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「鉄旅日記」2011年夏【みちのくひとり旅】初日(東京-秋田)-保谷、高崎、長岡、新津、新発田、村上、鼠ヶ関、酒田、上浜、秋田(西武池袋線/高崎線/上越線/信越本線/羽越本線)

公開日: : 最終更新日:2019/08/04 旅話 * 結婚後2011年

冒険家志望のあなたへ【1話】

 

鉄旅日記2011年8月13日
2011・8・13 4:22 保谷(ほうや)駅(西武池袋線 東京都)
昨日言ったんだよ。
大切に思う人を置いて旅立つのは初めてだと。

玄関の扉を開ける際に目覚ましのベルが鳴った。
オレを見送るつもりでいてくれたのか。

表に出て暴力的なエンジン音を響かせる車に身が縮み悪態をつく。

久々の路上だ。
旅先で暮らしていく覚悟はまだ備わっていなかった。

まとわりつくような熱気が町にこもっている。
そして保谷駅に涼しい風が吹き、一番列車がやってきた。

およそ200名がそれぞれの行き場に向けて、まずは池袋まで。

6:59 高崎(たかさき)駅(上越新幹線/長野新幹線/信越本線/高崎線/上越線/吾妻線/上信電鉄 群馬県)
昨日甲子園で強豪横浜高校相手に延長戦の末に破れた健大高崎。
この街が近づいて真っ先に浮かんだのがそのことだった。

毎回出場を願い、今夏叶った龍谷大平安は「蘇った新湊旋風」に呑まれすでに甲子園を去った。
チャンスを迎えるとアルプスが奏でる、あの伝統のマーチが流れたのは一度きりだった。

腹が減っている。
ここで駅そばでもと思っていたが、いくつもあるホームを見渡しても鰹だしの湯気をたたえている小屋を見かけない。
数年前には確かあった筈だが。

鉄道文化が駅という象徴的な場所の中ですら失われかけていると感じるのは錯覚か。

乗り込んだ4番目の列車、上越線水上行はかつて家族を長野の田舎まで運んだ懐しい客車。

山拵えの人々を多く乗せて、7:14高崎問屋町着。

10:36 長岡(ながおか)駅(上越新幹線/信越本線/上越線 新潟県)
新潟福島豪雨の爪痕は見られなかった。

旅は当初の計画通りで、湯沢六日町間を代行バスで辿るという旅程は消えた。

水上で満席になった越後路は隧道の最中に山岳部隊を下ろしたようだが、長岡へ向けてさらに乗客を増し、のんびりとした汽車旅とはならず、いくつかの風景を見逃したのではないかという後悔が生じている。

乗り換えで降りた長岡に降り注ぐ日差しの強さは東京と大差ない。
そしてまた空腹のまま次の街に向かっている。

10:45押切着。

12:13 新津(にいつ)駅(信越本線/羽越本線/磐越西線 新潟県)にて
おはよー
もうお昼だねー

順調に旅路を辿って新潟の新津という駅にいる。
ここは3つの路線が乗り入れる大鉄道駅で時折SLの汽笛が聞こえてくる。
でも人はいないんだ。

そんな駅でほそぼそと駅弁を売っているおじさんがいたんで、今日最初のメシ。
エンガワの押し寿司。

そしてすかさずビール。
うまかったぜ。

こっから先が鉄道では行ったことのない遥かなる東北。
今日は秋田まで。
着くのは21:00過ぎだ。
長い一日になる。

こっちも暑いよ。
だけど涼しい風が吹き抜けていく。
ここらは米どころのだだっ広い平野だからね。
気持ちいいよ。

越後娘たちはしっかり東京言葉で話している。
なまりはないな。

いい週末を。
まずは今夜はじけてね。

またね

13:58 新発田(しばた)駅(羽越本線/白新線 新潟県)
日本海は遠かった。

したがって行動範囲は足軽長屋から城址公園まで。

寄る辺ない男たちがラジオで高校野球中継を聞いていた。

この街にも強豪校がいて幾度か甲子園に姿を見せていた。

新発田と村上は圧倒的な上杉勢力に反抗してきた土地。
阿賀北地方というそうだが、おそらく他の新潟地域とは別の文化圏だろう。
赤穂浪士の堀部安兵衛の銅像が建っていた。

新発田を城下町として明治に至らしめた溝口氏は加賀大聖寺からやってきたという。

戊辰戦争における北越戦線では新発田藩の帰趨が勝敗に対して重要な役目を担った。

アーケード街は閑散として、やはりシャッターが多く下りている。
駅へと下る途中に立派な繁華街があったが、夜の賑わいを想像するのは困難だった。

蝉時雨に包まれて、お盆の新発田は人気のない暑くけだるい午後を迎えていた。

どことなく北陸の敦賀に似た街だった。

15:17 村上(むらかみ)駅(羽越本線 新潟県)
洒落た駅舎を持つ街。
かつて訪れた際の印象だよ。

ここに来るのは3度目になる。
瀬波温泉も日本海も、ここからじゃ見えない。

旅に目覚めた5月。
あれは何年前のことになるのか。

当時と変わっていないことと言えば、職場が変わっていないことくらいか。
甘い恋もはるか昔。
あの日のように日本海に沈みいく夕日が見られたらうれしい。
その時間帯は酒田あたりだろうか。

駅を出た。
市役所も遠い。
場末を思わせる乾いたスナック街、飲食店街にカラオケハウス。
この街の夜を想像したところで、実際に夜に来なきゃ分からない。
そういう街だ。

羽越本線もまた遥か遠くまでオレを運ぶ。

村上とこれから先の酒田は、鉄道じゃどこか別の方角に向かう選択肢は持たされていない。
ただ城下町、あるいは商都として街が持ち続けてきた格は、鉄道駅にも十分に見られる。

17:01 鼠ヶ関(ねずがせき)駅(羽越本線 山形県)
かつて7号国道を車で走っていたんだ。
何度も。

だから海から少し内陸に線路が敷かれた村上からの風景にはあまり接していなかったことになる。

たったひとつ記録に残っているのが義経上陸地伝説の残るこの駅。
昔寄ったよ。

このまま真っ直ぐ明日いていけば7号国道に出る。
そうしたかったけど、停車時間15分じゃそれもできない。
駅を写して列車に戻る。
灯台のオブジェが好ましい。

いくつか手前、桑川という駅から乗り込んできた「笹川流れ」観光の一団が下りると、車内はまたローカル色に染まった。

海水浴を楽しむ日本海人を眺めた感慨はかつてと今じゃ違う気がするが、具体性は伴わない。

今のオレは孤独に暮らしているわけじゃない。
その事実が加わったことだけを挙げておく。

17:13小岩川着。

18:45 酒田(さかた)駅(羽越本線 山形県)
思い出の街は記憶とは違っていた。

あの夜、
警官に職質を受けた夜、
狂おしいほどの恋情に溢れていた夜、
そして阪神淡路大震災に地下鉄サリン事件が起こった年の5月のあの夜だよ。

駅前駐車場で休もうとしても眠れず、街中を何度も車を走らせたんだ。

海まで続くかと思われるアーケードの光の中を走った。
そんな記憶だった。
しかし今日は目を疑った。

村主神社の脇道に連なるスナック街を抜けると街はそこで終わっていた。

当時の酒田はどこへいったのだろう。
あれから焦がれていた酒田に帰ってきたとはとても思えなかった。

おそらく街はあの頃のままだろう。
車でちょっと走れば、記憶の中のアーケード街に出るのかもしれない。
あの頃より街が小さく見えるのは、何もオレが大きくなって帰ってきたからじゃない。

街を歩く人の数は僅かで、夏の夜の華やぎにも無関心に見えた。

7号国道と日本海。
20代の頃には何度も車を走らせたけど、離れてからしばらく経っていた。

庄内平野に浮かんでいた夕日はいつしかうやむやの内に沈み、夜が訪れている。

19:31 上浜(かみはま)駅(羽越本線 秋田県)
闇に包まれている。
車窓の外は真っ暗だ。

北へ向かう列車は僅かな客を乗せ、夜はかつての夜の記憶だけを蘇らせている。

夕暮れ前のことだけど、あつみ温泉や鶴岡を通る時には特別な気持ちになった。
それもまた僅かな間のことだが。

19:36象潟着。
そしてまたひとつそんな記憶が蘇る。

明るい時間帯なら見える蚶満寺も九十九島も、そりゃ見えないさ。

22:42 秋田にて
楽しんでるー?

秋田に着いてじきに2時間。もう馴染んだよ。

以前車で通ったことがある秋田市内だけど、おとなしい街だ。騒いでいるヤツはいないし、そもそも人がいない。ひたすらひっそりしてる。

明日は青森から函館へ。うまい魚食べようかな。今日の夕食はラーメンだったからさ。

秋田はそんな感じだったんだ。
きれいな街なんだけどねー

帰り気をつけてね。
明日も4:30起床なんでもう寝るね。

おやすみー

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