「車旅日記」1998年春【下北半島を目指した春。男の旅は北を目指すものと思っていた20代後半。高倉健さんの影響でございましょうか。】2日目(岩手山SA-大間崎-青森駅)-岩手山SA、折爪PA、三沢市ドライブイン三陸、東通村レストラン潮騒、田名部駅、大間崎公営パーキング、大湊駅、陸奥横浜駅、青森駅
車旅日記1998年5月2日
1998・5・2 7:43 東北自動車道-岩手山SA
昨夜の強風が続いている。
夜半に降っていた雨は上がっている。
雨よりは風の方がいい。
これは幸運と思っておいた方がいいだろう。
地理に不案内なもので目の前に見えている姿のいい山が岩手山かどうかは知らないが、とにかく山にはまだ雪が残っている。
ここは奥東北。
昨夜は眠るのは問題なかった。
快眠とまではいかないが、まあよく休んだよ。
夢は仕事関係のものを多く見た。
昨夜の時点では心に残しているものはやっぱりそっち関係の方が多かったのだろう。
今日はそうしたものは一掃したい。
特に今日は一番長い一日になる予定だから。
おそらく下北半島に行くことになるだろう。
まだルートは明確じゃない。
でも言っておくが、それが旅ってものだ。
寅さんが生前よく言っていたよ。
9:09 八戸自動車道-折爪PA 677㎞
土地柄なのかどうか知らないが、この強風は並じゃない。
あまり経験したことのない風が吹いている。
道は2つに分かれ、八戸を終着点とするルートを選んだ。
ハイウェイとは長いこと付き合った。
あともう少しで着く。
そこで金を払えば下界。
すなわち本物の路上に戻る。
そこから何が始まっていくのか。
今横になっていたようにまだ完全に夢から覚めていない。
そして日常から逃げる態勢も整っていない。
おそらく海でも見えてくればオレの中の問題はクリアになるだろう。
彼女と表記していた女性とは別の女性がオレの中に入り込んでいることに戸惑っている。
この先のことは分からないが、戸惑いを隠せない。
そろそろ行く。
ハイウェイとはこれでお別れだ。
11:36 338号国道‐三沢市ドライブイン三陸 743㎞
ハイウェイを下りて町に分け入った。
八戸に黄金週間を迎えた活気はなく、人々は平装で道を横切っている。
駅に行ってみたが、そこには似つかわしくない有料パーキングが待っていて、通り過ぎざるを得なかった。
このあたりには明らかにこのあたりのリズムがある。
オレにとっては好意的なリズムだ。
のんびりしていていい。
そこへいくとハイウェイはレース場だった。
町に下りてよかった。
本当にそう思ったよ。
下北へ向かう途中。
ここに来るまでに凄絶な風景に行き当たった。
前方に竜巻のような土煙が上がっていたんだ。
とっさに窓を閉めて逃れたが、危うく砂まみれになるところだった。
そしてここに着いた。
隣のオジサンと目が合い、ちょっとした会話を持った。
彼はとても親切で、スモールライトが点いたままでいることを教えてくれた。
オレに話しかけられた時はぎょっとしたようだったが、なんだかうれしそうだったよ。
彼のような人に会えたことで、この町を好きになろうとしている。
何の変哲もないところで、人にその良さを伝えることはむずかしいが、こんな時間に250円で温泉大浴場を開放する実力を持った町だ。
犬も人と同じリズムで動いている。
路傍にはご婦人が所在なげに腰を下ろしている。
日向ぼっこでもしているのかと思ったが、しばらくするとその女性はバスに乗って視界から消えた。
そして今も相変わらず乾いた風が吹き、防風林のムコウを砂が舞っている。
13:46 338号国道‐東通村レストラン潮騒 802㎞
大陸的な風景の中を走ってきた。
道中に行政が用意した休息所はなく、ごくまれに「めし屋」の看板を見るにすぎない。
おそらく雑誌にでも載った過去があるのだろう。
一際賑わっている店があって、ひとりで入ったオレは見向きもされなかった。
トイレだけ借りて早々に店を出た。
200メートルほど行くとホテル兼レストランがあり、そこでウニ入りの丼物を注文した。
ウニは今までも好まなかったが、おそらくもう口にすることはないだろう。
車を止めたい場所はいくつかあった。
沼、川、湿地帯。
誰もこのあたりをそう表現することはないが、オレはこの一帯を水の都と呼んでもいいと思った。
あまり馴染みのない風景で、川は地の底から湧くように流れていた。
これから本州最北端を目指す。
外は予報通りと言うべきか、雨が落ちてきた。
かなり激しい。
14:35 田名部駅 833㎞
友の言う乾いた町に雨が降っている。
さっきまで強風で砂っぽかったせいか、オレはまた天がスプリンクラーを寄越したのかと思った。
しかし激しい降りだ。
外に出ることを断念させる降りだ。
東京の空がこんな色をしていれば、この雨はそうは長くは続かないという予測を立てるが、下北の空にオレの観測が当てはまるかどうか。
見た目は東京の空とたいして変わらない。
曇り空に土地柄はない。
ストーンズのセントルイスTWAドーム公演をかけるのは18:30前後。
それまでまだ時間がある。
どうしてもというわけじゃないが、とにかく北へ向かっている。
そして今回のツアーでは行き着く場所がちゃんと存在している。
そこがガンダーラみたいな場所だとは思っていないが、ロマンじみたものは感じている。
ただ、この雨だ。
満足できるかどうかは分からない。
15:46 大間崎公営パーキング 881㎞
本州最北端の地は特に飾り立てられることもなく、土産物屋も2、3軒しか見当たらず、品のない音楽を流すでもなく、ただひっそりとまばらな観光客を迎えている。
もっともその場所には「本州最北端の地」と刻まれた石碑が立つのみで、特に目を引くものがあるわけじゃない。
そこから海を見ても、海が見えるだけだ。
あとは何も見えない。
ただ海が見えるだけだ。
こうして裏に入れば民家。
本州最北端の地は人里離れた観光地ではなく、そこで生活する人々との共同の場所だった。
晴れていたらどんなふうにこの景色を見ていたか分からないが、雨の大間崎は荒涼としている。
カモメの声は妙に空しく、北へ向かえばどういう場所に行き着くのかを知った。
うまい言葉が見つからない。
ただここにはもう一度来るような気がする。
その時は心の中の北を目指してか、たんに北を目指した結果に行き着くのかは、今のオレには分からない。
その時のオレがどうありたいかも分からない。
17:27 大湊駅 934㎞
雨の下北か。
不毛の地という印象が以前からあった。
オレがどう感じようと勝手だが、少なくともこの地に育つ子供たちは大丈夫だ。
みんな雨に打たれながら健気に歩いている。
逞しい子供たちがこの地には育っている。
とにかくこの雨だ。
象潟に降った雨のようにしっとりとしていれば条件も違うが、この降りだとちょっときつい。
今夜は早いところ眠りにつこうと思う。
明日の晴天を祈りながらこれから青森へ向かう。
18:20 陸奥横浜駅 964㎞
ようやく雨が上がった。
この町の夕暮れはとても爽やかだ。
海を身近に見たくて車を寄せた。
駅では親切な駅長さんの好意で気持ちよくトイレを使わせてもらった。
人情が濃いというか、これはきっと環境の違いなのだろう。
オレの車が邪魔で、困難な通り抜けを余儀なくされたそこの奥さんは、クラクションを鳴らすこともなく何とか工夫して狭い草の道を入っていった。
オレが暮らすあたりじゃ少なくとも車は蹴飛ばされている。
国道に出るまでは音楽をかけずにいこう。
この町の夕暮れを邪魔しちゃいけないという気持ちになる。
それといくつか旅を経験して分かることだが、このツアーではこの駅に立ち寄ったことをこの先ずっと覚えているような気がする。
駅にはきれいなチューリップが整然と植えられている。
オレが声をかけたご婦人は、きっと駅長さんの奥さんなのだろう。
ご婦人がチューリップの手入れをしているところに声をかけたんだ。
とても気持ちのいい風景だった。
20:40 青森駅 1042㎞
大集中豪雨。
駅弁屋閉店。
これより津軽方面に移動。
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