「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】3日目 いよいよ金沢へ‐その2(R8→北陸道)敦賀、尼御前SA、金沢駅
車旅日記1996年5月5日
18:11 8号国道‐敦賀
琵琶湖ともお別れ。
8号国道を飛ばした。
北陸自動車道の渋滞表示を目にする。
約束の時間に間に合うだろうか。
少しだけそんな心配が生じた。
国道は空いていた。
やがて、わずかだけど琵琶湖との再会があった。
国境を前にした琵琶湖は様相を変える。
風景は険しくなり、脇に敷かれていた線路は吸い込まれるように山中に姿を消す。
木々の色は急に寒々しくなり、冬の国に紛れ込んだかのような錯覚を起こす。
そうして最初に到着する街はかつての恋人の故郷。
駅に向かう通りを曲がり、途中で車を止めた。
そして駅へと歩く。
5年前の恋人の母親は、あの日この街でオレにこう言ったんだ。
「ここで暮らさないか」。
オレと彼女はこの駅に降りて、母親の運転する車で実家に向かい、とても大切な話をした。
話は半ば成功して、半ばは失敗した。
彼女が東京に残ることは許されたが、二人は若く、結婚は許されなかった。
そして翌日また母親の運転する車でこの駅に戻り、旅費やたくさんの土産を渡され、さっきの言葉を聞いた。
あれからもうずいぶんと月日が流れた。
この街は今「火祭り」でわずかに賑わいを見せている。
いるとは思わないが、通りすがりの人の顔を見ながら歩いた。
やがて山車はロータリーを一巡して車に近づいてきた。
その群れが来る前に慌てて車を出して、今ここにいる。
彼女はもうお嫁に行っただろうか。
去年の夏に電話をもらっていた。
彼女の現在の恋人が神戸復興のために現地に向かうので、ついていくと。
ご両親は変わらずこの街でご健在だろう。
彼女はどこで暮らしているのだろう。
5年前の恋人の故郷は風が冷たかった。
この街では春は暦通りには来ないものらしい。
北の街にきた。
何物もつかめず、彼女が暮らしてきた街に戻ってきた。
月も星も見えない夜が訪れている。
20:03 北陸自動車道-尼御前SA
感傷を振り払うように走ってきた。
金沢への道を急いだ。
8号国道はやがて日本海に通じる。
そこが昔からの交通の難所であることは理解できた。
上杉謙信も柴田勝家も雪に閉ざされ、中央での勝機を逸した。
国道を照らす明かりはわずかで、人生の裏道を往くような心地がした。
武生あたりで、このままだと約束の時間には間に合わないと悟り、ハイウェイへ。
さらに飛ばした。
福井市内の明かりが遠くに見えた。
今オレは金沢へ50㎞の地点にいる。
もう少しで彼女に会える。
不思議と体からは疲れが引き、眠気もどこかに消え失せた。
これから最終目的地に向かう。
風は穏やかだ。
もう少しで彼女の笑顔に会える。
21:25 金沢駅
冷静な気持ちでハイウェイを降りた。
そして冷静な気持ちで約束の場所を探し当てた。
金沢駅に21:00。
このツアーでずっと頭を占めていた再会劇が始まる。
駅のパーキングに車を止めて、約束の場所に向かう。
幸い改札口はひとつしかない。
これで迷う心配はない。
約束の時間には少し早い。
どこにも彼女の姿はない。
もう一方の出口へ。
車を止めた側は地方都市然としていたけど、そっちにはいくつものライトが灯り、まるでクリスマスの表参道のようだった。
きれいな街だ。
加賀100万石の城下町は、時を越えてもまだその実力をこうして見せつけている。
わずかなタクシーが止まっているだけで、あとは恋人たちの空間。
煙草に火をつけて、彼女の到着はいつになるだろうと思い、胸がいっぱいだった。
改札前に戻る。
彼女はいない。
改札口では様々な人々の往来が見られた。
関西からの旅行者、日本海沿いに住まう人々。
そしてこの街を出ていく者たち。
そんな往来を眺めていた。
帽子を目深にかぶり、彼女の到着を待った。
やがて、視界の左側から赤い服を着た女性が、二人の女性とともに改札前を横切った。
それが彼女だった。
彼女はあたりを注意深く見回し、オレを発見する。
天使がいつものように耳に心地い声で近づいてきた。
ツアーの最中ずっと夢に見ていた光景が、東京から遥かに離れた北陸の都会で現実となった。
彼女には陽気な友人がついている。
きっと幸せな旅だったのに違いない。
ひとりはオレたちの再会を記録に残そうとビデオカメラを構えている。
オレは彼女に汚いひげ面でいることを詫び、彼女は気にしないと返す。
声はかすれていた。
大阪を辞して以来、まともに人と口をきいていなかったこともあるが、何を話せばいいのか分からなくて。
何より東京で見慣れている彼女が、あまりにも魅力的な姿で約束通りに現れたことに動転していたんだ。
気持ちは固まっていたけれど、この場で伝えるべきじゃない。
彼女の連れは気を利かせて少し離れたところで見守っていたけど、勇気は萎えてしまった。
だけど、すべては東京で。
東京に帰ってからすべてを始めよう。
再会の時はすぐに幕を迎える。
できることならその場から彼女を連れ去りたかったが、冗談でもそんなことは言えなかった。
互いの手には、互いの手からの土産が握られ、それは深い意味を持つものではなかったけど、彼女から受け取った時はとてもうれしかった。
別れはいつもの新宿のようにさりげなかった。
彼女は振り向くことなく二人の友人と街に消えていった。
今は胸がいっぱいなんだ。
うまくしゃべれないよ。
遠く金沢で彼女に会えたことは一生忘れない。
そして今夜の彼女の笑顔も。
この感動をうまく書き残せない自分がもどかしい。
こんな場所で再会できたのに。
もう少しすれば落ち着いて、もっとマシなことが書けるだろう。
それまで走り続けよう。
彼女に伝えたとおり、今夜のオレは宿無しなんだ。
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