「鉄旅日記」2014年春 最終日(紀伊勝浦-東京)その1-紀伊勝浦、太地、湯川、那智、三輪崎、新宮、鵜殿(紀勢本線)/丹鶴城公園 【青春18きっぷで、紀伊半島へ】
鉄旅日記2014年3月9日その1・・・紀伊勝浦駅、太地駅、湯川駅、那智駅、三輪崎駅、新宮駅、鵜殿駅(紀勢本線)/丹鶴城公園
2014・3・9 7:12 紀伊勝浦(きいかつうら)駅(紀勢本線 和歌山県)
旅館のおかみさんはとても美人でやわらかい和歌山弁を話す。
バレーボール全日本代表の中に彼女に似た美人がいるが名を思い出せない。
港では松島巡りを売り、マグロとクジラ料理を推奨している。
朝の早い喫茶店は、確か昨夜暗くなっても営業していた。
黒潮の町を出る一番列車は都会からすれば遅く、旅先のオレにしてはのんびりとした朝を迎えた。
朝の寒さは東京と変わらない。
駅から港へと向かう道は昨夜も何度も通り、今朝もまた。
港の風景とあわせて、おそらくオレなら見飽きることはないだろう。
那智本宮、熊野古道、那智の滝。
ゆっくりと旅ができる地点まで人生を進められたら、また来よう。





7:31 太地(たいじ)駅(紀勢本線 和歌山県)
串本方面に2駅。
クジラ漁で世界的に悪名が轟いたのが太地湾。
その太地の風景を見ておきたかった。
上りの列車はたいして時間を置かずにくるから、すぐに引き返すことになる。
駅は少し奥まった場所にあり、高台のホームから現場は見えなかった。
漁師は何も悪いことをしているわけじゃない。
昔からの営みを守っているに過ぎない。
そんな暮らしに外野から非難が起こる。
やりきれない思いでおられることだろう。
生きていくことの意味を考えるには、ここはいい場所なのかもしれない。

湯川(ゆかわ)駅(紀勢本線 和歌山県)
紀伊勝浦方面に戻り、ひと駅目。
かつて駅前の駐車場に車を止めて、駅のホームへと駆け上がり眺めた湯川湾。
外洋に口を開けた美しい景色が、そこにあった。

8:16 那智(なち)駅(紀勢本線 和歌山県)
「渡海上人舟出の浜」で日を浴びる。
南方海上にあるとされる観音浄土への決して戻ることのない船出。平安時代から行われ、明治に入っても足摺岬にその記録が残る。
駅から海辺はすぐの距離にある。
駅前には補陀洛山寺が鎮座している。
古歌に詠まれた「渚の森」だという。
「近畿の駅百選」に選ばれた那智駅は、道の駅に隣接している。特に目につくものはない。
寂れた現代風景と輝かしい世界遺産。
皮肉にも見えるが、ここは古の道の入口にあたる。
そんな場所の現代風景として、この駅前は違和感を持たない。
平家ゆかり地でもあり、平時子、平維盛の慰霊碑が近くにあるという。
しかし肌寒い。
ビールは余計だった。


8:41 三輪崎(みわざき)駅(紀勢本線 和歌山県)
数分の停車。
神話の浜に冷たい風が吹く。
南海人の会話はラジオを聞くより面白い。
神武東征上陸地の看板が見えた。
神話の頃、現在オレが暮らすあたりは蛮族の巣だったわけだ。
新宮へとつながる開けた砂浜が美しい。
那智の砂浜もまた白かった。

新宮(しんぐう)駅(紀勢本線 和歌山県)にて

9:19 丹鶴城公園(たんかくじょうこうえん)
乗ってきた列車は新宮止まり。
街に下りる。
次の上り列車が来るまで3時間近く待たなければならない。
新宮の街をぶらぶらしながら時間を潰そうと思っていたけど、計画変更。
かつて42号国道から眺めた風景を頼りに、ひと駅歩いて県境を越えようとしている。
手始めに百貨店やスーパーが並ぶ一帯を抜けてここ新宮城跡に登り、新宮市内を一望に収めた。
古い時代、このあたりがどういう経緯で神域になったのかよくは知らない。
どれくらい昔の話なのかも知らない。
新宮駅前に公園として整備されている徐福さんの話もそうだ。
でもこうして外洋に開かれた街を眺めると、様々なことがあったのだろうという想像はつく。
海洋民族でもあった日本人。
南海道の知らざる歴史に思いを馳せる。



新宮~鵜殿間(徒歩)



10:47 鵜殿(うどの)駅(紀勢本線 三重県)
ジャズの名演奏が流れていた新宮の「仲の町」。
熊野速玉大社に立ち寄り、熊野川を渡る。
新宮の街中が幻かと思えるほど歩き、渡った先の三重県紀宝町には穏やかな春の日差しが満ち、冷たかった北風は心地いいものに変わった。
雲雀の声が聞こえる春先の南紀を満喫している。
北越紀州製紙の工場へとつながる引込み線が敷かれた寂れた駅にいる。
しかし駅前は42号国道(熊野街道)に沿ってなかなか賑やかだ。
ホテル、各種飲食店にギターショップまである。
コンビニの若い女性は、都会的な可愛らしさとよそよそしさでオレにビールを売った。
近くでビートたけしさんによく似たじいさんを見かけた。
それにしても、なかなか堪える徒歩行だった。

関連記事
-
-
「鉄旅日記」2008年初秋 最終日(福井-東京)-福井駅前、武生新、武生、大府、武豊、知多武豊、刈谷、安城、蒲郡、東京葛飾(福井鉄道福武線/北陸本線/東海道本線/武豊線) 【秋になると北陸に行きたくなるものでございます。能登半島をはじめ、いくつもの終着駅へと行き着いたのでございます。】
鉄旅日記2008年9月15日・・・福井駅前駅、武生新駅、武生駅、大府駅、武豊駅、知多武豊駅、刈谷駅、
-
-
「鉄旅日記」2013年如月【休日おでかけパスで、上総下総途中下車旅】その2-久留里、上総亀山、横田、木更津、巌根、袖ヶ浦、長浦、姉ヶ崎、八幡宿、浜野(久留里線、外房線)
鉄旅日記2013年2月17日その2・・・久留里駅、上総亀山駅、横田駅、木更津駅、巌根駅、袖ヶ浦駅、長
-
-
「鉄旅日記」2011年秋【再びみちのくひとり旅】最終日(長井-東京)-長井、荒砥、赤湯、羽前千歳、作並、東照宮、槻木、角田、福島、飯坂温泉、本宮、宇都宮、雀宮(山形鉄道/仙山線/阿武隈急行/福島交通飯坂線/東北本線)
鉄旅日記2011年11月6日・・・長井駅、荒砥駅、赤湯駅、羽前千歳駅、作並駅、東照宮駅、槻木駅、角田
-
-
「鉄旅日記」2021年春 最終日(米内沢-東京)その2 ‐小砂川、女鹿、象潟、秋田(羽越本線/秋田新幹線)/三崎峠 【大人の休日倶楽部パスで東北へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。続くコロナ禍ではございますが、約半年の辛抱の時を過ぎて、天候にも苛まれながら秋田内陸縦貫鉄道に乗りに行きました。】
鉄旅日記2021年4月18日・・・小砂川駅、女鹿駅、象潟駅、秋田駅(羽越本線/秋田新幹線)/三崎峠
-
-
「鉄旅日記」2019年霜月 初日(東京-五所川原)その5‐撫牛子、川部、五所川原、津軽五所川原(五能線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】
鉄旅日記2019年11月2日・・・撫牛子駅、川部駅、五所川原駅、津軽五所川原駅(五能線) 19:5
-
-
「車旅日記」1995年秋【恋に病んで・・・西へ。1号国道をひたすら、大阪の友に会いにいく。】その2-東寺、五条大橋、琵琶湖湖岸道路、米原、関ヶ原・・・・-
車旅日記1995年11月5日 1996・11・5 9:19 1号国道-東寺 京都乱入。 晴天。
-
-
「鉄旅日記」2016年夏 4日目(富良野-大館)その1-富良野、滝川、岩見沢、白石、新札幌、北広島、恵庭、千歳、新千歳空港(根室本線/函館本線/千歳線/石勝線) 【じきに廃線を迎える留萌~増毛に用がありました】
鉄旅日記2016年8月13日・・・富良野駅、滝川駅、岩見沢駅、白石駅、新札幌駅、北広島駅、恵庭駅、千
-
-
「鉄旅日記」2023年浅春 初日(東京-松本)その2 ‐辰野、信濃川島、小野、野尻、上松(辰野支線/中央本線)【友を訪ねての信濃旅でございます。篠ノ井線全駅下車を果たした旅でもございました。】
鉄旅日記2023年3月4日・・・辰野駅、信濃川島駅、小野駅、野尻駅、上松駅(辰野支線/中央本線)
-
-
「鉄旅日記」2008年初秋 2日目(羽咋-福井)その2-松任、小松、あわら湯のまち、三国港、福大前西福井、田原町、福井(北陸本線/えちぜん鉄道三国芦原線/福井鉄道福武線) 【秋になると北陸に行きたくなるものでございます。能登半島をはじめ、いくつもの終着駅へと行き着いたのでございます。】
鉄旅日記2008年9月14日・・・松任駅、小松駅、あわら湯のまち駅、三国港駅、福大前西福井駅、田原町
-
-
「鉄旅日記」2020年卯月 最終日(新津-東京)その1‐新津、馬下、津川、喜多方(磐越西線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】
鉄旅日記2020年4月5日・・・新津駅、馬下駅、津川駅、喜多方駅(磐越西線) 2020・4・5 5
