「鉄旅日記」2001年如月誕生日その2【京都の女性に恋をしていた頃がございました。その日に京都にいたのでございます。】
鉄旅日記2001年2月17日
2001・2・17の記憶(京都編)
京都タワーホテル918号室で目覚めたのは9:00を少し回った頃だった。部屋には京都新聞の朝刊が届いていた。
シャワーを浴びて歯を磨き、部屋を出る。1階下のレストランでは朝食バイキングの用意ができている。あまり美味い食事とは言えなかったけど、豆腐だけは美味かった。さすがに京都。それとオレンジジュース、ヤクルト。コーヒーはあまりいただけなかった。失礼のないように言えば、昨夜の酒が舌にも脳にも残っていて、本来の味を確かめることができなかったのだろう。
部屋に戻ると再びベッドにもぐりこみ、少し眠ろうと思ったけどうまくはいかず、さっさとシャワーを浴びてひげを剃り、髪を固めてチェックアウトまでのんびり過ごした。せっかくだから京都新聞に目を通したかったけど、そんな時間はなかった。あるいは本当に彼女に会えるのだろうかと思ったかもしれない。
チェックアウトを済ませて、「さて」と考える。京都駅を目の前にして彼女に電話を入れる。留守電になっている。途方に暮れることもないとタワーに上ることにした。部屋に置いてあった割引券を念のためポケットに入れておいてよかった。
人気のないエレベーターで上がり、案内のお嬢さんが同乗する号機に乗り継ぐ。そして展望台へ。眺めは素晴らしかったよ。特に烏丸通りが果てしなく延びていく先と、昨日彼女と再会した八坂祇園一帯。さらに天王山、大阪方面。
これまでの人生で思いもよらなかった京都での一日。すべてに満足していた。
たいした時間をそこにいたわけじゃない。昨日の酒が喉の渇きを連れてくる。下りたところにある屋上のベンチで一服。空はよく晴れていて、駅の方角からは太鼓を打つ音が聞こえてくる。茫々としているひと時がやけに愛しくて、その時も思ったよ。このまま彼女に会えなくても後悔はしないだろうと。
思い立って京都まで来て、彼女に再会できたという事実ほど大切なものはない。隣では若者たちが陽気に騒いでいる。少しだけ笑って、1階へ。京都タワーは今じゃ場末の観光地なのだろう。何だか懐かしい場所にいるような気がしていた。
彼女の電話はまだつながらない。思い切ってタワー下の大浴場にいくことにした。ここでも割引券が物を言ったわけだ。受付のオバチャンがまたよかった。まさに古都の場末。そんな場所がオレには落ち着ける。風呂に浸かり、サウナで汗を流し、目当ての水風呂では気が遠くなるほどの快楽を味わった。
浴場の年齢構成とは高いものだ。若いヤツはオレともう一人。何だか微笑ましい男で、風呂から上がった後も休憩室で見かけた。リュックを背負って出ていったけど、旅の途中だったのだろうか。一言も交わさなかったけど、好感の持てる男だった。
受付のオバチャンと笑い合ってから1階に上がると、彼女からメールが届いていた。「2時くらいでよかったらお茶しませんか?ただいま携帯電池切れなり―ヘボヘボなり―」。それが確か13:00くらい。
彼女を待つ場所も思いつかず、心のままに歩いた。まずは鴨川方面へ。鴨川に出るとそのまま川端通りを北へ。五条、四条へと。途中で彼女にメールを送っている。
川辺の風景として、おそらく鴨川ほど雅で穏やかな場所はないだろう。京都人の良識が偲べる通りだった。
四条通に着いてから考える。駅の方へ戻ろうかと。でも先斗町、木屋町あたりの雑踏に入ることを好まず、反対方向の八坂神社へと進路を変えた。そこに行きたかったこともある。
そこは彼女と出会ったあたり。多くの土産物屋が並ぶその界隈は祇園の中心。路地を入ったところに彼女が働く店がある。そんな場所をわけあって歩く気分はとてもよかった。彼女と会えるアテならついている。やがて八坂神社。そして彼女からメール。「あと10分ほどで京都入り。今はどこにいたはりますか?」。
オレは石段下の観光案内版を見ていた。このまま動かない方がよさそうだと思い、円山公園へと。そこで京都駅に到着した彼女から電話。彼女のご実家は滋賀県の比叡山坂本。想い焦がれている女性の声は耳に甘く、どこにいるのかから始まって、どこで待ち合わすか、どんな日にしようか。楽しく話して電話を切る。彼女はバスに乗りメールをくれる。「では15分後に石段下をビビッと逆指定。キュビーン」。
煙草を吸える場所を見つけ2本ばかり。近くの公衆便所で用を足して気分を高めて石段下へ。しばらくそこに立ち、何本かバスをやり過ごす。また案内板に目を戻すとオレに向けて近寄る足音。「よっ!」と声がかかる方に振り向くと、今どきの女子の格好をした天使がそこに立っていた。
店で見る大人びた姿はない。何だかぎこちないまましばらく歩いた。不思議と会話が途切れることもなく歩いた。鴨川を渡り繁華街へ。「何が食べたい?あっ、友達の元カレ!」。彼女の携帯には親友から頻繁にメールが届く。
途中こう思いはした。少しキツイ女性だ。彼女を何となく理解できた気がして、このまま別れて東京に帰るのもありだなと。
でもそんな考えは高島屋の喫茶店に入ってから氷解した。彼女はケーキセット。オレはサンドイッチにアイスコーヒー。「京都駅で買い物に付き合って」という彼女に、時間が許す限り一緒にいたいと思った。バスで京都駅へ。バス停では完全に打ち解けて、京都市内は大渋滞。それがかえって二人の仲を深めてくれた。
京都近鉄の本屋でのコミュニケーションは忘れられない。本屋で長いこと楽しく過ごせる女性を今まで知らずにいた。小説から童話。果ては自然科学へと彼女の興味は続いていく。それに付き合うオレも様々なものを触発されているようで気分がよかった。
食事は彼女に導かれるままに京都駅ビルに入る吉本興業運営の「茶屋どす」へ。薄明りの店内でいろいろなことを知った。何より彼女の本名。それまでは源氏名しか知らなった。そして手帳の中身。2月16日はオレのバースデーとあり、友人欄の一番最初にオレの名前があった。「和志さん」と。
彼女の中でのオレの居場所はそれほどワルクない。うれしかったよ。でもつまらない冗談でごまかして、その事実を喜ぶ発言はしなかった。できなかったんだ。これまでもそうだった。いい気にだけはならないように。そうして生きてきた。
手帳には東京の鉄道路線図も載っている。オレが暮らしているのはここ。その時に彼女の髪がオレの顔に触れた。
店を出ると彼女は新幹線ホームへ導こうとする。それを遮り、彼女の肩を抱いて逆にバス停へと導く。彼女はそこから祇園の店に向かう。バスに乗った彼女がすぐに携帯を手にするのが見えた。そして互いに手を振り合う。バスが見えなくなり、振り向くと京都駅だった。
いつかもそんなふうに振り向いたことがある。そこは新宿駅だった。でもその夜そこにあったのは京都駅だった。様々な思いがよぎり満ち足りた気持ちで新幹線ホームへと歩いていった。
新宿では「最後の時」だった。でも京都では「始まりの時」。しばらくしてから彼女からメール。「観光案内とか全然出来なかってアレやけど「日本語って便利」、楽しかったデス。気ィつけておかえりやす」。
新幹線の中で返信。こんな日はしばらくなかった。最高だった。そんなことを書いて送った。「また会いにいきます」とも。
32回目の誕生日にまつわるかけがえのない記憶のすべて。ある意味この記憶だけでも生きていける特別なものだけど、一刻も早く彼女に会いたいと思っている。さっきは会いたくて会いたくて、たまらなくなった。
今夜も彼女は店に出ているのだろう。明日手紙を書く。
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