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「鉄旅日記」2021年師走 最終日(古川-東京)その2 ‐川渡温泉、鳴子御殿湯、鳴子温泉(陸羽東線)/東鳴子温泉神社 【特急乗り放題の大人の休日倶楽部パスで冬の国へ。山田線完全乗車と鳴子温泉郷を始めとした陸羽東線沿線を歩くことが目的でございました。】

公開日: : 最終更新日:2025/06/12 旅話, 旅話 2021年

鉄旅日記2021年12月5日・・・川渡温泉駅、鳴子御殿湯駅、鳴子温泉駅(陸羽東線)/東鳴子温泉神社

8:05 川渡温泉(かわたびおんせん)駅(陸羽東線 宮城県)にて

9:15 鳴子御殿湯(なるこごてんゆ)駅(陸羽東線 宮城県)にて

9:56 鳴子温泉(なるこおんせん)駅(陸羽東線 宮城県)

有備館駅から14分ほどの雪見酒。8:05川渡温泉駅に降りる。モノトーンの世界にも光は注ぐのだと、空の扉が時折開く。

若い女性が駅前でひとりたたずんでいた。迎えを待っているのだろう。駅を写すとその可憐な姿も一緒に収まっていた。

この駅には四半世紀前に車で寄ったことがある。懐かしさもあって、こうしている。駅が当時と変わらぬ姿でいるかどうかまでは記憶していない。

駅を出て、国道を目指して歩いていく。

やがて白に染まった温泉平野を一望。川辺に沿って雪を踏みしめて歩いていく。

川渡温泉歓迎門を写し、東鳴子温泉の看板を過ぎて、鳴子御殿湯駅に到着する頃は歩き始めてから1時間が過ぎていた。

御殿湯駅には駅員さんがいて、高屋根の駅舎内は鳴子名物のこけしを連想させる。

蛇や鳥が入るからドアの開け放し注意とのこと。前例があるのだろう。蛇は神の遣いでもあるが、実際に目の前に表れると恐怖にすくむ。

1952年に東鳴子駅として開業した駅は、1997年に現在の駅名に改称。仙台藩主専用の風呂が置かれていたことがその由来。

鳴子御殿湯駅から温泉街が始まり、やがて左手に鳥居が現れる。神はどこにおわすやと見上げれば、陸羽東線の線路の先に神殿がある。

線路もまた神域。東鳴子温泉神社とのこと。神厳な様に打たれて線路をくぐり、苔に覆われた石段を上がる。

実は尿意をこらえていて、神域とはいえ草深くもあり、許しを乞おうとしたが、手を合わせると不思議と和らいでいった。祈りは焦りをも溶かす。

そして湯けむりが上がる懐かしい道を急ぐ。尿意は和らぎはしたものの、鳴子温泉駅まで1.5kmの表示はそれなりのダメージを心身にもたらした。

やっとの思いで到着した鳴子温泉駅は四半世紀前の姿のまま迎えてくれた。まるで遠くの友人に会いに行ったかのような再会だった。

当時は気づかなかったが、鳴子という地名は義経弁慶伝説によるという。京を逃れて吉野から北陸。そして平泉までの逃避行に義経の幼子が同行していたとは不覚にも知らなかった。その親子の物語がこの地を今に至らしめている。

源義経と北の方との子供である亀若丸が、ここで初めて産湯に浸かったところ泣き出した事から「啼き子」が転じて「鳴子」になったとのこと。

もう一説。追手の探索が厳しくなったので、泣き声で周囲に察知される事を恐れ、幼い亀若丸に言い聞かせると賢くも泣く事を止め、さらに賢くも目指していた陸奥国に入った事を察したとたん再び泣き出した故事から「啼き子」転じて「鳴子」になった由。

江戸時代に当地に置かれた「尿前の関(しとまえのせき)」の由来も、この地で亀若丸が初めて尿を出したことによる。

かつて会津の旅でも書いたが、東北地方は義経の国なのだとあらためて思う。

これも当時は気づかなかったが、駅前には足湯もある。そして温泉街に似つかわしい石段。何度も上り下りしたかつて。

当時の想い人に宛てた便りを何度か投函した町でもある。東京では持ち得なかった勇気が旅先では湧いた。そんなことがいくつかあった。どれもうまくはいかなかったのだけれど。

湯けむりラインを謳う陸羽東線の中心駅、鳴子温泉。

初めてここに寄った際の駅名は鳴子(なるご)で、鳴子御殿湯駅と同じく1997年に現駅名へ改称された。

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