎さんは彼を「悪人列伝」に載せている。
その城跡には市役所が建ち、また公園にもなっているようだ。
きっと桜も見頃だろう。
駅の発着音は「色・ホワイトブレンド」。
竹内まりやさんか中山美穂さんは館林と縁があるのだろうか。
この街での行動範囲は2号県道まで。
商店街はシャッターが下りた灰色ではなく、しっかりとした色を持ち、夜の灯は県道に近い横丁のあたりにつくのだろう。
行きに気になっていた和菓子店で団子を買い、駅前広場でビールと煙草を楽しむ。
旅行者の姿も見かける。
期待していた「駅そば」はなかった。
この街に廃れた印象は受けず、私鉄の街に目を向けられたことを自身喜んだ。
東武の3線が合流する大鉄道駅は偉大な歴史の街だった。

11:29 佐野(さの)駅(両毛線/東武佐野線 栃木県)
数分の停車。
城山公園では花見客の宴がいくつか集まり、屋台を出した商売人は背を丸めている。
正味5分の佐野での滞在。
一度は歩いてみたいと思う街が橋上階段から見えた。
厄除けとラーメンの街、佐野。
31歳の春にこの街を通り、思わず立ち寄り蝋燭を灯した厄除け大師。
あれから約1.5倍まで人生は続き、あの旅からオレの帰る場所は故郷の町田ではなくなった。

11:57 葛生(くずう)駅(東武佐野線 栃木県)
東武佐野線の終点。
しかし車止めのない線路はその先へ続いているように見える。
延伸計画はあったのだろうか。
葛生原人という存在が発掘されたとのことだが、ラーメン屋の他には特に何があるというわけでもない終着駅で、桜が咲き誇る本町公園の脇から秋山川の畔に出て鉄橋を眺めながら旅情に浸った。
澄んだ川面を風が水生動物のように駆け抜け、人気のない町は正午を迎えた。


13:23 西小泉(にしこいずみ)駅(東武小泉線 栃木県)
館林に戻り、東武小泉線に乗り換えて終点の西小泉へ。
終着駅らしい活気を感じる駅前ではあった。
何もない、ということはない。
地図を見ると三洋電機の工場があり、沿線には真新しい住宅が建ち並び、堀を廻らした城址公園は賑わっていた。
このあたりは農業地帯ではない。
上州人に混じってブラジル人であろうと思われる人種を多く見かけることから、関東平野が果てるこの地域は異郷を思わせる。
ひとつ先の東小泉に戻り、東武桐生線に乗り換える。


14:26 赤城(あかぎ)駅(東武桐生線/上毛電鉄 群馬県)
名月上がる赤城山は見えない。
ここから太田へと引き返す。
「星野小麦粉」の巨大工場に隣接する東武桐生線終着駅は上毛電鉄の途中駅でもあり、線路はさらに先へと続いている。
ここらじゃ桜は満開を迎えていて、世に名高い「上州からっ風」に吹かれ寒さを感じる。
駅と交差する県道を上がれば、かつて社員旅行で渡良瀬トロッコ下りをした際に降ろされた大間々駅に至る。
廃屋となったレコード屋には蔦が絡まり凄絶な姿を晒している。
下り列車は人々を家へと運ぶ。
車内は東京とは明らかに違って異郷だった。
老人の会話は聞き取り難く、ブラジル勢は勢いを増し、駅に着く度に二人三人と減っていくが、彼等にいちいち挨拶を受けている若者が目の前に座っていた。
何者だろうか。
こうして上りの道中になると、どこから現れたのかいつの間にかきれいな娘さんが乗っていたりする。
行きの下り列車で、舎弟がどうしたこうしたと大声で話していた足元の覚束ない老人が、藪塚から乗ってきた。
ズボンの裾は擦り切れていた。
この春の「センバツ」で延長再試合を勝ち抜き、準々決勝では優勝した龍谷大平安を窮地に陥れた桐生第一。
忘れた頃に桐生健児は甲子園を湧かせに現れる。
その桐生はこの旅では通過するにとどまり、行きはスルーした初めて降りる太田が近くなってきた。

15:21 太田(おおた)駅(東武伊勢崎線/東武桐生線 群馬県)
高架から見えた太田の街は大きかった。
オレにとって最後に残った関東未踏の街。
大きな駅だ。
大きな駅だがガランとしていて、越後湯沢や西都城を思い出させる。
町中に位置しているが、旅情は越後湯沢に近い。
各種金融機関の支店が集まり、碁盤状に区画された街を歩けば昼間からの呼び込みとブラジル人に行き当たる。
からっ風に自転車は倒され、ブラジル女性にはユースホステルの存在を聞かれた。
どういう人生とどういう経緯でここまで辿り着いたのか、言葉が分かれば聞いてみたかった。
そして今オレの隣りも異邦人。
駅前の地図に新田神社を発見する。
太田は新田源氏の根拠地だったわけだ。
鎌倉を落とした新田義貞は京へ上がり、やがて各地を転戦。
戦いに明け暮れる人生の果てに北陸戦線で死んだが、故郷に錦を飾る栄光の機会はあったのだろうか。
オレにとってはビールを飲んで離れた街。
車中からは赤城駅では見えなかった赤城山が正面に見えている。

伊勢崎(いせさき)駅(両毛線/東武伊勢崎線 群馬県)にて

16:32 新伊勢崎(しんいせさき)駅(東武伊勢崎線 群馬県)
ただでさえ春は風の季節なのに、ここ上州は風の本場だ。
そんな感慨を持つ風が吹いている。
線路の行く手には赤城山。
伊勢崎駅は高架駅へと生まれ変わり、まだ完成を見ていない。
こうなっていることを知らずにいたオレがここまで足を伸ばしたのは、オレが知っている伊勢崎駅に再会するためだった。
そこでは「駅そば」が迎えてくれる筈だった。
仕方なく街へ出て本町へと歩く。
館林で遭った2号県道と再会。
その通りに面して風俗紹介店があり、青空と西日の下で卑猥な灯を点滅させている店もあって、伊勢崎とはそういう街かと前を通れば美容室だった。
新伊勢崎駅前にはインド料理屋があって、沿線で見かけてきた外国勢の国元の判定に苦しむ事態を迎えたが、この地域がある意味で植民地化していることに間違いはなく、たまに見かける日本人はろくな身なりをしていない。
そして大方が初老の男たち。
伊勢崎は駅しか知らずにいたから、今回街を歩く機会が生じて満足している。
ホテル、飲食店が並び、たまに廃屋を見かける。
西日に晒され続けた街。
そんな印象を受けた。
車内で聞こえてくるのは耳慣れない外国語だった。


足利(あしかが)駅(両毛線 栃木県)にて

足利市~足利間(徒歩)



18:13 足利市(あしかがし)駅(東武伊勢崎線 栃木県)
からっ風は野州にまで及ぶ。
渡良瀬河畔は寒風に晒され、今日はビールを4本も飲んだから言うわけじゃないが、震えを禁じ得ない。
過去に2度、足利を通った際に行儀の悪い若者が与えた街の印象は、オレにとっては名古屋に次いで悪かった。
そして3度目の今日、4月最初の何でもない日曜日の足利は穏やかで、旅行者の他に通りを往く者はいない。
跨線橋下の薄暗い場所に洒落たブティックが並び、向かいには渋い居酒屋がある。
橋の袂には屋台の立ち飲み屋が出ていて焼き鳥を用意していた。
駅まで行って満足できずに引き返すことになったら寄ってみようかと思い、通り過ぎる。
少し通りを歩いてみたら13年前の足利をほとんど覚えていないことを知った。
「センバツ」に現れた足利健児が所属する学校はJR駅のすぐ裏手にあり、駅は和洋折衷様式の古く気高い建物だった。
伊勢崎の旧駅舎も似たような造りだったような気がする。
24年前、足利出身の女性を好きになった。
13年前の訪問では彼女を思い出して切なくもなった。
そして45歳にして訪れた再びの足利。
渡良瀬橋を渡り、東武駅前の寂れた名店街に灯が点る頃、オレは伊勢崎で覚えたセブンイレブンの唐揚棒とビールをこの旅の最後の記憶とした。
南北朝の昔にまで思いを馳せた関東の旅。
古い土地柄だ。
次は日光方面を目指すことになるだろう。



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