*

「鉄旅日記」2020年晩秋 2日目(砺波-武生)その3‐羽咋、能登部、徳田、七尾、和倉温泉(七尾線) 【大人の休日倶楽部パスで北陸へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。魚津、雨晴をめぐり、氷見線、万葉線、城端線、七尾線、えちぜん鉄道、福武線、北陸鉄道との再会でございます。】

公開日: : 最終更新日:2025/05/04 旅話, 旅話 2020年

鉄旅日記2020年11月22日・・・羽咋駅、能登部駅、徳田駅、七尾駅、和倉温泉駅(七尾線)

8:44  羽咋(はくい)駅(七尾線 石川県)
行き違い6分の停車。12年振りの再訪。この街にもかつて宿泊している。あれは祭の日だった。駅前通りの店で飲んだよ。

晩秋の空を写す。

1978年にジャイアント馬場、ジャンボ鶴田のインタータッグ王座にビル・ロビンソン、マリオ・ミラノの欧州コンビが挑戦した街であることを知ったことから、当時宿泊地として羽咋を選んだ。どんな街かに興味があったんだ。

あれから、おそらく100近くの街で朝を迎えている。

羽咋はUFOの街として発信している。当時はそうした情報は持たずにいた。再訪には必ず意味を見いだせるものがある。

UFOの記述は古文書にあるという。今じゃ、地球にはかつて高度な文明が存在したと思っている。当然他の星にもそうした存在はいるだろう。

1972年まで羽咋から北へ伸びる鉄路が存在したこともついでに知った。北陸鉄道能登線は志賀町三明駅までの25.5㎞の間に11駅を置き、当初の構想では七尾線の能登三井駅までをつなぐことが計画されていた。

昨日乗った氷見線も当初は羽咋までをつなぐ構想だったという。

8:59  能登部(のとべ)駅(七尾線 石川県)
行き違い3分の停車。ここはおにぎりの化石が発見されたことから、「おにぎりの里」と謳っている。

駅を出る女子高生の姿がある。駅前のJAの前では緑のベストに身を包んだ町民たちが活動始めにラジオ体操を行うところだった。

駅のギャラリーには古い機織り機が展示されていた。

ローカル線ではワンマンカーが主流の中、この七尾行は珍しく6両も連ねている。

9:12  徳田(とくだ)駅(七尾線 石川県)
行き違い2分の停車。駅舎は上り側にあるが、乗っていた車両から跨線橋が近くもあったので思いきって駅写へと走る。

鱗雲が浮かぶ秋空は美しく、ギャラリーと書かれた駅舎内には目もくれず、一目散に再び下りホームへと階段を上り下り。

次はもう終点の七尾。

9:27  七尾(ななお)駅(七尾線 石川県)
鉄道で訪ねるには七尾は遠い。一度くれば、それきりと思っていたよ。そんな土地に再訪できたことを嬉しく思う。

横綱輪島の出身地で、彼の国内でのプロレス・デビュー戦の街、七尾。インドの狂虎タイガー・ジェット・シンが相手だった。

幕内通算優勝14度の大横綱輪島も一昨年に今生を終えている。

一番好きな横綱であり、日大の先輩にもあたるが、プロレス転向には正直なところ賛成はしていなかった。でも応援したよ。

上杉謙信九月十三夜陣中作
霜満軍営秋気清
数行過雁月三更
越山併得能州景
遮莫家郷憶遠征

遠く越後春日山から能登へと遠征した上杉謙信が七尾城攻囲中に詠んだ美しい漢詩。彼も望郷や負念と闘いながら陣中にあったことが伺える。彼の最晩年、能登は北陸での勢力を伸ばしつつあった織田信長との境の地だった。

天下無双の堅城だったという七尾城へは歩いてはいけない。。

戦国時代ブームは続き、イケメンアニメキャラとなった不識庵謙信がニヒルな笑みを浮かべていた。

10:03  和倉温泉(わくらおんせん)駅(七尾線/のと鉄道 石川県)
能登島への橋が架かる和倉温泉へは駅から約3kmとある。そんなことは忘れていた。おそらく12年前もここで何をすべきか迷い、こうして途方に暮れたのだろう。

駅前をぶらぶらしてドラッグストアで酒を購入して七尾に戻る列車を待つ。

やがて和倉音頭ともいうべき温泉情歌が流れる中をワンマンカーは到着した。

関連記事

「鉄旅日記」2020年文月 2日目(香住-東萩)その1‐香住、柴山、餘部(山陰本線)/余部鉄橋 【コロナ禍でございます。内緒の旅でございました。余部鉄橋へ。萩へ。霧の街へ。東京五輪延期で浮いた4連休の記録でございます。】

鉄旅日記2020年7月24日・・・香住駅、柴山駅、餘部駅(山陰本線)/余部鉄橋 2020・7

記事を読む

「鉄旅日記」2015年春 最終日その1(岩倉-東京)-岩倉、御嵩、犬山、新鵜沼、鵜沼、名電各務原、各務ヶ原、新那加、那珂、名鉄岐阜(名鉄犬山線/名鉄広見線/名鉄各務原線) 【名鉄電車2DAYフリーきっぷで行く、中京旅】

鉄旅日記2015年3月8日その1・・・岩倉駅、御嵩駅、犬山駅、新鵜沼駅、鵜沼駅、名電各務原駅、各務ヶ

記事を読む

「鉄旅日記」2020年盛夏 3日目(肥前鹿島-門司港)その2‐諫早、古部、島原港、島原船津、島原(島原鉄道) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】

鉄旅日記2020年8月15日・・・諫早駅、古部駅、島原港駅、島原船津駅、島原駅(島原鉄道)

記事を読む

「鉄旅日記」2020年盛夏 2日目(防府-肥前鹿島)その2‐厚狭、美祢、長門湯本、長門市(美祢線) 【コロナ禍の内緒旅VOl.2。宮島へ。錦帯橋へ。筑豊へ。島原へ。千綿駅へ。そして若松~戸畑の渡船。日本晴れの4日間の記録でございます。】

鉄旅日記2020年8月14日・・・厚狭駅、美祢駅、長門湯本駅、長門市駅(美祢線) 7:34&

記事を読む

「車旅日記」1997年夏 3日目(田沢湖近辺-男鹿半島-鳴子)-和田駅、入道崎、八望台、男鹿駅、道川駅、矢島駅、鳴子サンハイツ【男鹿半島を目指した夏。友と過ごし、旧友と再会したみちのく旅でございます。】

車旅日記1997年8月15日 1997・8・15 9:04 和田駅 855㎞ 友と19時間をともに

記事を読む

「車旅日記」2003年晩秋 2日目(南紀白浜-伊勢志摩)走行距離421㎞ -白良浜、白浜駅、見老津駅、潮岬、紀伊大島樫野灯台、湯川駅、瀞峡街道・熊野川、十津川、熊野きのくに、紀伊長島駅、伊勢志摩 【紀伊半島に焦がれる日々。南海道を往くのは2度目でございます。】

車旅日記2003年11月23日・・・白良浜、白浜駅、見老津駅、潮岬、紀伊大島樫野灯台、湯川駅、瀞峡街

記事を読む

「車旅日記」1996年夏【再び北を目指した夏。不慮の事故に遭い、打ち切らざるを得なくなったのでございます。】初日 (東京‐三国峠‐新潟)- 成瀬センター前、東福生駅、籠原駅、北橘村、渋川、ドライブイン利根川、猿ヶ京湖城閣、越後湯沢駅、道の駅ゆのたに、堀之内パーキング

車旅日記1996年8月13日 1996・8・13 10:45 東京 ルートは決まった。 今までの旅

記事を読む

「鉄旅日記」2019年長月 最終日(宮古-東京)その1‐宮古、岩手船越、浪板海岸、吉里吉里(三陸鉄道リアス線) 【三陸鉄道、八戸線に乗りにいきました。区界、吉里吉里など、駅旅の者として見過ごせない駅にも寄りましてございます。】

鉄旅日記2019年9月23日・・・宮古駅、岩手船越駅、浪板海岸駅、吉里吉里駅(三陸鉄道リアス線)

記事を読む

「鉄旅日記」2019年霜月 2日目(五所川原-北上)その2‐大館、大鰐温泉、大鰐、中央弘前、弘前(奥羽本線/弘南鉄道大鰐線) 【津軽鉄道、弘南鉄道に乗りにいきました。羽州街道を歩いた晩秋の旅でございます。】

鉄旅日記2019年11月3日・・・大館駅、大鰐温泉駅、大鰐駅、中央弘前駅、弘前駅(奥羽本線/弘南鉄道

記事を読む

「鉄旅日記」2021年春 初日(東京-米内沢)その2‐小牛田、瀬峰、田尻、新田(東北本線)/伊豆沼 【大人の休日倶楽部パスで東北へ。新幹線、在来線特急乗り放題でございます。続くコロナ禍ではございますが、約半年の辛抱の時を過ぎて、天候にも苛まれながら秋田内陸縦貫鉄道に乗りに行きました。】

鉄旅日記2021年4月17日・・・小牛田駅、瀬峰駅、田尻駅、新田駅(東北本線)/伊豆沼 8:

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

「車旅日記」2001年黄金週間 初日その3(東京-京都)-桂川PAから四条烏丸へ。恋焦がれた女性に会いにいく男の話でございます。【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】

車旅日記2001年5月3日・・・桂川PA 24:58 名神自動

「車旅日記」2001年黄金週間 初日その2(東京-京都)-初狩PA、諏訪湖SA、恵那峡SA、養老SA、多賀SA【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】

車旅日記2001年5月3日・・・初狩PA、諏訪湖SA、恵那峡SA、養

「車旅日記」2001年黄金週間 初日その1(東京-京都)-金町、高円寺駅、調布駅、日野駅、弁天島温泉天下茶屋 【目指したのは彼女が暮らす京都。この時からしばらく、向かう先は劇的なまでに西になったのでございます。】

車旅日記2001年5月3日・・・金町、高円寺駅、調布駅、日野駅、弁天

「鉄旅日記」2001年初桜【京都の女性に恋をしていた頃がございました。そんなある3月の記憶でございます。】

鉄旅日記2001年3月31日 2001・3・31の記憶(京都編

「鉄旅日記」2001年如月誕生日その2【京都の女性に恋をしていた頃がございました。その日に京都にいたのでございます。】

鉄旅日記2001年2月17日 2001・2・17の記憶(京都編

→もっと見る

    PAGE TOP ↑