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「鉄旅日記」2016年春 初日(東京-水沢)その1-郡山、杉田、五百川、高城町、矢本、野蒜、陸前赤井、石巻、女川(東北本線/仙石線/石巻線) 【東日本大震災被災地へ】

公開日: : 最終更新日:2025/05/29 旅話, 旅話 2016年

鉄旅日記2016年3月5日その1・・・郡山駅、杉田駅、五百川駅、高城町駅、矢本駅、野蒜駅、陸前赤井駅、石巻駅、女川駅(東北本線/仙石線/石巻線)

2016・3・5 9:22 郡山(こおりやま)駅(東北新幹線/東北本線/磐越東線/磐越西線/水郡線 福島県)
宇都宮は寒く、襟元を固めた。

寒々とした関東平野の果てに山並みが見えると、あれは日光かと思い、一際目立つのが男体山かと思い巡る。
たぶん間違いないだろう。

鬼怒川はどこで渡ったのだったか。
荒々しい面相は鬼怒川温泉周辺と変わらない。

かつての余部鉄橋のような鉄骨橋の存在に驚嘆し、鉄路は北へ伸び、町並に「みちのく」が現れてくる。

白河城は駅の目の前に観光天守閣を聳えさせ、観光地然としていた。

須賀川の家並みは美しく、所縁の顔が浮かぶ。

2週間後、ここ郡山で、友人Eさんとの再会を提案しているが、実現するだろうか。
彼は、まるで奇跡のような善人で、5年前には地元福島で起きた原発事故のことを、何の義理もないのに、たんに自身が福島県民という理由から、オレや放射能が飛散した地域に暮らす人々に対して詫びていた。

久々にアーケード街を歩く。
記憶は薄れ、彼やもう一人の友人と飲みに行った店「モルツ」はなくなっていた。

旅立ちを前にして、最愛の存在と離れる罪や悔い、不安、様々な心配など、ネガティブな要素が身中を乱したが、昨日の夕方クルマから降りたオレに吹きつけた風がそういったものを一掃し、最高の旅になる予感を運んでくれた。
春風っていうのは、そうじゃなきゃいけないよ。

今は後悔もなければ寂しさもない。

10:00 杉田(すぎた)駅(東北本線 福島県)
小高い場所に卍を描いた光恩寺がある。
あそこまで上がれば背後の雪山がより鮮明に見えるだろうに。

名山はたいてい不意に姿を見せる。
雪を被っていれば幻のような現れ方をする。
とっさの反応は、「あれっ?富士山?」!
仰天したよ。
馬鹿な話だけれど。
寝ぼけていたとしか思えない。
あれは、安達太良山なのだろうか。

この国の景色に対するオレの知識は、未熟を通り越して無知に等しいと、こんな時に実感する。

笑い声が聞こえる小さな駅前。
パステルカラーの郵便局がかわいらしい。
福島の青少年は訛りを隠さない。


10:17 五百川(ごひゃくがわ)駅(東北本線 福島県)
2駅戻る。
伊達政宗の話に出てきた地名だ。
確かそこでの読み方は「ごひゃくがわ」ではなかった筈だ。

アサヒビールの福島工場が、若干の違和感をまといながら、田野が広がる風景にはまっている。
婆に連れられて爺を迎えにきた小さな男の子。
笑顔でいっぱいだ。
ああいう光景に胸が詰まるようになった。

最愛の存在がこれから見せてくれる様々を想えば、オレの人生は果てしなく幸福なものへと進んでいくだろう。

13:07 高城町(たかぎまち)駅(仙石線 宮城県)
五百川からの混雑は凄まじかった。
福島大学の学生は見目もよく、礼儀をわきまえた立派な青年たちだった。
福島駅を過ぎて、新幹線が信夫山に吸い込まれていく様は痛快だった。
あれは信夫山が腹をぶち抜かれて痛んでいるわけではなくて、風景に目障りとなる新幹線を人々の視界から隠しているのだと思う。

その奇景が5年前の津波を吸収し、沿岸を被害から救ったという名勝松島は、未来永劫人を引きつけて止まないだろう。
ああ本当に無事だったのだと安心したよ。

ひたすらに青く、穏やかな太平洋は東塩釜で姿を見せる。
フランス人と思しき清潔な青年をはじめ、大勢を松島海岸駅で降ろしてガランとした車内。
離れていた7年の間に、東北本線経由で仙台に出る鉄路が敷かれていたことを知った。

ここ高城町は松島観光地帯から続く土地で、海辺にある二軒の巨大な日本旅館が、まるで鯨が陸揚げされたかのような偉容を誇っている。

列車は石巻に向かっている。
海に面した護岸が殺風景になり、5年前の震災跡が剥き出しの更地という姿をとって現れだしている。
そしてそれは途方もなく広大な面積を占めている。

13:39 矢本(やもと)駅(仙石線 宮城県)
冷たい風だけど柔らかさを感じる。
「北国の春」という昔の流行歌を思い出し、あの歌が売れていた時代の素晴らしさを想う。

矢本は町で、昭和によく見た商店街の風情が懐かしさを誘う。

3駅戻る車内に今いる。
視界の果てに疎らになった防風林が見える。
流された松の話は、奇跡の一本松に限らず、沿岸各地に残っているのだろう。

あの日、この鉄路も波に飲まれて寸断された。
少し内陸へと位置を移して、今こうして人々を運ぶことを再開している。

13:55 野蒜(のびる)駅(仙石線 宮城県)
槌音が響く駅。
かつて車窓から眺めた美しい駅前風景は津波にさらわれ、あの更地の一隅に埋もれている。

人の住まない高台で再生した野蒜駅。
駅長が「降りてくれてありがとう」と言ってくれた。

ここに町ができるのはいつの頃か。
さしあたり、「始まり」という言葉だけがここにはある。
余所者の勝手な願いだが、ムリにでも希望を口にして、生きていってほしい。

14:09 陸前赤井(りくぜんあかい)駅(仙石線 宮城県)
閑静な住宅街に列車が止まった。3分の停車。
津波の痕跡はないが、あのひどい揺れに恐怖した記憶を消さないつもりでいるようだ。
オレの中に残っているそんな記憶も消すつもりはない。

復興住宅と思しき建設中の団地が、あたりで異彩を放っている。

14:25 石巻(いしのまき)駅(仙石線/石巻線 宮城県)
駅も、かつてコーヒーを飲んだことのある喫茶店も、駅前風景も無事だったよ。
石巻が被害に遭った。それだけが伝わり、細部が漏れていたから心配していた。

駅前に集っていた人々の中に、何か別の理由で打ちひしがれている人がいて、それを気遣う人の姿があったけど、5年前に受けた苦悩を表情に浮かべる姿はない。
5年とはそういう歳月なのだろう。
それなりに長い歳月が過ぎている。

石巻には2週間後に泊まりにいく。その時に多くを話そう。

14:57 女川(おながわ)駅(石巻線 宮城県)
報道と電通オフィスに貼られていたポスターで、この駅への運行が再開されたことは知っていた。
かつて2度訪れたあの駅は、あの震災で流されてしまったんだ。

あの日に眺めた青く穏やかな湾から津波がやってくるとは、、、まさに悪夢だ。
海辺で言葉を交わした少年は無事だったのだろうか。

海に向かって続く広い遊歩道はパステルに彩られ、両側には商店がゆったりと並び、多くの人々がここを訪れている。
この活気はオレをうれしくさせている。


渡波地区は駅も駅前商店も無事だった。
何だ。大丈夫じゃないか。
壊滅した漁場にも網が張られ、震災前に見ていた湾景と大差ないように見える。

復興と呼んで構わないだろう。
オレのように外からきたいい加減な手合はこうしてさっさと安心したがるだろう。
でも本当にそう思いたいよ。
それも5年という歳月がもたらす感慨だ。

折り返しの列車に乗って、万石浦に戻ってきて、女川へ向かう行きの列車で降りていった少女は、あの日に悲しい目に遭ったりはしなかっただろうかと、家路を辿るその後ろ姿を思い出して、想った。

復興住宅の整備はまだこれからだということは新しい街区を見て知った。
政治とは、人が暮らしていく意味とは、善行とは、そしてオレにできることが何かあるのか・・・。
様々浮かぶ。

郡山教会の牧師さんの話を2年にわたって聞く機会があり、興味深く耳を傾けて、福島の現状についてはよく理解したつもりになれたけれど、牧師として彼女が伝えたかったことを正確に理解できたとは思っていない。

ただ、人のために祈るという行為を尊く思っている。

車窓から眺める万石浦~旧北上川




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