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「鉄旅日記」2007年新春 最終日(金沢-東京)-金沢城址、金沢、倶利伽羅、黒部、直江津、長野、東京(北陸本線/信越本線/長野新幹線) 【本格的に鉄旅が始まりまして、まずは冬の北陸を目指したのでございます。】

公開日: : 最終更新日:2025/05/20 旅話, 旅話 2007年

鉄旅日記2007年1月8日・・・金沢駅、倶利伽羅駅、黒部駅、直江津駅、長野駅、東京駅(北陸本線/信越本線/長野新幹線)

2007・1・8 東京葛飾金町
金沢の繁華街は駅のあたりにあるわけじゃない。
高岡の大将からそう聞いていた。

でも最近は駅のあたりしか流行っていない。
そうも聞いていた。

ホテルを出てしばらく歩くことにした。

駅に背を向けて歩き出す。

やがて武蔵辻。
通りを渡ったところに近江市場がある。
金沢城址はその背後にあったわけだが、そうとは知らずに遠くに見えた巨大なビルを目指した。
その巨大なビルとは北國新聞社で、そのあたりが香林坊であることを知った。

高岡の大将が教えてくれたかつての繁華街。
歴史を持つ街の繁華街の名は、松山の大街道、鹿児島の天文館をはじめ独特なものがある。

北國新聞社の角を城の方へ折れる。
そのことを後で後悔することになる。
辻へは行かなかったから。

すぐに旧堀端に出る。
静かな通りを歩き、門の名は忘れたが城内へ。


広い空を見る。

かつて友人と訪ねた兼六園は通りを挟んだところにある。
なるほど、あの日に金沢駅が見当たらなかったわけだ。
知らず知らずのうちに、遠くまできてしまったようだ。

帰りは近江市場を抜けて、武蔵辻で雨の気配を感じて、駅へと急いだ。

鳥居のような巨大なオブジェをくぐり駅へ。

時刻表を確認して、「駅そば」で朝食。
隣接したパン屋では突っ伏して寝ている若者がいた。
タフな貧乏旅行の途中なのだろうか。

昨日の道を高岡まで。
一昨日の道を富山まで。
居ても立っても居られずに倶利伽羅駅で降りてしまった。

そこが県境。
無人の小さな駅だった。
源平時代の古戦場はここから3㎞ほどの場所だという。

木曽義仲率いる東国軍団はそこで平維盛率いる平家軍を潰走させ、その足で一気に都へ攻め上った。
そんな時代の空気を吸いたかった。

ただし次の富山行が来るまでの時間があり過ぎた。
ホームに人の姿はなく、昨夜の飲み残しの酒を開ける。
そこで考えたことは覚えていないが、印象的な時間だった。

上下線とも何本か特急列車をやり過ごして、富山行がやってきたのは30分後。

高岡の雪は消えていた。
名残りは惜しい。

約2年ぶりの富山。
雪とも雨ともいえないものが降りしきる街を、往く人々の姿は少なくない。
駅も賑わっている。

富山港線がライトレールというものに変わったことは新聞で知っていた。
いくつかが新しくなっていて、路面電車は今日も活発に走り回る。
元気な街だ。

なかなか会えない友に再会した後のような気持で、すでに入線していた泊行に乗った。
東富山、滑川、魚津。
かつて立ち寄った駅を過ぎていく。

黒部で降りた。
昼飯にしようと思ったんだ。

オレが知っている黒部とは、富山地方鉄道の電鉄黒部駅周辺。
JR黒部駅で降りて知った。
街はあっちにあったのだと。

駅前で営業している唯一の蕎麦屋で、ビールと安くて具の少ない鍋焼きうどん。
ご主人は丁寧な物腰の紳士だった。
気紛れな北陸の空がその頃に寄越していたのは冷たい雨だった。

北陸本線の終点、直江津まで。
この荒天で天下の険、親不知を前にした市振の関あたりが高波に洗われており、徐行運転を余儀なくされるとのアナウンスが入った。

入善、泊そして越中宮崎。
栄食堂が見える。

あの場所ではいつも同じことしか思い出さない。
何度目になるのだろう。
あれもずいぶん昔の話になった。

立山の雪は少なかった。
市振駅を襲う高波はたいしたことないように見えたが、雄大なものだとは思った。

寝ている者以外で窓側に座っていた者たちが一斉に海に目を移す。
通路を隔てて隣に座っていた美しい女性がケータイのシャッターを押す。

大きな騒ぎにはならず、親不知。
姫川を渡り、糸魚川。
崖上の駅、地下駅などを経て終点直江津。

北陸本線と信越本線が合流する大鉄道駅の駅舎はかつては素朴なものだったが、歴史を感じさせるホームを除いて、すっかり変わっていた。
周辺の雨景色も影響したのだろうが、寂しい気持ちになる。

でも次に発車する信越本線長野行が、かつての特急あさま号の客車を使用することに気づき喜色が現れる。
横川駅に止まっていたのを見たのが最後だった。
そのまま上野まで走ってほしかったよ。

残していた酒を開ける。
つまみもいいのが残っていた。
幸せな気持ちで、かつての特急列車が各駅列車として、その栄光の姿を進めていくに従った。

いつしか雪景色に変わり、雪見酒となる。
スイッチバックの二本木駅でしばらく停車となり、煙草を吸いに外に出る。

積雪量に目を見張る。
保線係のおじさんに灰皿はないかと尋ねたら、遠慮なく線路に捨てろと言う。
感心できた話じゃないが、彼等に礼を言って美味い煙草を吸った。

妙高高原駅で大勢のスキー客が乗ってきて、車内は一気に埋まった。
あの客車を走らせる理由はこんなところにもあったのだろう。
長野駅に着いたのは直江津を出てから約1時間半後だった。

オレが知る長野駅は五輪前。
だから駅前広場から通りから、すべてが記憶にあるものじゃなかった。

長野に降っていたのは雪。
駅ビル内に気の利いた店はなく、仕方なしにラーメン屋に入ってビールと餃子に炒め物。

新幹線改札口は賑わい、発車が近い指定席は売り切れ。
立つことを覚悟したが、そこは始発駅。
自由席で席を得てやれやれと思ったが、すぐに満席になり立ち客も現れる。

息苦しい中を上野をやり過ごし、東京駅まで。
この旅は東京駅で終わらせるべきだった。

大荒れの北信越一帯から約1時間半。
ある種の無情を感じる。
この3連休、関東は穏やかな晴天続きだったらしい。

今日彼女がスペインから戻る。
歌い手も曲名も知らないが、この旅ではどこの街でも、この冬のこんな流行歌が流れていた。

「この手を離したら、もう会えないよ。」

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