「車旅日記」2001年黄金週間 初日その3(東京-京都)-桂川PAから四条烏丸へ。恋焦がれた女性に会いにいく男の話でございます。【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】
車旅日記2001年5月3日・・・桂川PA
24:58 名神自動車-桂川PA 546㎞
「今何してんの―?野宿ってんの?ぴっぴぷー」。いつものように語尾が意味するところをうまく読みとれないメールが届いた。
少しばかりタイミングが悪かったよ。大津SAが満杯で不安を抱いて走り始めた矢先だった。
ここ桂川PAは京都南ICを過ぎたところにある。大津の時点で今夜の彼女との再会は諦めたけど、やっぱり胸が騒ぐ。ゴスペラーズのバラードを何度も流しながらここまで来たからかもしれない。
とにかく今回の旅は先が読めない。相模湖での渋滞からすべてが始まったんだ。今は彼女にほど近いところにいるけど、まだ働いている彼女に対してどういう手段も思いつけないでいる。心に残した大いなるものがある中で、これから眠ることができるだろうか。
24:39に彼女からまたメールが届いている。もうじき店も終わりそうとのこと。オレは今夜はもちろん、明日も彼女の予定をオレに向けさせることはムズカシイと思っていた。だから送ったメールの内容は「明日の予定は?」だった。今夜には触れていない。
明日会うことができなければここで眠って、朝がきたら舞鶴に向かい、さらに琵琶湖に戻るルートをとり、志賀町には早めに着いてビールを飲もうと思っている。そんなことを書いて送った。返事は必ず来るだろうと思って送った。
実はその一連の行動の前には歯ブラシをくわえて外に出ていた。シェラフにくるまるところまではいっていなかったけど、ここで眠るという明確な意思は持っていた。そして神経をとがらせたまま浅い眠りに落ちた。
25:31。ケータイがメールの到着を告げた。「終わったーへろへろーどこにいるんー?」
オレの恋人はこんなにもかわいい女性だ。オレに会う意思を伝える内容だろう。諦めていたけど、時がきた。
電話したよ。電波状態が思わしくなく何度もかけたりかけられたりした末に合意した。これから会うことについて。最後は車から出て、公衆電話から意思を伝えた。彼女は明日の予定を空けても構わないと言ってくれた。
それならオレはこれから君に会いにいく。1時間は要するだろうけど、それでも構わないか?全然構わない。シャワーだって浴びなきゃいけないでしょ。わかった。じゃあ待っていてほしい。四条烏丸の交差点に着いたら電話する。
彼女は明るい声でフフフと笑う。話し言葉は京都弁。今に始まったことじゃないけど、彼女の声がとても好きだ。そして今夜はその声にすっかり参ってしまった。寝ていなくたってオレは平気。不安がないわけじゃないが、月も出ている。今夜はまだまだ走るにはちょうどいい。
彼女に会いに行くことを決めたのは桂川PA。そうするには大阪方面に車を走らせて茨木ICで一度ハイウェイを下りて、すかさず上りに乗り今度は逆走して京都南ICまで戻るしかない。
彼女に伝えた1時間というリミットを気にした。その範囲内に四条通まで行かなければ何かよからぬことでも待っているとでもいうかのように。
懐かしいルートだった。去年の夏そこでは大変な騒ぎが起こっていたっけ。故障車が何台も出る炎熱化の大渋滞。
天王山トンネルを抜けてV字型の坂に至る。いつもはたくさんの車に囲まれているその区間だけど、さすがに数えるほどの流れ。暖色の街路灯が地平線までつながるかのように続く様が好きだった。いつまでも続いてほしいハイウェイルートだった。そう、これまでは。今夜はそこにいられる幸運をかみしめているゆとりなどない。
楽しいことは楽しいさ。こんなことになって、たどる道がここでよかった。天王山トンネルは今回の旅程には入っていなかったけど、思わぬ形で実現した。あのトンネルをくぐりたいんだよ。そして東京にいる腰の抜けた連中に誇る。「天王山トンネルを知っているか?」。
茨木IC料金所のオジサン。上野原から乗ってきたオレの切符を見て、「おぉ、遠くから。疲れたやろ」。京都南ICでは、「お疲れさん。国道1号はすぐそこや」。関西の人情が急くオレを優しく包んでくれる。トラブルなど起こりっこない。そう確信したよ。
1号国道を五重塔を持つ東寺に突き当たる京阪国道口まで。懐かしい。ブルース・スプリングスティーンを聴きながらそこに至った過去が蘇る。そして道を誤り八条口から京都駅を越える。さっきの東寺の記憶とは別の機会にそこにいたこともある。ストーンズの「Honky Tonk Women」が流れ、孤高の旅人でいることに密かな誇りを持ち、まるで豪華客船のような京都駅の初めて見る偉容に驚いたもの。
時を超えてここにも戻ってきた。つい最近彼女と過ごした京都タワーホテル、烏丸通り。東京から車を転がしてここに戻ってきた。そこは違和感を与える場所などではない。あくまで旅の対象でしかなかった京都という街が、オレの中でその在り方を一夜にして大きく変えつつあることに喜びを感じていた。
約束の場所に着いた。彼女に電話を入れた。
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