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「車旅日記」2004年誕生月 【沖縄ひとり旅】最終日-ひめゆりの塔、具志川城址、喜屋武岬、那覇空港

公開日: : 最終更新日:2020/08/29 車旅話 *結婚前2004年

車旅日記2004年2月15日
2004・2・15 10:05 ひめゆりの塔 前日の那覇空港より315km
悲しい話を聞いた。

60年前の悲惨な事実を知った。

ここでは言葉にできない。

神に祈るような気持ちでいる。

10:10 具志川城址 前日の那覇空港より321km
史跡がさとうきび畑に埋もれるようにして存在している。

駐車場はなく路傍に車を止める。

風がさとうきびを揺らす音が聞こえ、他に聞こえるのは近くでシャベルカーが岩を砕く音のみ。

風は穏やかで、さっきひめゆりの塔で神妙な気にさせられたオレに心地いい。

悲しい事実を知った後に訪れる静かな気持ち。
これも沖縄でしか経験できないことかもしれない。

城跡には先客がいた。
坊主頭の大男がひとり飽かずに海を眺めていた。

オレもそうしたかったけど、どこか別の場所を探すよ。

ここは観光地らしくないが、国指定の文化財で、海辺に白い石が積まれた小高い場所だった。

10:35 喜屋武岬 前日の那覇空港より323km
空の青が美しい。
眼下に寄せる波が美しい。
黄金の海が美しい。
この静けさが愛しい。

肌に当たる風は優しく沖縄はすでにオレには懐かしい。

この南の島には戦争の跡が残っている。
ここは大昔の伝説の古戦場じゃなくて、たった60年前の生々しい戦場。
その頃この島に地獄のような日々が訪れた。
ここは日本海軍が滅びた場所で、平和の塔が立っている。

ただ風が吹いている。
「そんなこともあったね」と語りかけてくるような穏やかな風が吹いている。

物悲しくて切なくて、美しい。

ふと目頭が熱くなるほど美しい島。
かつて悲しい物語が起きた国。
もっと早く来るんだったよ。

最後にもう一度風にあたり、海を眺めて空港に戻る。

ここにはとうとうオレしかいなくなって、海を眺めたあと何気なく振り返った風景を気に入っている。

目に焼き付けようと車を降りた。
東京に帰る時間だ。

11:49 那覇空港
国道から見えるエメラルド・グリーンの海。

つい最近、仕事で作ったハワイのポストカードの海と同じ色をしていた。
東京から1000km以上離れた場所にそんな海があった。

空港ビルに入る前にまた振り返った。
これで沖縄ともお別れだ。

最後の時はとても静かな正午前。
明日で35歳になる。

20:47 東京葛飾金町
さっき、ひめゆりの塔で書けなかったこと。

よく晴れた日曜日、人々がそこを訪れた記念に石碑の前でシャッターを押し、土地のお年寄りの話をざわつきながら聞いていた。

せっかくだからと資料館に入る。

不意だったよ。
薄暗い入口を過ぎて最初に目に飛び込んできた大きな写真を見た時に平静さを失ったんだ。

それは「ひめゆり部隊」と称された制服姿の女学生たちが直立不動で整列した写真だった。
現在ではあり得ないものがそこに写っていた。

オレと同じ時刻にそこを訪れたいい加減そうな若者たちがいた。
入口では騒いでいたよ。
でも進むにつれて彼等は言葉を失っていき、表情は神妙になっていく。
自分と同じ世代でありながら悲惨な時代に生まれた彼女たちの人生に憐れみを感じたのだろう。

オレも人のことは言えない。
あの時分にここに来ていたら、入口ではどこかバカにしたような薄笑いを浮かべていたかもしれない。

でも、一枚の写真がすべてを変えた。

やがて、「ひめゆり部隊」の一人一人の写真が掲げられた広い部屋に出る。
彼女たちの写真の下には註釈がついている。
そこには名前と最期の情況が記されていた。

教師と共に手榴弾で自死。
爆撃によって四散。
行方が知れず、そのまま戻らなかった少女。
爆撃で足を失い、側にいた友人に足がないと泣きながら亡くなった少女。
気丈にも米兵に向かい、「私は皇国女性だ。殺せ。」と叫び、こめかみを撃ち抜かれた少女。
家族諸共、爆撃によって一片の痕跡すら残さずに消えた少女。

すべての少女が今のオレの半分も生きていなかった。

戦争当時、そんな彼女たちの悲惨な最期を、ある意味当然だと受け止める勢力が幅をきかせていたらしい。

恐ろしい時代だ。

今の政治の場にいる者が靖国神社に行くのは別に構わないが、あの資料館に行ったことがあるのだろうか。

イラクで起こっていること。
そこで暮らす善良な人々が現在経験していることをオレは初めて正確に理解した。

目頭が熱くなり、薄っぺらい気持ちでここにやってきた自分を恥じた。

歴史の教科書には沖縄戦で何万人が亡くなったとしか書かれないが、この資料館では誰がどこで亡くなったのかが、ひとりの人が戦争でどんな酷い目に遭い、報われない死を迎えたのかが写真と共に残されている。

沖縄での話を誰かに聞かれたら、きれいな海や嘉手納基地の先に見えた那覇の夜景や国際通りでの話をするだろう。
でも忘れずにひめゆりの塔の話もしようと思う。
大勢の人々としての括られ方ではなく、ひとりの人間として戦争で亡くなった、うら若き女性たちの記録が写真と共に展示されているあの資料館に行ってみろよと。

さっきから夏川りみさんが歌う「さとうきび畑」を繰り返し聴いている。
酒も入って、なんだか泣きそうだ。
日本人である前に一介の人間でいようと思う。

NHKで見たけど、初めて1927年に大西洋を横断したリンドバーグの快挙は当時相当なインパクトを与えたらしい。
第二次世界大戦へと向かう暗い世相は閉塞感を生み、表情をなくしていきつつあった人々はこう思ったという。
「そうか、空を飛べばよかったのか」

オレにしてみれば、芥川龍之介賞を受賞した二人の若くて素敵な女性、綿矢りささん、金原ひとみさんの快挙に当てはめることができる。

そうだよ、オレも何か書いてみればいいんだ。

沖縄はオレに特別な感情を植えつけた。
ひめゆりの塔を見学した後に行った、さとうきび畑が広がる岬の風景が忘れられない。
言葉をなくしていたオレに、表現の自由を取り戻させてくれた人気のない美しい場所だった。

坂の多い那覇の街、車窓から眺めたコザ。
でも最後に見た風景があの岬でよかったよ。

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