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「鉄旅日記」2023年新春 初日(東京-泉佐野)その4 ‐加太、和歌山市、泉佐野(南海加太線/南海本線)【南海各支線、水間鉄道、阪堺電気軌道、泉北高速鉄道、信楽高原鉄道、、、関西乗り鉄旅でございます。】

公開日: : 旅話, 旅話 2023年

鉄旅日記2023年1月7日・・・加太駅、和歌山市駅、泉佐野駅(南海加太線/南海本線)

18:01 加太(かだ)駅(南海加太線 和歌山県)

加太観光きっぷなるものが発売されている。加太のひとつ手前の磯ノ浦のビーチを素敵に写した柄がポスターを飾っている。

万葉集にも詠まれた磯ノ浦は京阪神から一番近いサーフィンスポットで、天然の白砂ビーチが1㎞以上も続き、遠浅で水質もよく、夏には海水浴客であふれる。

暗闇の中、列車は終着駅に着いた。東京あたりじゃ春先に吹きそうな風にあたる。さすがに南国紀州。

駅から坂を降りてしばらく歩けば加太の海に出る。そうしたくて計画を立てたが、東海道本線のダイヤ乱れはここに影響した。こう暗くちゃ分からないだろうが、明るい時分なら淡路島が見えただろう。

滞在8分で折り返しの和歌山市行に乗る。

18:38 和歌山市(わかやまし)駅(紀勢本線/南海本線/南海加太線/南海和歌山港線 和歌山県)

和歌山市には18:30に着く。

あるいは同時刻になんばに向けて発車する特急サザンに乗れないものかと淡い期待もしたが、ホームに滑り込むと同時に先に発車した。

普通列車は8分後に出る。

駅前に出てみた。前回降りたのは30歳台後半頃。ここから和歌山港駅まで歩いてそのまま列車に乗って帰ったため、和歌山市駅を味わえなかった。そうしたしこりのようなものがそうさせた。

当時あった「駅そば」は消えて、駅は新しくなり、巨大な図書館を併設していた。

駅前は広く、お城の方角を見失う。

ここはJR紀勢本線の終着駅でもあるが、そのホームはまさに片隅にあり、駅舎に南海の文字はあれど、JRの表示は見られない。

そうだったっけか。もう15年前のことになる紀勢本線一周の旅はここから始めたのだが、駅に当時の面影はなく、侘しさを抱かせる光景だった。

駅を出ると紀の川を渡る。和歌山市駅に行く計画は当初なく、紀の川を渡るとも目にするとも思っていなかった。

その再会は思いもよらないあたたかさを体に染みこませた。

19:20 泉佐野(いずみさの)駅(南海本線/南海空港線 大阪府)にて

21:04 泉佐野ビジネス旅館美松荘

泉佐野は関空への玄関口としてのターミナル駅。かつてJR線から眺めた街明かりが記憶に残っていた。

街の規模は地元の葛飾金町と変わらない。古くから残る駅前の商店のたたずまいには郷愁を覚え、並びのクラブからはディープな昭和歌謡が流れ、大阪名物のたこ焼屋では3人が鉄板に向かっている。

豚たまとイカのミックス焼きを購入。それを夕食にあてる。改札内の居酒屋も町の居酒屋も割といっぱいで、居場所を見つけるのに苦労しそうだったし、十三に泊まった際にもそうしていて、あの大阪味を信用している。

阿修羅原、マイティ井上が当時持っていたアジアタッグ王座に、若き越中詩郎、三沢光晴が挑んだ街。今から40年前のことで、テレビ中継はなかった。でもその王座戦のおかげで街の名を知った。

ふるさと納税の返礼品の多さから物議をかもし、国の制度を変えるきっかけを与えた街であることも恋人から知らされた。彼女はその筋の扱いにとても慣れていて、苺の「あまおとめ」をはじめ、そうした返礼品をよくいただく。

ここは親子に受け継がれた宿屋。窓はなく、廊下に囲まれた一風変わった独房のような部屋に通されたが、居心地はよく、共同浴場もいい。

恋人は札幌にいて、今日もお互いの動静を共有した。オレの南海旅は明日大阪ミナミ、あべのへと至り、ディープ極まる。

仕事でお世話になっているアパレルブランドの「マルシェ メルチェリア・ドレステリア」も入るあべのハルカスを写そう。

前回の大阪行き当時にはなかった縁を手にしている。

22:00。寝る時間だよ。

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