*

「鉄旅日記」2011年夏【みちのくひとり旅】初日(東京-秋田)-保谷、高崎、長岡、新津、新発田、村上、鼠ヶ関、酒田、上浜、秋田(西武池袋線/高崎線/上越線/信越本線/羽越本線)

公開日: : 最終更新日:2025/06/18 旅話, 旅話 2011年

鉄旅日記2011年8月13日・・・保谷駅、高崎駅、長岡駅、新津駅、新発田駅、村上駅、鼠ヶ関駅、酒田駅、上浜駅(西武池袋線/高崎線/上越線/信越本線/羽越本線)

2011・8・13 4:22 保谷(ほうや)駅(西武池袋線 東京都)
昨日言ったんだよ。
大切に思う人を置いて旅立つのは初めてだと。

玄関の扉を開ける際に目覚ましのベルが鳴った。
オレを見送るつもりでいてくれたのか。

表に出て暴力的なエンジン音を響かせる車に身が縮み悪態をつく。

久々の路上だ。
旅先で暮らしていく覚悟はまだ備わっていなかった。

まとわりつくような熱気が町にこもっている。
そして保谷駅に涼しい風が吹き、一番列車がやってきた。

およそ200名がそれぞれの行き場に向けて、まずは池袋まで。

6:59 高崎(たかさき)駅(上越新幹線/長野新幹線/信越本線/高崎線/上越線/吾妻線/上信電鉄 群馬県)
昨日甲子園で強豪横浜高校相手に延長戦の末に破れた健大高崎。
この街が近づいて真っ先に浮かんだのがそのことだった。

毎回出場を願い、今夏叶った龍谷大平安は「蘇った新湊旋風」に呑まれすでに甲子園を去った。
チャンスを迎えるとアルプスが奏でる、あの伝統のマーチが流れたのは一度きりだった。

腹が減っている。
ここで駅そばでもと思っていたが、いくつもあるホームを見渡しても鰹だしの湯気をたたえている小屋を見かけない。
数年前には確かあった筈だが。

鉄道文化が駅という象徴的な場所の中ですら失われかけていると感じるのは錯覚か。

乗り込んだ4番目の列車、上越線水上行はかつて家族を長野の田舎まで運んだ懐しい客車。

山拵えの人々を多く乗せて、7:14高崎問屋町着。

10:36 長岡(ながおか)駅(上越新幹線/信越本線/上越線 新潟県)
新潟福島豪雨の爪痕は見られなかった。

旅は当初の計画通りで、湯沢六日町間を代行バスで辿るという旅程は消えた。

水上で満席になった越後路は隧道の最中に山岳部隊を下ろしたようだが、長岡へ向けてさらに乗客を増し、のんびりとした汽車旅とはならず、いくつかの風景を見逃したのではないかという後悔が生じている。

乗り換えで降りた長岡に降り注ぐ日差しの強さは東京と大差ない。
そしてまた空腹のまま次の街に向かっている。

10:45押切着。

12:13 新津(にいつ)駅(信越本線/羽越本線/磐越西線 新潟県)にて
おはよー
もうお昼だねー

順調に旅路を辿って新潟の新津という駅にいる。
ここは3つの路線が乗り入れる大鉄道駅で時折SLの汽笛が聞こえてくる。
でも人はいないんだ。

そんな駅でほそぼそと駅弁を売っているおじさんがいたんで、今日最初のメシ。
エンガワの押し寿司。

そしてすかさずビール。
うまかったぜ。

こっから先が鉄道では行ったことのない遥かなる東北。
今日は秋田まで。
着くのは21:00過ぎだ。
長い一日になる。

こっちも暑いよ。
だけど涼しい風が吹き抜けていく。
ここらは米どころのだだっ広い平野だからね。
気持ちいいよ。

越後娘たちはしっかり東京言葉で話している。
なまりはないな。

いい週末を。
まずは今夜はじけてね。

またね

13:58 新発田(しばた)駅(羽越本線/白新線 新潟県)
日本海は遠かった。

したがって行動範囲は足軽長屋から城址公園まで。

寄る辺ない男たちがラジオで高校野球中継を聞いていた。

この街にも強豪校がいて幾度か甲子園に姿を見せていた。

新発田と村上は圧倒的な上杉勢力に反抗してきた土地。
阿賀北地方というそうだが、おそらく他の新潟地域とは別の文化圏だろう。
赤穂浪士の堀部安兵衛の銅像が建っていた。

新発田を城下町として明治に至らしめた溝口氏は加賀大聖寺からやってきたという。

戊辰戦争における北越戦線では新発田藩の帰趨が勝敗に対して重要な役目を担った。

アーケード街は閑散として、やはりシャッターが多く下りている。
駅へと下る途中に立派な繁華街があったが、夜の賑わいを想像するのは困難だった。

蝉時雨に包まれて、お盆の新発田は人気のない暑くけだるい午後を迎えていた。

どことなく北陸の敦賀に似た街だった。


15:17 村上(むらかみ)駅(羽越本線 新潟県)
洒落た駅舎を持つ街。
かつて訪れた際の印象だよ。

ここに来るのは3度目になる。
瀬波温泉も日本海も、ここからじゃ見えない。

旅に目覚めた5月。
あれは何年前のことになるのか。

当時と変わっていないことと言えば、職場が変わっていないことくらいか。
甘い恋もはるか昔。
あの日のように日本海に沈みいく夕日が見られたらうれしい。
その時間帯は酒田あたりだろうか。

駅を出た。
市役所も遠い。
場末を思わせる乾いたスナック街、飲食店街にカラオケハウス。
この街の夜を想像したところで、実際に夜に来なきゃ分からない。
そういう街だ。

羽越本線もまた遥か遠くまでオレを運ぶ。

村上とこれから先の酒田は、鉄道じゃどこか別の方角に向かう選択肢は持たされていない。
ただ城下町、あるいは商都として街が持ち続けてきた格は、鉄道駅にも十分に見られる。

17:01 鼠ヶ関(ねずがせき)駅(羽越本線 山形県)
かつて7号国道を車で走っていたんだ。
何度も。

だから海から少し内陸に線路が敷かれた村上からの風景にはあまり接していなかったことになる。

たったひとつ記録に残っているのが義経上陸地伝説の残るこの駅。
昔寄ったよ。

このまま真っ直ぐ明日いていけば7号国道に出る。
そうしたかったけど、停車時間15分じゃそれもできない。
駅を写して列車に戻る。
灯台のオブジェが好ましい。

いくつか手前、桑川という駅から乗り込んできた「笹川流れ」観光の一団が下りると、車内はまたローカル色に染まった。

海水浴を楽しむ日本海人を眺めた感慨はかつてと今じゃ違う気がするが、具体性は伴わない。

今のオレは孤独に暮らしているわけじゃない。
その事実が加わったことだけを挙げておく。

17:13小岩川着。

18:45 酒田(さかた)駅(羽越本線 山形県)
思い出の街は記憶とは違っていた。

あの夜、
警官に職質を受けた夜、
狂おしいほどの恋情に溢れていた夜、
そして阪神淡路大震災に地下鉄サリン事件が起こった年の5月のあの夜だよ。

駅前駐車場で休もうとしても眠れず、街中を何度も車を走らせたんだ。

海まで続くかと思われるアーケードの光の中を走った。
そんな記憶だった。
しかし今日は目を疑った。

村主神社の脇道に連なるスナック街を抜けると街はそこで終わっていた。

当時の酒田はどこへいったのだろう。
あれから焦がれていた酒田に帰ってきたとはとても思えなかった。

おそらく街はあの頃のままだろう。
車でちょっと走れば、記憶の中のアーケード街に出るのかもしれない。
あの頃より街が小さく見えるのは、何もオレが大きくなって帰ってきたからじゃない。

街を歩く人の数は僅かで、夏の夜の華やぎにも無関心に見えた。

7号国道と日本海。
20代の頃には何度も車を走らせたけど、離れてからしばらく経っていた。

庄内平野に浮かんでいた夕日はいつしかうやむやの内に沈み、夜が訪れている。

19:31 上浜(かみはま)駅(羽越本線 秋田県)
闇に包まれている。
車窓の外は真っ暗だ。

北へ向かう列車は僅かな客を乗せ、夜はかつての夜の記憶だけを蘇らせている。

夕暮れ前のことだけど、あつみ温泉や鶴岡を通る時には特別な気持ちになった。
それもまた僅かな間のことだが。

19:36象潟着。
そしてまたひとつそんな記憶が蘇る。

明るい時間帯なら見える蚶満寺も九十九島も、そりゃ見えないさ。

22:42 秋田にて
楽しんでるー?

秋田に着いてじきに2時間。もう馴染んだよ。

以前車で通ったことがある秋田市内だけど、おとなしい街だ。騒いでいるヤツはいないし、そもそも人がいない。ひたすらひっそりしてる。

明日は青森から函館へ。うまい魚食べようかな。今日の夕食はラーメンだったからさ。

秋田はそんな感じだったんだ。
きれいな街なんだけどねー

帰り気をつけてね。
明日も4:30起床なんでもう寝るね。

おやすみー

関連記事

「鉄旅日記」2020年晩秋 2日目(砺波-武生)その6‐三国港、田原町、福井駅(えちぜん鉄道三国芦原線/福井鉄道) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】

鉄旅日記2020年11月22日・・・三国港駅、田原町駅、福井駅電停(えちぜん鉄道三国芦原線/福井鉄

記事を読む

「車旅日記」1997年梅雨明け【疲れきった若き日々。またしても向かうのは北でございました。】(東京-鳴子温泉)初日-町田、用賀、築地、北松戸、荒川沖駅、美野里パーキング、常陸多賀駅、いわき久ノ浜パーキング

車旅日記1997年7月19日 1997・7・19 19:42 東京町田 さしたる感慨も浮かばない。

記事を読む

「鉄旅日記」2020年卯月 最終日(新津-東京)その2‐会津若松、郡山富田、喜久田、郡山(磐越西線) 【緊急事態宣言発令直前のことでございます。常磐線全線運転再開を祝して人知れず旅に出たのでございます。】

鉄旅日記2020年4月5日・・・会津若松駅、郡山富田駅、喜久田駅、郡山駅(磐越西線) 9:07 会

記事を読む

「鉄旅日記」2020年盛夏 3日目(肥前鹿島-門司港)その5‐肥前山口、久保田、西唐津、博多、門司港(佐世保線/唐津線/筑肥線/福岡市地下鉄空港線/鹿児島本線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】

鉄旅日記2020年8月15日・・・肥前山口駅、久保田駅、西唐津駅、博多駅、門司港駅(佐世保線/唐津

記事を読む

「鉄旅日記」2020年晩秋 2日目(砺波-武生)その3‐羽咋、能登部、徳田、七尾、和倉温泉(七尾線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】

鉄旅日記2020年11月22日・・・羽咋駅、能登部駅、徳田駅、七尾駅、和倉温泉駅(七尾線)

記事を読む

「車旅日記」2004年秋 2日目(宇野-城崎)走行距離377㎞ その1-宇野駅、児島駅、下津井港、倉敷駅、総社駅、備中高梁駅、新見駅 【瀬戸内から山陰へ。そんな旅がしたかったのでございます。】

車旅日記2004年11月21日・・・宇野駅、児島駅、下津井港、倉敷駅、総社駅、備中高梁駅、新見駅

記事を読む

「車旅日記」2004年夏 初日(佐賀空港-別府)走行距離254㎞その2-田川後藤寺駅、豊前川崎駅、宝珠山駅、日田駅、豊前中村駅、鳥栖駅、別府・ホテル清風屋上ビヤガーデン【九州を一周してみよう。そう思いたった、真夏の日々でございます。】

車旅日記2004年8月11日・・・田川後藤寺駅、豊前川崎駅、宝珠山駅、日田駅、豊前中村駅、鳥栖駅、別

記事を読む

「鉄旅日記」2018年秋 初日(松戸-流山-潮来-銚子-東金-松戸)その3-笹川、外川、犬吠、犬吠埼、銚子、椎柴、松岸(成田線/銚子電鉄)【サンキューちばフリーパスでめぐる上総下総安房旅】

鉄旅日記2018年9月22日・・・笹川駅、外川駅、犬吠駅、銚子駅、椎柴駅、松岸駅(成田線/銚子電鉄)

記事を読む

「車旅日記」1996年黄金週間【友を訪ねて大阪へ。そして約束の地、金沢へ。夢を見ながら国道を走った日々でございます。】初日(東京-大阪茨木 R246→R1→名神高速)その2-掛川、磐田駅、浜松、音羽町、岡崎、知立、名古屋渋滞、佐屋町、弥冨町

車旅日記1996年5月3日 6:25 1号国道‐掛川 あれから1時間か。 始まるよ、これから。

記事を読む

「鉄旅日記」2017年夏 3日目(姫路-十三)その3-高速神戸、湊川神社、神戸三宮、甲陽園、夙川、西宮北口、宝塚、箕面、石橋、北千里、十三(阪急電鉄神戸高速線/神戸本線/甲陽線/今津線/宝塚本線/箕面線/千里線) 【私鉄王国で過ごす夏】

鉄旅日記2017年8月12日・・・高速神戸駅、神戸三宮駅、甲陽園駅、夙川駅、西宮北口駅、宝塚駅、箕面

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

「鉄旅日記」2022年盛夏 初日(東京-伊那市)その1 ‐金町、上野、籠原、高崎(常磐線/高崎線)【讃州高松に時空の友を訪ねて。小海線、津山線、播但線、山陰本線の駅旅も印象深い旅でございます。】

鉄旅日記2022年8月11日・・・金町駅、上野駅、籠原駅、高崎駅(常

「鉄旅日記」2022年文月 ツレと訪ねた佐久海ノ口温泉~諏訪湖旅でございます。初日(東京-佐久海ノ口) ‐甲府、小淵沢、清里、野辺山、佐久海ノ口(中央本線/小海線)【Facbookへの投稿より振り返ります。】

鉄旅日記2022年7月23日・・・甲府駅、小淵沢駅、清里駅、野辺山駅

「鉄旅日記」2022年水無月 最終日(中山平温泉-東京)その4 ‐土浦、ひたち野うしく、亀有(常磐線)【鳴子温泉郷の湯を求めての旅でございます。】/葛西神社~江戸川堤葛飾情緒

鉄旅日記2022年6月12日・・・土浦駅、ひたち野うしく駅、亀有駅(

「鉄旅日記」2022年水無月 最終日(中山平温泉-東京)その3 ‐勝田、水戸、友部、宍戸(常磐線/水戸線)【鳴子温泉郷の湯を求めての旅でございます。】

鉄旅日記2022年6月12日・・・勝田駅、水戸駅、友部駅、宍戸駅(常

「鉄旅日記」2022年水無月 最終日(中山平温泉-東京)その2 ‐小牛田、松島、高城町、陸前浜田、榴ヶ岡、仙台(東北本線/仙石線)【鳴子温泉郷の湯を求めての旅でございます。】

鉄旅日記2022年6月12日・・・小牛田駅、松島駅、高城町駅、陸前浜

→もっと見る

    PAGE TOP ↑