「鉄旅日記」2018年卯月 その2-阿字ヶ浦、那珂湊、勝田、大津港、日立、常陸多賀(ひたちなか海浜鉄道湊線/常磐線)【ときわ路パスでめぐる常陸旅でございます。】
鉄旅日記2018年4月25日・・・阿字ヶ浦駅、那珂湊駅、勝田駅、大津港駅、日立駅、常陸多賀駅(ひたちなか海浜鉄道湊線/常磐線)
13:17 阿字ヶ浦(あじがうら)駅(ひたちなか海浜鉄道湊線 茨城県)
今や海外からの観光客が年間2000万人を数える日本。
この路線にまでアジアの波は押し寄せ、肥満度の高い男たちが車内の温度を上げている。
隣には関西弁を話す若い男女までいる。
駅では食のイベントを開催中とのアナウンスが流れ、どれほどのものかと思ったがテントが4、5個。
たいして注意が払われることなく、人々は待っていたバスに乗り込んでいく。

ひとり歩きだし、ドンツキの神社を左に折れれば、そこは坂の上。
このあたりじゃ常に荒々しく見える太平洋。

かつては坂下まで下りていったけど、今日は時間がない。
駈けだしたくなる思いを抑えて途中の公園で停止。
やけに芝生がふかふかする公園だった。

14:04 那珂湊(なかみなと)駅(ひたちなか海浜鉄道湊線 茨城県)
待合室でギターを抱いた初老の男性が懐メロを奏でている。

ホームに移った今も松山千春さんの「恋」が聞こえてくる。

内外ともに多くが降りた那珂湊。
魚市場に向かう列の最後尾を歩き、本町通りで列から離れて地元道をしばし。
花屋のご主人を見て、余計なお世話だが那珂湊での花の需要はいかほどかと思う。
初夏の4月最終日。
魚市場に向けて車列もまた長い。

茨城空港がきっと努力したのだろう。
外国からの客はアジアの顔しか見られない。
那珂湊を出ると退屈な田園風景の中を走る。
かつて一度だけ乗って、その記憶が下り車中のオレを寝かせ、この上りでもうひと眠りと思っていたけど、今日は黄金週間前半最終日。
女性たちの楽しげな話し声が途切れることなく聞こえてくる。

14:38 勝田(かつた)駅(常磐線/ひたちなか海浜鉄道湊線 茨城県)
30年前にテレビカメラを従えたプロレス興行がやってきた町。
全日本プロレス×ジャパンプロレスの構図だった。
かつて乗った時は「茨城交通」と称していた鉄道は、覚えられないほど長い名称になり、終点勝田には鄙の中の都会を感じた。


ごくわずかな区間ではあったけど、形成された歓楽街を歩いて思いを強くした。
もっとも10分で回れるほどの規模でしかないが。


久慈川渡河へと至る開けた景観に新鮮さを感じた。
この区間でも以前は寝てばかりいたのだろう。
愛しきものを想えば、現在のオレがアホらしくなる。
でも他にできることは何もない。
15:39 大津港(おおつこう)駅(常磐線 茨城県)
向かいに座っていたサッカー少年たちが降りた頃、不意に眠りに落ちる。
未だ降りたことのない南中郷を目指していたが、気づくとひとつ先の磯原だった。
当初の計画では追憶の大津港で降りることも計画していた。
オレの中の潜在勢力がここへ導いたのだろう。
ここまで来れば海も見える。
小学生くらいの男児が父親に甘えていた。
あの光景は羨望でもあり救いでもあり、一月前の日曜日までは日常だった。
海鮮居酒屋、焼肉屋、セブンイレブンなどが並ぶ通りをひとめぐりして駅に戻る。
発車時刻よりも早く入線した水戸行きは、特急列車の通過待ちで数分の停車。
海岸には、太平洋を越えて北米大陸に達する風船爆弾を飛ばした跡地がある。

16:40 日立(ひたち)駅(常磐線 茨城県)
生まれ変わった日立駅。
そうなったことは6年前に知っていた。
計画の齟齬は10数年振りにオレをこの駅に近づけた。
世界的電機メーカーの城下町に相応しい造りと、硝子張りの近未来的な駅の造作に打たれた。



荒廃した景観だった海岸側には出口とロータリーが設けられていて、心の支えともいえる女性に送る写真が撮れた。




そこに行く前にローソンでビールと焼鳥を2本購入。
海岸口に下りて、バス停のベンチにどっかり腰を下ろして孤独を楽しみ、噛み締める。
愛しきものと彼女を想い焼鳥をかじる。
風はいつか冷たくなり、肌は「4月の終わりとはこんなもの」と防御体勢をとる。
大丈夫だよ。
ここは海辺だから風を感じるんだ。
次の町じゃ、たぶんそうはならない。
17:12 常陸多賀(ひたちたが)駅(常磐線 茨城県)
開業当時は下孫駅といったらしい。
昭和の初めに多賀町が誕生して、駅名は改められた。
風雨に晒された碑文の判読は困難らしいが、貴重な碑らしい。


かつて20年以上前の早朝、鳴子温泉に向かう途中に寄った駅。
明るい町だと当時感じ、海を見た気でいた。
海は幻だったけど、町はたいしたものだ。
勝田などよりよほど栄えている。
飲食店は充実し、町家を改良したシックなカフェがあり、ボーリング場がある。
町角で思わず立ち止まった。
横断歩道ではたいていの車が一時停車してくれる優しい町だった。

彼女に、今の孤独感をうまく伝えられるかやってみる。
そう言えば目覚めの時に晴れ渡っていた空は、すっかり灰色になっている。
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